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6 暗殺対象(1)
アレクサンドラがリベリオ・ソアーヴェから声をかけられたのは、夕食の後で『蝶々夫人』を一本見終え、音楽教師のタランティーノと共に視聴覚ルームから出てきてすぐのことだった。
「いかがですか、先生、うちの子は真面目に授業を受けていますでしょうか」
まるで母親みたいな気取った口調が気に障った。アレクサンドラをからかうためにわざとそうしているのだ。
根が真面目な老齢のタランティーノは、銀縁眼鏡のブリッジを押さえながら「まあまあでございます」などと畏まって答えている。
「今日は寝ないだけマシでございました」
小太りで小柄な体格を目一杯に反り返す。
「そうですか。大した進歩ですね」
内心愉快そうに微笑を浮かべるソアーヴェに、「はい。ではわたくしはこれで失礼いたします」などと丁寧に一礼して立ち去る。
「こんな時間に何しに来たんだよ」
アレクサンドラは面白くないままむすっとして言った。事実、すでにシャワーを浴びて寝るような時間帯だ。
「何を観たんだ?」
「蝶々夫人」
「ゲイシャか」
「オペラってなんでこんなに長いんだろうな」
ぼやくアレクサンドラに、クククと喉の奥で笑う。
「修行だろう」
視聴覚ルームは広大なマッシモ邸の地下二階の中央あたりにある。
藍色の絨毯で覆われた地上階と違って単色のリノリウムでできた廊下は、病院のように無機質で春先にはまだ寒々しいほどだ。
「なんの用だ。こんな与太話をするためじゃないだろう?」
話をするならフカフカしたソファのある、上階の談話室でにして欲しい。しかしそうしないのには、何か特別な理由があるのだ。誰にも聞かれたくないのだろう。
「暗殺依頼が来たぞ。危険人物を消して欲しい、とな」
物騒な話題をソアーヴェは淡々と告げる。それにももう慣れてしまった。
「クアランタからだ」
「へえ、またクアランタから?」
クアランタは目下、マクシミリアン島でファウスト・タッソが手掛けていた贋作事業『ヴィーナス・プロジェクト』を引き継いでいる。主に経理を治めるマッシモの右腕だ。
「対象はトリノの有名画家、アンドレア・サンティ」
途端、頭に雷が落ちたかと思うような衝撃に襲われた。
「アレクサンドラが? どうして?」
「焦るな。カポからは少し待てと言われている。アレックスの実の兄だからと」
「ああ、そうだけど――――もしかして、例のプロジェクトの件でか?」
ソアーヴェが頷く。
「やっぱり」
アレクサンドラは唇を噛んだ。
マッシモから聞いた贋作の話が思い出された。フィオーリとかいう男のせいで、巻き込まれかけたアンドレアに危害が及んでいるのだろう。
あの後、アレクサンドラを『ヴィーナス・プロジェクト』に引き込もうとしたカスト・フィオーリなる男は、他の画家に描かせた贋作を自分が描いたと偽って送ってきた。ずさんな手口で、いくら贋作事業の経験が浅いとはいえ、そんなものに騙されるコジモ・ファミリーではなかった。
助力した画家共々、フィオーリはソアーヴェの手下に殺された。厳しい処分だが、コジモ・ファミリーを騙すとどうなるかという見せしめの意味もあった。
「フィオーリを殺ったことでカタがついたんじゃないのか」
「まあな」
「じゃあ、なんでアンディが殺 られなくちゃならないんだよ」
感情を抑えきれず、子供じみた声になってしまう。
続くソアーヴェの説明では、フィオーリを殺した際に部屋から持ってきたパソコンは、クアランタが管理していた。そこにフィオーリの日記があった。肉体関係を持った相手との詳細なやりとりも記されており、その一人にアンドレア・サンティの名が記されていたのだ。
「愛人だったようだな。ご丁寧にセックスの詳細まで生々しく記録されていたぞ。中には隠し撮りっぽい動画もある。フィオーリとかいう男、相当なナルシストか変態だな」
ソアーヴェは愉快そうだが、アレクサンドラは少なからぬショックを受けた。
フィオーリがどんな人物であれ、アンドレアの恋人であった彼を自分の所属している組織が殺したのだ。
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