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4 仇討ち(2)

 マッシモとアレックス、護衛の五人でクルーザーを下りた。  地中海の孤島、マクシミリアン島にソアーヴェが足を踏み入れるのは、実に三年ぶりである。以前あった孤児院にマッシモの護衛として何度か訪れたきりだった。  世界有数の富豪たち――――特に小児性愛を嗜む者たち――――が集う売春島として、ここは裏社会で有名だった。「卒院生」と呼ばれる使い古した子供から臓器を取り出して売っていることも、さして秘密にされていたわけではなかった。  孤児院は悪趣味な、ロココ時代のフランスをこってりと煮詰めたような雰囲気だった。身を売る少年少女もまた中世貴族を思わせるフリルだらけの服を着せられていて、ソアーヴェは見るたびにぞっとしたものである。  アレクサンドラ・サンティは、そこで体を売らされていた少年の一人だった。  彼は卒院の直前に島からの脱出をマッシモに乞うた。その際に、「島にいる大人を全員殺してくれ」とマッシモに頼んだという。それが養子になる条件だと言い張っているとマッシモから聞かされた時は、さしものソアーヴェも度肝を抜かされ、悪魔と取引している気分になった。一方でマッシモは心底楽しげだった。  三年前、あの孤児院を破滅に追いやったのは間違いなくアレックスだ。彼自身があの孤児院で精神的な「何か」を破壊されたからだろう。  だから彼は、何か特別な――――神をも恐れぬ大胆さとでも言えばいいだろうか――――を、持ち合わせているように感じずにはいられない。 (無鉄砲と言えなくもないが、な)  内心で苦笑する。  いずれにせよソアーヴェの知るアレクサンドラ・サンティは、出会った瞬間から裏社会でしか生きられない類いの少年に思えた。アレクサンドラ自身そう感じたからこそ、マッシモの養子となってアレックス・コジモとして生きる決心をしたのだろう。  孤児院の職員が皆殺しにされ、マクシミリアン島にあった孤児院は閉院された。残っていた子供たちは、マッシモが偽名を使ってそれぞれの国に返し、まともな施設に転院させた。  一方で、あの時に殺された大人たちは五十人を下らなかった。  そんな凄惨な事件が世界のどの国でも報道されなかったのは、まさに孤児院の存在が、その悪行のために裏社会から完全に秘匿扱いされていたためである。誰かに島を荒らされた当の所有者ファウスト・タッソの気持ちは推し量るべくもない。自業自得ながら、さぞ歯噛みをしたに違いない。  あの場にいなかったタッソは、どんな組織によって職員が皆殺しにされたのかさえ、分からなかった。身を売っていた子供たちはあてなく連れ去られ、他に生き残った者は誰一人いなかったのである。  その証拠に今回、島を買い取りたいというマッシモ・コジモの今回の申し出を、ファウスト・タッソは快く受け入れた。言い値のままに買い取ると伝えた時には、珍しく電話まで寄越して、泣き出さんばかりの声で謝意を告げてきたほどである。  桟橋に降りたつと、すでに二人の案内人がいた。  タッソが待っていることを伝えてくる。  二人の後について孤児院の門をくぐった。  元孤児院だった建物の外壁は白を基調とした現代風なものに塗り替えられていて、「卒院生」を解体して臓器を売りさばいていたほうの建物は取り壊されてなくなっていた。  孤児院の建物に入っても、以前の可愛らしい景観は皆無であった。一転してシックな内装に様変わりされ、色味を抑えた洒落た雰囲気になっている。さすがに血の海だった建物に手を加えずにはいられなかったのだろう。  まもなくファウスト・タッソが現れた。ルイ・ヴィトンの高級スーツに身を包んだ彼は背の低い、ずんぐりと太った男だった。薄い頭髪を短く刈り、顎髭を洒落た形にカットしている。背後には四人の護衛を伴っていた。 「本日はお招き感謝いたします(グラツィエ・ペラヴェルミ・インヴィタート)」 「お久しぶりです(エ・パッサト・モルト・テンポ)、シニョール」  マッシモとタッソは日差しの良く注ぐ玄関ホールでにこやかに握手し、お互いにイタリア人なのでイタリア語でそつのない挨拶を交わす。  タッソはカーニバルのマスクに似た大仰な笑顔だ。このいわくつきの島を買いとってくれる物好きをありがたがっているのが見え見えで、愛想笑いを隠しきれない様子だった。マッシモがこの島を襲撃した当人であることなど、微塵も疑っていない顔だった。 「急なご連絡で驚きましたよ。この島のことはもう、半分諦めていたのですから――――」 「胸中、お察しいたします。例の襲撃事件の事を知った時は、私も心底驚きました」 「ええ。まったく……」  マッシモが一芝居打っていることも知らずに、タッソは悄然とうなだれる。一見、気弱そうなこの男が、かつては数えきれない子供に身を売らせて非道な臓器売買に手を出していたとは、にわかに信じられない。 (人は見た目に寄らないものだな)  ソアーヴェは半ば呆れ、そこまでして本性を覚らせないタッソに半ば感心してしまった。 「あなたは、あの時、よくご無事でしたね」  温和な口調でマッシモが続ける。 「幸運でした。まあ、所有者とはいえ、たまにしかここには来なかったので。それで助かったのでしょうな」 「今日も契約のためにわざわざ来てくださったと伺っています。ありがとうございます」  マッシモは恐縮したふりを装う。 「島ごと買ってくださるのですからそれはもう感謝しかございませんよ。案内がてら、食事でもご一緒にと思いまして。こちらこそ、お呼びだてして失礼ではありませんでしたかな」 「とんでもない。この島の雰囲気は、孤児院だった時から気に入っておりました。丁度良い別邸になると考えております」 「さようでございますか」  タッソが相好を崩す。

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