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4 仇討ち(4)

 週末はマッシモとアレクサンドラの二人だけでオペラを楽しみ、ホテルでディナーをとることが多い。マッシモは食事のマナーにうるさく、それだけはアレクサンドラを酷く辟易させた。  帰り道、ベンツのリムジンの窓枠に頬杖をついたアレクサンドラは、なんとなく暇を持て余して外を眺めた。  スモークガラスを通して見る街灯や建物の照明はまるで淡く発光する虫達のように頼りなく通り過ぎる。風景が見えにくいリムジンの中は世間知らずの自分の人生のようだ。そう考えると、自分がちっぽけな風船(パロンチーノ)のように心許ない存在に思えてきて焦りを感じる。  外を見るふりをしてガラス越しのマッシモを盗み見た。  今年三十七歳になるこの男は、一般的な同年代よりはよほど若々しく見えるだろう。  とはいえ大人の色気をたっぷりと備え、触れれば怪我をしそうな野性味には抗いがたい魅力があって、それがアレクサンドラの全神経を磁石のように惹きつける。  この恋が叶わないことは知っている。マッシモにはソアーヴェという長年の恋人がいるからだ。  まるで海の中でひとり溺れるようなものだ。どんなに藻掻いても叫んでも救われはしない。  そんな虚しさを埋めるために、アレクサンドラはファミリーの男達と寝るようになった。  マクシミリアン島でさんざんつらい思いをしてきたから、受け身のセックスはもう無理だろうと思ったが、存外、自分はそれに向いているらしい。  本当はマッシモに抱かれたいのだが。  一度でいいから、自分のアナルを彼に使ってほしいのだが……。  そんなしょうもない願いを胸に抱きながら他の男の腕の中で眠ることにも慣れた。  マッシモは気まぐれに男娼を買うが、それ以外のほとんどの夜はソアーヴェと過ごす。一度も手を出されない自分はマッシモにとってよほど魅力がないのだろう。  ソアーヴェは確かに美しい男だ。目許と唇の下に小さな黒子(ほくろ)があって、その微笑はえもいわれぬ甘さと色気を滲ませる。そのくせまなざしは冴え冴えとして鋭く、言動には尖ったナイフのような凄みとキレがあり、声と表情は有無を言わせぬほどひやりと冷たい。  ピストルの腕前はファミリー一だ。拳での喧嘩も強い。  そんなソアーヴェはマッシモの初体験の相手でもあった。見た目は二十代だと言われても違和感がないが実際はマッシモより年上だ。  手下の男達が笑い話にしているのをよく耳にする。 「カポは今朝もソアーヴェの部屋から出てこなかったってよ」 「奴の色っぽい声が一晩中してきて寝不足だ」  マッシモから唯一、心から愛されているソアーヴェ。嫉妬も起こす気にならないほど、自分は負けが込んでいる。彼の前で惨めになるのも(はばか)られるほどだ。  鬱屈したアレクンサンドラは、スモークガラス越しのマッシモから視線を外した。 (それにしたって、あの時のマッシモは酷かっただろう)  思い出すと胸がむかむかしてくる。  アレクサンドラがタッソに復讐を果たした日、ソアーヴェは銃撃戦で足に大怪我を負った。  あの時、咄嗟に助けに戻ったのは他でもない、どうしても彼の命を助けたかったアレクサンドラだった。  マッシモが一番大事に思っている人に死んで欲しくなかったから――――否――――そこまで自分はできた人間ではない。どちらかと言えば、拳銃の教師であるソアーヴェに恩義を抱いているからだ。だから見捨てたくなかった。あのまま蜂の巣なんかになって欲しくなかったのだ。  確かに多勢に無勢だった。  マッシモの判断は頭領として妥当だったのだろう。でもソアーヴェはマッシモの最愛の人だ。「置いていけ」と吐き捨てたさまは、まるで魔王のようにどこまでも非情に見えて腹が立った。  最も理解できないのは、そんなマッシモを好きでい続けている自分自身だ。いい加減、諦めてしまいたいのに。  胸の(つか)えを取るみたいに溜め息をついたアレクサンドラは、背もたれに身を押さえ付けた。  恋人がいて、計算高く、非情なマフィアのカポ。  タッソに復讐を果たすという交換条件で養子になったが、そんな男に心まで奪われるとは我ながら計算外だった。  不意にマッシモが含み笑いをする。釣られてアレクサンドラが視線をあげると、膝の上のラップトップに目をやりながらニヤニヤと笑っている。

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