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3 悩ましい関係(7)
「人が悪いんですね」
「そっちこそ人聞きの悪いこと言わないでよ。キミみたいなキレイな子がライバルだと思うと、なんだか燃えちゃうだけ」
悪びれもなく言う。
アンドレアは心底うんざりした。こういうのが現れるからフィオーリとの関係を知られたくないのだ。
フィオーリの愛人が自分の他に数人いることは、知っている。それを納得済みで付き合っているのだ。その中にこれだけ美しい女性がいたとしても不思議ではない。自分には何もできない。耐えるしかない。
「そういう話をしたいために呼び出したのなら、これで失礼します」
それこそ時間の無駄だ。
「待ちなさいって、冗談よ」
半ば浮かしかけた腰を、腕を捕 られて戻された。
「こういう話は苦手なんです」
修羅場じみた話を続ける気はないという意味で告げたのだが、シュッティは掴んだ手を離さない。
「忠告してあげる。フィオーリとは別れたほうがいいわよ、キミ」
ほとほと、シュッティに嫌気がさした。
心底呆れてしまい、アンドレアは怒りを鎮めるために目を閉じて彼女を視界から遮断しなくてはならなかった。
「そうやってライバルを蹴落とすのが趣味なんですか。いい性格していますね」
憤りのままの返答に、シュッティが苦笑を漏らす。
「まさか。私はキミとは違うわ」
「――違う?」
奇妙な返答にアンドレアは目を開けてシュッティを見た。
悠然としたシュッティのまなざしは、自分こそフィオーリの特別だ、という意思表示を送ってくるようにも見える。
「違うとは、どういう意味です?」
「だって、私はカストに恋していないもの。あいつとはただのセフレなの。互いにセックスを愉しんでるだけ。でもキミは違うでしょ? あいつに本気で惚れちゃってる。肉体的にも、精神的にも。…バカね。あいつの才能に惚れちゃった? そりゃあ、キミほどの画家ならああいうタイプの天才に心を奪われるのは仕方ないけどね。ついでに、あいつのセックスにも溺れちゃってるんでしょ?」
赤裸々に図星を突かれて、灼熱が頬にのぼった。
「いい加減にしてください」
そう言って虚勢を張ってはみたものの、正直、フィオーリがどんなふうにシュッティを抱くのかは気になるところだった。この美しい女がどのように彼を愉 しませ、受け入れているのかも、だ。想像しただけで、嫉妬で胃が焼け爛れてしまいそうだが。
「言っておくわ。あいつはやめなさい。あいつは悪人よ」
「悪人?」
「ええ。そうよ」
真顔で頷く。
己のために――――つまりフィオーリを独り占めしたくて――――こんなことを話すのだろうか。それとも心からアンドレアのために話してくれているのか…。シュッティの本心が分からなくて呆然としてしまう。
フィオーリを悪人と断じるのは簡単だ。何人もの愛人を持つ、その不誠実さだけで充分だった。
けれどアンドレアはフィオーリが不実であることなどとっくに納得済みで付き合っているのだ。それでもいいと踏み入った恋だった。この先がどんな泥濘 であろうともかまわない。それほどに、自分はあの男に参ってしまっているのだから。
シュッティのまなざしが憐憫の籠ったものに変わる。
「キミはまだ若いわ。恋なんていくらでもやり直せる。だから他をあたりなさい。フィオーリは大きな犯罪に関わっているのよ」
「犯罪? どんな?」
聞き逃せない一言にアンドレアは眉をひそめた。
シュッティが首をすくめる。
「今は言えないけど。でもキミに火の粉が及んだら困るじゃない? カストはおそらくキミを巻き込むつもりよ。このことはまだ誰にも内緒だけど」
爪を赤く彩色したすらりと長い人差し指を唇に当てて、アンドレアをまっすぐに見つめる。
正直、何もかも胡散臭かった。
「キミも罪を犯すようになる前に、カストから離れなさい」
「なぜ、あなたこそフィオーリから離れないんです?」
アンドレアのごく真っ当な指摘にシュッティはフフンと鼻を鳴らす。
「言ったでしょ、私達はただの肉体関係だって。恋人じゃないの」
開き直ったように言う。それとこれとどう違うのか、よく分からない。結局、この女がどうして自分とフィオーリを引き離したいのかという理由は、全く見えてこなかった。
「話はこれで終わりですか」
立ちあがりながら訊ねた。
「まあ、ね。今の話、本当よ。言うことをきいてちょうだい」
シュッティの表情はもはや真剣そのものだ。では、彼女の知っているフィオーリが関わっている犯罪とは、どんなものか。この話、真に受けて良いものか。それすら迷う。そっくり嘘なのかもしれないからだ。
「考えておきます」
むしろ正直なところでは、万が一にもフィオーリが何かの犯罪にかかわっていようとも、それすらどうでもいいような気がしていた。今の自分にフィオーリから離れられる理性など残っていまい。その点では、シュッティの指摘は間違っていない。
始めこそアンドレアはフィオーリの作品に籠められた抗いがたい魅力の虜 だった。しかし今となっては、彼から与えられる肉体的享楽に中毒を起こしている。そんな自分を恥ずかしく思いながらも、止めることができないのだ。
(離れられるわけがない…)
地獄について来いと言われればついてゆくだろう。一生懸命に愛し続けていればいつか自分だけのものになってくれるかもしれない――――アンドレアは、愚かしいほど淡いそんな期待を棄てられないままでいた。
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