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6 暗殺対象(4)

「あなたは、警察の方ですか」 「いいえ」 「なのに、質問に答えなくてはならないと?」 「申し訳ありませんが…」  刹那、弾かれたようにビクッとした。  ソアーヴェのスーツを通して鋭いものが脇腹にあてられたからだ。ソアーヴェの片手は上着の中に入れられて見えないが、ちょうどそこで拳銃を握っているのが分かる。  フィオーリはピストルで殺されたのだ。自分がそうなっても不思議ではない。 「脅してでも聞き出したいことなんですか…」  アンドレアは半ば呆れるようにして問いかけた。 「どうしても。我々は彼が服用していたある薬物について追っております。あなたは彼とごく親しい付き合いをなされていた。ならば彼がある種の薬物を日常的に服用していたことを、知らないはずはない。その薬物の出どころ、名前、バイヤーを、あなたは知っているはずだ。是非、教えていただきたい」  なぜ、今ごろになってそんな話をぶり返されなくてはならないのだろう。  フィオーリは死ぬ前、マフィアに殺されることを恐れていた。ゆえにアンドレアは彼を射殺したのはマフィアだと思っている。今になって自分にこんな問いかけをし、拳銃で脅してくるこの男も、十中八九マフィアの一員だ。  この男とアレクサンドラが同僚という言葉が本当ならば、アレクサンドラもまたマフィアの一員になったのだろうか。 「親しい方を亡くされた無念さは、痛いほどお察しします。ですが、私どももどうしても知らなければならないことなので。どうか、私たちの仲間のアレクサンドラに免じて、お教え願えないでしょうか」  …やはり、アレクサンドラは――――。  アンドレアは瞑目した。ここは正直に話すしかなさそうだった。 「その薬物について聞いたのは、一度きりです。名前は聞いたような気もしますし――いないような気もします。思い出せません。出所は、かつては知り合いの男からだったようですが、その男の名前までは教えてくれませんでした。僕に話した時には、どこかのマフィアから貰っていたようです。僕が知っているのは、それだけです」 「そのマフィアの名前はご存じですか?」 「いいえ」 「そうですか」  聞きたいことは聞き出せたのだろうか。脇腹にあてられていた銃口は、いつの間にかなくなっていた。  ソアーヴェは相変わらず穏やかな表情だ。マフィアだと言われてもすぐには信じられないほど、その顔立ちは柔和に見える。 「アレクサンドラもあなたと同じようにその薬について調べているのですか」 「彼は、この件にはノータッチです」 「アレクサンドラはどこにいるのですか。アレクサンドラは今、何を、」  会えるものならば会いたいのだ。マフィアになっていたのだとしてもかまわない。  込み上がる慕情にアンドレアが言葉に詰まったのと、ソアーヴェが語尾を(すく)ったのとが重なった。 「私がお教えするわけには参りません。アレクサンドラはあなたに知られたくないと思っているはずですから」  丁寧な口調でありながら、容赦がない返事だった。 (そうかもしれないな)  養父母の葬儀にも出なかった自分はアレクサンドラから憎まれているだろう。その証拠に、養父母が亡くなって以来、アレクサンドラからの連絡は(つい)えたままだ。再度どこかの孤児院に入ったのか、新しく誰かの養子になったのかも分からなかった。  それでもアンドレアはずっとアレクサンドラを気にしていた。大人になって役所の記録を追ってみたが、相変わらずアレクサンドラは養父母の息子になっていたし、住所も変わっていなかった。だがあの田舎の家は今、完全な空き家の状態なのだ。  アンドレアはソアーヴェの横顔に問いかけた。 「あなたは、フィオーリと関わっていたマフィアですか?」  だとしたらフィオーリの言っていた『ヴィーナス・プロジェクト』を取り仕切っているはずだった。 「お答えしかねます」 「なぜ?」 「なぜって…」  おもむろにソアーヴェは口元を嘲笑に歪め、頬にかかる前髪を優雅に払った。それからアンドレアへと流し目を送る。 「私の正体から、アレクサンドラの現在が予測できてしまうでしょう。あなたに嘘をつくことは簡単ですが、それはそれでアレクサンドラについて誤解を生むことになる。それではアレクサンドラに対して不義理になりますから」  ずいぶん義理堅い。  確かに今、自分には手の届かない場所でアレクサンドラは生きて元気にしているのだ。自分たちの道がこれからさらに遠ざかるとしても、それも仕方のないことなのだろう。  ソアーヴェが立ち上がり、ハンカチを畳んでポケットにしまう。 「お答えくだりありがとうございます、サンティ殿。心よりお礼を申し上げます」  続けて立ち上がったアンドレアは、ソアーヴェをまっすぐに見つめた。 「一つだけ言わせてください。アレクサンドラの兄としてではなく、一人の画家として。――あなた方が万が一にも『ヴィーナス・プロジェクト』に関わっているマフィアだとしたら、僕は、あなた方を許しません」  ソアーヴェのまなざしが一瞬鋭く光ったような気もしたが、気のせいかもしれなかった。 「『ヴィーナス・プロジェクト』? 何のことでしょう?」  ソアーヴェが首を傾げる。本当に知らないのか、とぼけられたのかは、分からなかった。 「アレクサンドラをよろしくお願いします」  アンドレアの頼みに、微笑んだソアーヴェが頷く。 「良き友人でいられるよう努めます」 「ありがとう。そう言えば、なぜ僕がミラノにいることをご存知だったんです? トリノの工房ではなく」 「造作もないことです」  余裕のある返答はいかにもマフィアらしかった。  踵を返したソアーヴェの背中が遠のいてゆく。 (あの男は、これからアレクサンドラと会って、この会話を伝えるのだろうか?)  そう考えると胸のうちに熱く爛れるものがあった。  目の縁が熱くなる。自分でも思いがけないことだった。  懐かしいアレクサンドラに会いたいと思う。  今、むしょうにソアーヴェが羨ましい。アレクサンドラに会うことが適うあの男に、一日だけでいいからなってみたかった。

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