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3. 無害なお坊ちゃんと有害な下衆

 目覚めたときにはすっかり暗くなっていて、あくびまじりで外へ出る。  歓迎会とやらはないだろうから、自腹で何か食べよう。串焼きを買ってしまったとはいえ、お腹いっぱいに食べられるくらいのお金はある。  夜の街にはランプが灯され、人々の声もどこか華やいでいた。あちこちで乾杯の音が響き、笑い声が聞こえる。  あちこち店を探して、結局、いつもの安い食堂へ入った。お金がないからいつも通り、一番安いメニューを頼んだ。たらふく食べて宿へと戻る。お腹いっぱいになったから、気持ちも満たされている。そうに決まっているんだ。  部屋へ入ろうと扉に手をかけると、ちょうどフェリが部屋から出てくるところだった。軽く会釈をして済ませようとすると、「なあ」と話しかけられる。  驚いてドアノブから手を離すと、さらに距離を詰めてきた。 「これから、一緒に食事へ行かないか。歓迎会がなくなったと、ギルから聞いたんだ」 「あ、はい。もう食べてきました、すみません」  答えた拍子に、ぴしり、とフェリが固まる。なんだろう、この人。歓迎の気持ちは、ありがたいんだけど。  僕が首を傾げると、彼は咳払いをしてそっぽを向いた。 「……明日は、どうだ」 「出発の準備があるので、空いていません」  そして明後日は、彼らとともに任務へ出発だ。空いている日はないはず、と指折り数えた。  フェリはわなわなと震えつつ、「ならいい」と低く呟く。僕は彼を見上げて、反対側へ首を傾げた。 「何が『いい』んですか?」 「や、その」  口ごもる彼を、僕はじっと見つめた。だけどそれ以上、会話は続かない。  やがて、フェリはため息をついた。 「……じゃあ、また」  僕を置いて、すごすごと部屋へ引っ込んでしまう。最後に、またため息をついたのが聞こえた。  何なんだろうか、あのお坊ちゃんは。首をかしげて、彼が消えていった扉を見やった。  とはいえ、彼は無害だろう。僕もさっさと部屋へ戻るに限る。寝支度を整える前に、やるべきことはたくさんあった。  まず、寝所への侵入者を跳ねのけるための、結界とトラップの準備。  誰かがトラップへ引っかかったときに鳴らす、呼び鈴の設置。  最後に、いつでも魔術をぶっ放せるように、浅い眠りで留めること。  慣れたもので、準備はすぐに済んだ。これで安心。せっかくのベッドから降りて、三角座りで目を閉じる。杖は抱きしめたままだ。  そうして、日が落ち切った夜。真っ暗闇の中に響く鈴の音で、僕はぱちりと目を開けた。  「かかった」  呟いて、立ち上がる。呪文をとなえて、結界の一部を開いた。  扉が荒い音を立てて開き、ぼろぼろのギルがなだれこんでくる。やっぱりな、と冷めた目で彼を見下ろした。  外にも気配がある。僕の結界へ干渉しようとしているけど、苦戦しているみたいだ。恐らく、ミカだろう。  僕が起きていたことに驚いたのか、ギルは情けない悲鳴をあげた。 「なっ、なんだ、お前! 起きてやがったのか!」 「うるさい」  どん、と杖で床を突く。魔術が発動して、僕の身体から魔力がいくぶんか抜けた。  ギルはカエルが潰れたみたいな声を出して、みっともなく這いつくばる。身体が何倍にも重たくなったように感じる呪いは、変質者を撃退するための僕の得意技だ。  僕はしゃがみこんで、しげしげと彼を観察する。寝間着一枚で、何かを装備している様子もない。よくもまあ、随分と舐めてくれたものだ。 「この、低ランクが……!」  装備品が初心者とほぼ変わらない僕にとっては、聞き飽きた罵倒だった。肩をすくめつつ、「言ったでしょう」と目を眇める。 「僕はあなたの誘いなんか、願い下げだって」  彼は悔しそうにうなって、じたばたともがいた。杖で床をもう一突きすると、さらに魔術がキツくかかる。ギルはいよいよ首もあげられなくなったのか、視線だけでこちらを睨んでいた。 「覚えてろよ、お前ッ」 「ええ。しっかり覚えておきます」  煽るように笑えば、彼は歯ぎしりをした。顔は赤らんで、ゴブリンみたいだ。 「俺がせっかく、相手してやろうとしたのによぉ……!」  だんだん声の調子が上がってくる。やたらとわめきたてる彼の口元で、靴のつま先を上下させた。 「助けは来ませんよ。声を上げても無駄です」  彼はそれでも、僕をにらみつける。見上げた根性だ。僕はにこりと微笑んで、懐から水晶玉を取り出した。 「ところでコレ、なんだと思います?」  中を覗き込んだので、水晶を起動させた。ギルたちが僕の部屋へ攻撃を仕掛けている様子、ギルが強引に入った瞬間が、透明な球体の中で再生される。その後の罵詈雑言も、ばっちり聞こえてきた。  よく市場に出回っている、記録用の水晶だ。画質と音質はガビガビの安物だけど、これくらいの機能で十分。 「こんなの、子どものおもちゃだ!」  顔を青くしてギルが叫ぶ。どうかな、と僕は唇を横へ引き延ばして笑った。 「だとしても、フェリはどう思いますかね」  フェリは世間知らずだけど、約束を守ることの大切さをよく分かっている。でなければ僕をスカウトしたとき、命の危険の話はしなかっただろう。  これを見せたら、間違いなく、ただでは済まないのはギルの方。そもそも、僕はフェリの信頼を得ようなんて思っていない。もちろん、不必要に傷つけるつもりもないけれど。  ただ本人に、このパーティーの異常さは自覚してほしい。今の環境は、彼にとって間違いなく毒だ。 「な、なにが望みだ」  声を震わせるギル。僕は首を傾げて目を細めた。 「なにも。強いて言うなら、あなたがパーティーから抜けること、ですかね」  正直、この動画をフェリに見せるつもりはない。曲がりなりにも仲間としている大人が、僕を襲おうとしている場面だ。十八歳には、刺激が強すぎるだろう。  とはいえ、切り札にはなるはずだ。 「分かりましたか? 分かりましたね?」  追い打ちをかけるように、僕は丁寧に問いかける。ギルは顔を青くして、「この野郎」とうなった。 「知ってんだぞこっちは。お前、何年か前に、ギルドを出禁になったことがあんだろ! おえらいさんの『お誘い』を断ったって……身の程知らずが!」  随分と、不名誉な噂をご存じらしい。僕は再び、杖で床を強く突いた。 「ええ、まあ。おかげ様で、たくさんの学びを得ましたよ」  僕が呪文を唱えると、彼の衣服はみるみるうちに縄へと変化していく。衣服だったものはどんどん紐状になっていって、身体を覆わなくなった。やめろ、やめてくれ、と情けなく乞うほとんど裸の男を、僕は冷ややかに見下ろす。  扉の前で控えているだろうミカにも聞こえるように、防音魔法を解いた。 「言い訳は、ご自分たちで考えてくださいねー」  扉を開け、容赦なく外へ転がしてやる。後のことなんか、知ったことじゃない。  改めて防音魔術と結界をかけ直して、僕は再びベッドの横へ座り込んだ。しばらく、こんな生活が続くのだろうか。  受けて立ってやろうじゃないか、と目をつむる。こんなんだから僕は、ずっと貧乏暮らしなんだろうけど。

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