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4 仇討ち(5)

「何――――?」 「面白いニュースだ」  マッシモがシニカルな低音を紡ぐ。この男が「面白い」というのならたぶん(ろく)な事ではないだろう。アレクサンドラは冷ややかな気持ちになった。 「マクシミリアン島から贋作が出てきたことは知っているな?」 「――ああ…うん、」  マクシミリアン島。久しぶりに耳にした固有名詞にうんざりした。  あの島の話は気が滅入る。死んでいった仲間のことを思い出すだけで、今でも胸がずくずくと痛んで、いたたまれない気持ちになるのだ。  アレックスがタッソを殺して仲間の仇を討った後、マッシモは孤児院の建物を取り壊して建て直し、マクシミリアン島全体をプライベートビーチにしようと考えて、手を付けた。  そんなマッシモへと現場の者たちから奇妙な連絡が入ったのは、昨年の年の瀬のことである。世界的に有名な名画が孤児院の地下から多数、発見されたのだ。始め、それは良くできた模写だと思われた。  だがその後、ファウスト・タッソが島に残した書類を整理するうちに衝撃的な事実が分かった。ファウスト・タッソは小児売春の根城だった孤児院の経営とは別に、とある贋作事業に手を出していたのだ。名付けて『ヴィーナス・プロジェクト』と呼ばれている代物であった。  タッソは数人のお抱え画家に名画の贋作を製作させ、孤児院の地下に隠していたのだ。折を見て本物とすり替え、本物は高値で売りさばく予定だったらしい。  タッソはコジモ・ファミリーに島を売却する際、なぜか一年の猶予を申し出た。今から思えば、おそらくその一年でプロジェクトに関する全てをどこか別の場所へ移動させるつもりだったのだろう。そうファミリー内では考えられている。 「クアランタから今、メールが来てな」  実に愉快そうにマッシモが続ける。  ベニート・クアランタはファミリーの上位幹部で、経理を務めるブレインの一人だ。  オリンド・レンツィが武闘派のトップ、リベリオ・ソアーヴェが射撃のトップとすれば、彼は頭脳派のトップといえる。  ファウスト・タッソを殺してマクシミリアン島を所有したコジモ・ファミリーは、世間から隠れて『ヴィーナス。プロジェクト』を「引き継ぐ」形になっていた。その責任者がクアランタだ。贋作商など今までしたことがないなどとさんざんぼやいていたが、持ち前の機転でうまいこと切り回しているらしい。 「カスト・フィオーリとかいう画家から、新しく仲間に引き入れたい有能な同僚がいるから、仲間にしてもいいかと問い合わせがあったらしい。その同僚の名は――――アンドレア・サンティ」  アレクサンドラは愕然とした。 「何――――?」 「懐かしい名だろ?」  リムジンの正面から意地悪なまなざしを注いでくる。  懐かしさ以上のもっと複雑に絡まった感情が、ぐるぐるとアレクサンドラの胸中を掻きまわした。  それにしても穏やかではない話だ。贋作事業にアンドレアが引きずり込まれるなど、けしてあってはならない。 「お前の双子の兄だろう」  畳みかけられ、アレクサンドラは喘ぐように頷いた。 「でも、あいつが贋作なんか描くわけない。きっと断る」  必死なアレクサンドラをマッシモが嗤う。 「そう単純な話でもなさそうだ。クアランタだが、このプロジェクト、今ではかなり入れ込んでいるからな。もう少し面子を増やしたいなどと言い始めている」  アレクサンドラは身震いした。  マッシモがクアランタを買っていることは知っている。だからといってすんなりと受け入れられる話ではなかった。 「お願いだ、アンドレアを巻き込まないでくれ、マッシモ。あいつは純粋に、昔から絵が好きだったんだ。一流の画家になるために、泣く泣く家を出ていったんだぜ。贋作づくりなんかに手を出すためじゃねえよ。どうか、助けてやってくれ」  半泣きになって訴えるアレクサンドラを、マッシモがまじまじと見つめる。 「お前がそこまでムキになるとは思わなかったな。ずいぶん長い間離れて暮らしているのに、そんなに大事か?」  いかにも非情なマッシモらしい、淡泊な問いかけだった。  アレクンサンドラ自身、その答えはよく分からない。  もし唯一、アンドレアを許せないことがあるとすれば、義父母の葬儀に来てくれなかったことだ。 (でも、)  絵の勉強が本当に忙しかったのかもしれない。 (それにアンディが不幸になれば、死んだお父さんやお母さんが悲しむ――――)  そう囁いてくる声もある。  義父母はアンドレアを可愛がっていた。いたずら小僧で、なんのとりえもない自分よりはよっぽどアンドレアはあの二人の希望であり慰めだったのだ。だからアンドレアを庇うことは、惨めな孤児だった自分たちをぬくもりのある家庭で育ててくれた養父母への、恩返しになる。 「ああ。大事だ」  アレクサンドラの返答にマッシモが真面目な顔つきになる。 「そうか…。いったんこちらの秘密を知ってしまえば、その者の辿る道は、協力か、死か、だからな」  まさしくそれが自分たち無法者の住む世界だ。アレクサンドラは強く頷いた。 「だから、頼む、マッシモ」  マッシモは軽く吐息する。それから肩をすくめた。 「いいだろう。アンドレア・サンティを仲間にしないよう、クアランタに言い置いてやる。フィオーリとかいう男も、それで諦めるだろう」  ラップトップのキーボードをカタカタと叩く。きっと今からそうメールに打ち込んでくれるのだ。  ほっと安堵すると、アンドレアが「有能」と言われるほどになっていることに対する感激が、急に込みあげてきた。  胸がジンと熱くなる。 (あいつは工房に行って、本当に良かったんだな)  育ての親の葬儀に来なかったことには恨みがあるが、アンドレアが成功を収めていることは純粋に嬉しい。とても嬉しい。 「ありがとう(グラッツェ)、マッシモ」  アレクサンドラは機嫌を直して礼を言った。 「どういたしまして(プレーゴ)。――お前にはリベリオを救ってもらった借りがあるからな。これくらいの義理は返さねば」  ラップトップに向けていつになく穏やかな微笑を注ぐ。ソアーヴェを想うだけで、この男はこんなに素敵な笑顔を惜しみなく見せるのだ。マッシモのソアーヴェに対する深い愛情を改めて見せつけられた気分になった。 (そうだ。マッシモだってあの時、きっと心を引き裂く思いで「置いていけ」と言ったんだ)  本当はマッシモ自身がソアーヴェを助けたかったに違いない。でも、あの場を統率する者として、ああ冷淡と言い放つしかなかった。 (俺はいつまでたっても、ソアーヴェには勝てないんだ)  一晩でいいからソアーヴェになってみたいと思う。  もし魔法があって、その一晩だけで死ぬのだとしてもかまわない。心ゆくまでマッシモの愛情を感じてみたい。  チリチリと爛れるように心が痛む。  手が届かない男の(そば)にいるのはつらい。  いつかは振り向いてくれるかもしれないというごく淡い期待を捨てきれない自分を、いい加減、嫌いになりそうだった。

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