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第37話 告白

「っ、な、な、あなたね……っ!」  言うに事欠いてしたいって何だ、と、思う。いったいこの空気は、展開は、どういうことなんだだ、と、詩鸞(しらん)の頭は大混乱していた。 「あ、そ、そうだ! 結婚! あなた、結婚のご予定があったんでしょ! なのにわたしとこんなことをしていて、いいんですか? 新郎がこうでは、新娘(はなよめ)になる人に、不誠実なのでは?」  混乱の果てに、詩鸞は思いつき半分に、そんなことを言い募った。  そして、自分で言っておいて、自分がひどく傷ついた。重い気分になってしまった。  そうだ、令雅(れいが)には結婚の予定があったはずで、それはどうなるのだろう、と、あらためて思った。  呪詛(ずそ)は解けたのだ。たとえば、呪詛のために許嫁(いいなずけ)との婚姻が駄目になっていたのだとしたら、もう障害はなくなったということだ。  あらためて婚儀を、と、そんな話になっていたって、おかしくはないではないか。なにしろ婚礼衣装まですでに用意されているような段階だったはずなのだ。  令雅は誰かと結婚するのだろうか。  たしかめるように、ちら、と、相手をうかがう。 「……それとも、わたしを……愛人にでも、するつもりですか?」  こちらを抱きすくめる腕をゆるめてくれない相手を、せいいっぱい、(にら)んだ。  そうだ。京城衛将軍ともなれば、きっと、正妻のほかに(めかけ)のひとりやふたり、いや、三人や四人や五人や六人、もっともっと、当たり前に持つのかもしれない。詩鸞はその中のひとりにされるのだろうか。 「あんたには俺がそんなことをするような男に見えているのか?」  心外だとでも言いたげに、相手は眉をひそめた。 「それは……そんなこと、ない、ですけど」  むしろ令雅なら、誰かたったひとりの相手を一途に想い()きそうな気がする。  でも、だったらなおさら、結婚するかもしれない男がいまどうして詩鸞のところへやってきて、口づけなど仕掛けてくるのだ。  もしかして、独り身でいるうちの最後の遊び、思い出づくりのつもりだったりするのだろうか。  ぐるぐると――令雅に限ってありそうもないことまで――いろいろと考えてしまって、勝手にひとりでいじけていると、令雅が、はあ、と、嘆息した。 「……なんですか?」 「事後処理の仕事もあらかた片付いたし、満を持して想いを寄せる相手のところに忍んできたのに……どうしてあらぬ疑いをもたれているんだろうと思ったんだ」 「だって……結婚」 「なんだ。予定がないでもなかったと言っただけだろう?」 「婚礼衣装まで用意してあったのに……」  口を曲げると、令雅はちいさく苦笑した。 「強いて言うなら……その予定の相手は、あんただったんだが」 「…………は?」  思わぬ言葉に、詩鸞は目をぱちくりと瞬いた。 「最初に一緒に茶を喫したとき、蓉香(ようか)が吉祥の菓子も出したろう? あれも、まあ、強いて言えばあんたとの婚礼のために準備したものだったんだ」  令雅は、くすん、と、肩をすくめた。 「……どういうことです?」  たしかにあの日、梅の形の菓子を食べた。紅梅の菓子はめでたい席に供されるものであり、蓉香もまた特別な菓子だとか言っていた気はする。  が、それが詩鸞との婚礼のためのものだったとは、意味がわからない。  眉を寄せて怪訝な表情をすると、令雅が、ちら、と、苦笑した。 「なにしろ、俺が受けたのは、まぐわえという託宣だったんだ。最初、現れる相手は女性だろうと思い込んでいた」 「はあ。それで?」 「こっちの頼みは無茶そのもの。相手が呑んでくれる可能性は高くはなかろうと思ってはいたが、万一、よほどやさしく、お人好しで、俺に同情してくれるような相手だったら……まぐわいの前に、結婚を申し込もうと思っていた。――無理を強いる。だからせめて、俺の一生を、その相手に捧げよう、と」  詩鸞はきょとんとした。  では、令雅と結婚を約束している女性などというものは、そもそも、存在しなかったということだ。  なんだ、と、思う。  もやもやして損をした、と、思わず口を引き結んだ。かえって腹が立っていた。  しかし、そんな詩鸞の立腹も、続く令雅の言葉とやさしい抱擁とが融かしてしまう。 「俺は、あんたのものだ」  令雅が詩鸞の手を取り、もう痣のなくなった己の頬にふれさせる。 「あんたは女ではなかったから婚姻というわけにはいかないが。それでも、俺のすべては、あんたのものだ。――なにしろあんたはお人好しで、やさしくて、俺のためにその身を(なげう)ってくれたんだから……俺も、俺の人生のすべてを、あんたにやる」  そうでなくては公平じゃない、俺はあんたのものだ、と、令雅はそう繰り返した。 「そういうつもりで……いまも、ここへ来ているんだ」  そのまま、詩鸞のてのひらにくちびるを寄せる。じ、と、(だいだい)まじりの金茶の眸が、間近から詩鸞を見詰める。口づけされたところが一気に熱を持った気がして、詩鸞は真っ赤になった。 「なっ……っ!」  言葉を失って、口をぱくぱくさせた。そうするうちに、ふ、と、目を細めた令雅が、ゆっくりと詩鸞を抱き込んでくる。甘えるように肩口に額を擦り付けられると、天翔に懐かれているときみたいで、なんだかくすぐったい気分になった。 「あんたのことが、すきだ。詩鸞……俺の一生を、あんたに」  令雅は(てら)いもなにもなく、繰り返した。  詩鸞は、むう、と、口を結んで相手を睨む。 「………………わたしより長生きするあなたの一生でないと、受け取りませんよ。あなた、わたしより二つ年下なんですから」  精いっぱい意地をはって、そう言ってはやった。が、きっと頬を染めて眸を潤ませての文句では、令雅にも効きはしないのだろう。  口許をゆるめた相手が、返事をしないままに、また詩鸞に顔を近づけてきた。  金茶の眸に見つめられる。  気恥ずかしくて、目を瞑る。  くちびるが重なってきた。  最初は軽く啄むように、それから、深く重ねられた。  うっとりとなりかけたところに、ピィ、ピィイィ、と、高い鳴き声が聞こえてきて、詩鸞ははっと我に返った。 「あ、れ……天翔の声?」 「だな。俺たちの話し声が聞こえてるんだ。それで、構いに来いと呼んでる」 「えっと……いかない、の?」  がっちりとこちらを腕の中につかまえたままの令雅に、詩鸞はおずおずと訊ねた。 「いまは天翔より俺はあんたをかまいたい。あんたにも……俺をかまってほしい。だから、行かない。――あんたは? 天翔のところへ行きたいのか?」  ことりと首を傾けて問われ、ずるい、と、思う。  こんなにもしっかと抱きしめて、離してくれる気などまるでなさそうなのに、と、心の中でだけ令雅を責めた。  そして、答えないまま、観念したように再び目を瞑る。  途端に、令雅は詩鸞にくちびるを寄せてきた。今度はすぐに、ぬるりと舌が入ってくる。令雅とは何度も何度も口づけをかわしてきた。でも、これはもう、治療のためのそれではない。 「ん……ん、ぅ……ぁ……っ」  ちゅく、くちゅ、と、粘度の高い音を立てながら、口の中で舌がうごめく。絡められ、吸われる。  息がくるしい。  でも、うっとりもする。  好き勝手に、さんざん口の中を蹂躙(じゅうりん)され、解放されたときには、頭はぼうっとなるし、身体はとろりとなっているしで、詩鸞はどうしていいかわからなかった。  くたりと令雅にもたれかかると、そのまま、抱き上げられて寝台まで運ばれてしまった。(しとね)に横たえられ、(たくま)しい身体に()し掛かられる。  すこしだけ重たくて、でも、あたたかくて、いのちを感じた。同じ身体を抱えて泣いた、あのときの恐ろしい冷たさとは、大違いだった。  令雅はまず自分が脱いで、しなやかな筋肉のついた上半身をあらわにすると、こちらの帯に手を伸ばした。帯をほどかれ、(あわせ)を開かれる。顕わになった肌を、相手の手指がゆっくりと撫でた。

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