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7 そして逃亡へ(1)
『ミラノにいるアンドレア・サンティはAMの詳細を知らなかった。ゆえに暗殺対象から外された』
やきもきしながらソアーヴェの連絡を待っていたアレクサンドラは、届いた簡潔なメールに胸の底から安堵した。
それから数か月。
ソアーヴェはミラノに滞在したままだ。ついでに長い休暇をとって観光に勤しんでいるらしい。
(いいご身分だよな…)
思わず舌打ちが出る。一方でアレクサンドラといえば、マッシモの後継者として帝王学とも呼ぶべきものを叩きこまれて、忙しい毎日なのだ。
そんな、いわば平穏な日々の中。
「今夜は、シャンパンに付き合え、アレックス」
夕食のさなか、洒脱なワイングラスを手にしたマッシモから長いテーブル越しにそう言われた時、アレクサンドラは仰天した。文字通り背中がのけぞり、咀嚼したての肉をごっくんと飲み込んでしまったほどだった。
…『今宵、シャンパンに付き合え』――――。
コジモ・ファミリー内でよく使われる隠喩である。夜の相手をしろという意味であった。
「冗談、だろ…?」
アレクサンドラは目を見開いたまま、茫然と呟いた。マッシモが笑って肩をすくめる。
「お前相手に冗談を言ってどうする」
いかにも余裕のある冷めたまなざしをアレクサンドラへとついと寄越す。
退路を塞ぐような凄みのある声と、肉食動物が獲物を睨み据えるような抗いがたい眼力に、アレクサンドラはすっかり射竦められて固まってしまった。
「なんで、俺を――――」
それでも喘ぎ喘ぎ、訊かずにはいられない。マッシモはソアーヴェにぞっこんのはずだ。万が一にも自分を好きで抱くのではないだろう。
それとも、長らくソアーヴェが留守だから、手近な相手で性欲処理をしようなどと考えついたのだろうか。それにしても大人連中を相手にしてばかりいるマッシモが、自分に声をかけてきたことが信じられなかった。
「クアランタと賭けをしてな」
「賭け?」
思いがけない返答にきょとんとしてしまう。
訳を聞いてみればなんということはない。クアランタとポーカーをして負けたのだ。
『あなたが負けたら、今夜アレクサンドラと寝てみてください』
そう言われたらしい。あまりにくだらない賭けに、アレクサンドラは憤り半分、呆れかえった。
「俺はエサじゃねーぞ。それに、あんたは息子を相手にするようなタイプじゃないだろう」
むくれるアレクサンドラをマッシモが一笑に付す。
「いいじゃないか、本当に血が繋がっているわけでもなし。色々と食っている噂は耳にしているぞ。それとも、私では役不足か?」
からかうような口調で問う。あまりの軽さにアレクサンドラは閉口した。
拒絶するべきだ。心が強くそう警告を鳴らす。
そもそも賭け事のために抱いてもらうなんて惨めすぎる。自分がこの男を好きでなければ、別にいい。ただの罰ゲームだ。
しかしアレクサンドラはマッシモを心から愛してしまっている。その気もないマッシモに抱かれて、明日からどんな顔をしてこの男に向き合えばいいのか、とても平然としていられる自信はない。多分、本心を見抜かれてしまうに違いない。それは、あまりに虚しい。
そう思うのに、拒絶の言葉は出てこなかった。
こんな賭けに気軽に乗ったのは、やはりソアーヴェがいないせいだろう。ソアーヴェはマッシモが誰かを抱いても嫉妬心など興さないし、マッシモは恋人のいない夜を平然と過ごせる質ではない。平気で不実を行う。
だから、理性では断るべきだと思っても、体は抱かれてみたいと切実に訴える。早くもアレクサンドラの体は、その期待に熱くなり始めているほどだった。
「その気があるならシャワーを浴びて私の部屋に来い」
マッシモがグラスを空ける。
今夜は他に誰も誘わない。その意志を言い残して、マッシモは食堂を出ていった。
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