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4 仇討ち(3)
「そう言っていただけるとたいへん光栄です。ここは気持ちの良い長閑 な場所ですよ。それだけは補償いたします。ところで――――」
少し口調を変えて、タッソはぴったりとマッシモに寄り添うアレックスにまなざしを向けた。アレックスは船上でのカジュアルな格好とは異なり、上質なキートンのスーツに身を包んで、淑やかな所作を装っている。
「そちらのお連れ様は…」
隠しきれない好奇の滲んだ声で問う。そんなタッソは、アレックスがかつてここで身を売っていた少年だったとは気付いていないようだった。
「アレックス・コジモです。以降、お見知りおきを」
マッシモが答えると、タッソはわざとらしく目を丸くして見せる。
「ほう、この方が。お噂はかねがね聞き及んでおります。養子になさったとか?」
「ええ。私には子供がおりませんので」
「なるほど。噂通り立派な方だ。それに、たいそうお美しい」
タッソの賞賛にアレックスはいつになくはにかんだ表情を浮かべ、「よろしくお願いします」と、差し出された握手に丁寧に応 える。
「高貴な気品と気高さをお持ちのようだ。ヨーロッパのどの社交界に出ても引けを取りませんな」
「あなたにそう言っていただけると安心します。あなたのお墨付きほど、心強いものはありませんからな。…アレックス、お礼を」
マッシモが声をかけると、アレックスは頬を染めて目を伏せ、恥ずかしそうに、「ありがとうございます」と答える。とんだ役者だと、レンツィは内心で嗤った。
「コジモ殿はいつも美しい方々に囲まれていてたいへん羨ましいことです」
タッソは好色そうな視線をアレックスからソアーヴェへと移した。
ソアーヴェは控えめに一礼し、挨拶代わりにした。
玄関からほどない部屋に案内された。
応接室の態をなしている、落ち着きのある広い一間だった。マホガニーなどの重厚な調度品であふれかえった一室で、油彩画が多く飾られているのが印象的である。どれもそれぞれの趣にあった高級そうな額に入れられていた。
これくらいの広さがあればできる限りの護衛を伴うだろう。つまり、他で部屋に待機している護衛の数はそう多くないとソアーヴェは目論んだ。
テーブルを挟んでタッソとマッシモが向かって座る。
タッソの背後には七人のボディーガード。腕に覚えのありそうな厳つい男ばかりで、むろん懐には拳銃を忍ばせている。
他方、マッシモにはアレックスとソアーヴェを入れた六人。
タッソとマッシモは終始和やかな様子で、マクシミリアン島の売買契約に関する内容を相互に確認し合った。
ファウスト・タッソは島の所有権をコジモ・ファミリーに売り渡し、今後一年間は貸与という形でこの建物の利用を続ける。
一年でここを引き払う準備を整え、その後はコジモ・ファミリーが全島を使用するという内容だった。
書面にサインして立ちあがった二人は、互いに了承の意を込めて握手を交わす。
アレックスの拳銃が鳴ったのは、その時だった。タッソの額に穴が開き、背後のソファへとのけぞって倒れる。彼は目を開いたまま息絶えた。
驚いたボディーガードたちが奇声をあげる。
その間にソアーヴェは三人を殺した。
残りのボディーガードもマッシモ側によって心臓を打ち抜かれてゆく。彼らは見せかけの和やかな雰囲気の中で、意表を突かれて完全に出遅れたのだった。
マッシモは契約書を素早く胸ポケットにしまうと、悠然とした足取りでドアへ向かう。もはや長居は無用だった。
廊下には騒ぎを聞きつけたタッソ配下の男達が集まりつつあったが、それもマッシモ自ら片端から殺してゆく。
思ったより多く出てきているのが気になった。
だがコジモ・ファミリーは銃撃戦に強い。皆が日夜、射撃の研鑽を積んでいるからだ。その中で突出していたのはソアーヴェであった。
そして、今改めて、アレックスの射撃の腕前にソアーヴェは舌を巻いていた。
的確に素早く、次々と敵の心臓に穴をあけてゆく。そのさまはまるで鬼神のようだ。鬼才と謳われていた、かつてのマッシモと肩を並べるに違いない。
本当にもう、自分はとっくに追い越されている。
それがソアーヴェは誇らしかった。
親になったような、くすぐったい気分だった。
銃撃を続けながら玄関へ向かい、死体の山を作ってゆく。
マッシモ側も一人が肩を負傷したが、たいしたことはない。ちゃんと走ることができている。このぶんならほどなく全員が切り抜けられるだろう。そう感じた刹那だった。ソアーヴェの腿に、熾烈な灼熱が起こった。
激痛に耐えかねてその場に頽 れる。
「ソアーヴェ!」
アレックスの声が聞こえた。玄関近くから戻ってくる彼の姿が視界に入り、ソアーヴェは舌打ちした。
(バカ! 来るな…!)
こういう場合は置き去りにすると相場が決まっている。仲間を助けようとすれば被害が増えるだけだ。
「置いていけ!」
マッシモの声が耳に届いた。
ああ、そうだ。
コジモ・ファミリーの頭領として的確な判断だ。
あの男は、あのようにどこまでも非情になれる。だからこそのカポだ。
だというのに、わざわざ戻ってきたアレックスはソアーヴェを庇うようにして発砲を続ける。
「先に行け!」
「だめだ…! あんたを置いていけない!」
俺が死ねば、お前がカポの恋人になるかもしれないのに――――。
自分でも思いがけない思考が頭の片隅をよぎった時、ふわりと体が浮く感覚がした。
「援護しろ、アレックス」
低い声はレンツィのものであった。ファミリー一の格闘家である。
「任せろ!」
アレックスが即答する。
レンツィがソアーヴェを抱いて走る間、アレックスが射撃を繰り出す。
玄関を抜けると一気に潮の香りが濃くなった。すでに先行隊が敵を片付けたのだろう、もはや外での発砲音はなかった。
安堵からか、ソアーヴェは腿に続いている激痛に思考を盗まれるようにして、わずかに残っていた幽かな意識を失った。
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