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第13話 決意

「どうか、したか?」  黙りこくった詩鸞を(いぶか)るように、令雅がこちらを覗き込んできた。知らず俯いていた詩鸞は、はっと顔を上げる。 「あなたは、どうして……」 「ん?」 「いえ、その……良い家柄に生まれて、べつに努力などせずとも、一生、楽に暮らしていけるだろうにと、ふと、思って……それなのにどうして、わざわざ、京城衛に?」  言ってしまってから詩鸞は、あ、と、思った。  まだ出逢って数日の相手にするには、ずいぶんと踏み込んだ質問ではないか。別に詩鸞は、ただ成り行きで、令雅の治療を――しかも、こちらに出来る範囲に限ってだけ――請け負っているだけのことである。  それなのにどうして、相手の内面に深くかかわるような質問を投げかけてしまったのだろうか。 「す、すみません! ……忘れてください」  すぐに恥じ入るように俯いて、慌てて発言を取り消した。  それでもやっぱり、気になってしまう。気にかかってしまう。  いま令雅は、痛みには慣れたと言った。そして平気な顔をしている。そうやって普段は誰にも抱える苦痛を気取らせず、ごくごく平生を装っていられる相手が、それでも、蜚牛を倒すために神気を使った後には顔を歪め、(うめ)き、ふらつき、ついには倒れ込んで(うずくま)っていた。  そのときの苦痛は、いったい如何(いか)ばかりなのだろうか。  それは想像を絶する痛みなのに違いない。  そんなものに繰り返し(さいな)まれて、いったい、令雅は無事でいられるのだろうか。蜚牛でもそうなのに、伝説の妖魔である太風(たいふう)を相手にして、大丈夫なのだろうか。 「――どう、して……?」  令雅の抱える苦悶を想像した詩鸞は、再び、問いかけてしまっていた。  令雅が首をゆるく傾げる。  忘れてほしいと言った舌の根も乾かぬうちに、何故、己は問いを重ねているのだろう。そうは思ったけれども、今度は――これもまた、なにゆえなのか――詩鸞は問いを引っ込める気にはならなかった。 「どうして、あなたは……だって、神気を練らなければ、呪詛(ずそ)は悪化しないのでしょう? だったら京城衛を退いて、二度と神気を使わなければいいじゃないですか。そりゃあ、あなたはお強くて、そんなあなたが戦線を離脱すれば、みなは困るでしょう。でも、そうまでして……命まで賭けて、あなたが、すべてを背負うことなのですか?」  詩鸞はじっと令雅を見詰めた。  令雅は、ふ、と、笑った。 「俺が神気を使わなければ、あんたも、俺に交合を迫られたり、繰り返し口づけさせられたり、しなくてすむものな」  からかわれた。  冗談(かるくち)めいた言葉で誤魔化そうとされたのだと思って、詩鸞はかっとなった。 「ええ、ええ! そうですよ! わたしはひどく迷惑を(こうむ)っているのですから! わたしには理由(わけ)を聞く権利くらいあるはずではないですか!?」  (いら)立ち紛れに、強い口調で、矢継ぎ早に言い放った。  言ってみて、そうだ、そうとも、自分は迷惑をかけられている立場だから令雅の行動について気になるのだ、せめてそれくらい知らされても(ばち)は当たらないはずだろう、と、詩鸞は心中で悪態(あくたい)つくように思っていた。  「だって、京城衛でなくなって妖魔討伐をせずにすむようになれば、あなたの呪詛、快癒こそしなくとも、悪くはならないのでしょう? それでいいではないですか。妖魔を倒すのは、他の京城衛の方に任せて……それではいけない理由は、なんなのです。どうして、あなたひとりが……真っ先に、犠牲になるようなやり方を……?」  詩鸞は眉を顰め、てのひらを握りしめた。  一を犠牲にして百を救う。たぶんそれは、国としては正しい選択だ。いかに少ない犠牲で、いかに多くを救うか。将軍という高位の立場にいる令雅は、当然、そうした思考をするのだろう。  それでも、詩鸞はすんなりとそれに納得できない。一の犠牲を当然のものと認めてしまえば――……自分の故郷の悲劇も、仕方がなかった、と、認めねばならないことになる。  詩鸞はきゅっとくちびるを引き結んで、令雅を見据えた。  こちらの真摯な眼差しを受けて、令雅はしばらく黙っていた。  が、やがて、そ、と、息をつく。 「どうして、か……わけはたぶん、いろいろあるんだが」 「いろいろ?」 「うん。ものすごく個人的な話をするなら……太風を追って命を落とした部下の仇討(あだうち)かな。それから、いまなお消息不明の監察(かんさつ)使()は、俺のいとこだから、とか。もちろん、やつを打ち損じてしまったことには、悔いがある。だから俺自身の手で始末をつけたいとも思っているが……」  そんなふうに理由を連ねてから、また、ふう、と、今度は長めの嘆息をもらした。 「座らないか」  言って、令雅は院子と堂宇との間の短い(きざはし)を指し示した。自分はそこに腰掛けると、ふくらんだ月を見上げて、また息を吐いた。  詩鸞は令雅の横に、すこし間を置いて座る。ちらりとこちらを見てそれを確かめた令雅は、目を細め、また月を仰いだ。 「あんたも言ったとおり……俺は、恵まれている」  ふと、そんなことを言い出した。 「(おう)家は代々高官を排出した名門の家柄なんだ。俺の場合、ついでに母は公主(ひめ)――皇室の出身()でもある。幼い頃から、最上の環境で、なに不自由なく育ったよ」 「そう、ですか」 「そうなんだ。――でも……俺が良い暮らしをして来られたのは、俺自身のおかげでもなんでもない。そう思うと……なんというかな、こう、いつも、借金を背負わされているような気分だった」  令雅は眉を寄せ、苦虫を噛んだような顔をした。 「借りっぱなし、もらいっぱなしは、どうも据わりが悪い。だからいつか、返そうと……たいした努力もなしに恵まれた暮らしをさせてもらったぶんを、何かで返さなければならないんだと、ずっとそう思っていたのかもしれない」 「いまが、そのときだと……?」  令雅は答えなかったが、わずかに目を細めた表情が、詩鸞の問いかけへの肯定を示しているように思われた。  詩鸞は(うつむ)く。膝を抱え込む。  令雅の考えは崇高だ。が、たかだか二十年ばかりしか生きていない青年がすべてを()すというのは、やりすぎではないかと思ってしまった。  でも、そう思うのは、詩鸞がいち庶民だからだろうか。いわゆる上流階級で育った令雅の考え方は、詩鸞にはわからないだけなのだろうか。  生真面目な答えを聞かせた令雅は、しばらくしてまた、ひとつ息をついた。 「俺が京城衛に勤めようと思ったのは……たぶん、幼い頃の経験がきっかけだ。――十五年前……東の辺境にあった、芝蒼(しそう)(むら)」  令雅の口にしたその名が耳に忍び込んだとき、詩鸞は一瞬、呼吸を忘れた。  目の前のすべてが真っ赤に染まる。その舐めるような焔を背景に、大きな鳥の影がある。カァン、と、高い啼き声が響いた。松明を持って走る兵卒。悲鳴をあげて逃げ惑う人々――……詩鸞はきつく目を瞑り、無意識のうちに、頭を抱えるようにして耳をも手で覆っていた。 「俺は、陛下の命を受けた父母とともに、あのとき、芝蒼の廬の付近にいた。そして、廬が妖魔に襲われ、火に呑まれて亡ぶのを、この目で、見た」 「っ、たしかに、廬は妖魔に襲われた! でも、廬を焼いたのは妖魔じゃない。あのとき、わたしの廬に、火を放ったのは……禁軍だった!」  思わず叫んでしまってから、詩鸞ははっと息を呑む。  令雅の橙まじりの金茶の眸が、どこか痛ましげに、詩鸞を見詰めている。 「あんたの出身を聞いたときから、そうかもしれないという気がしてた。――やっぱり、あんた……芝蒼の生き残りなんだな」  しずかに言われて、詩鸞はくちびるを噛みしめてうつむいた。

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