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4. はじめての共闘
翌朝、ギルの衣服は元に戻っていた。
彼だけじゃなくて、ミカもやたらと僕を睨みつけている。やっぱりここはグルらしい。
フェリの態度も変わらなかった。どうやら、二人は一旦静観するつもりみたいだ。
なら僕も、あえて何かしようとは思わない。ここで下手に動けば僕の立場が悪くなるどころか、パーティーの途中解散すらあり得る。
そうなったら、報酬がもらえない。さすがにそれだけは避けたかった。
出発の準備は粛々と整い、僕たちは任務へと向かうこととなる。山間へ向かうため、馬車は途中までしか使えないとのことだ。野宿も多いと聞いている。
今回の任務は、ファイアドラゴンの討伐。ドラゴン討伐といったら、高難易度クエストの象徴みたいな任務だ。正直、心が躍る。
これまで狩ったことのない魔物を狩るときの、未知への恐怖と興奮といったらない。
馬車に乗り込んでそわそわする僕の横には、なぜかフェリが陣取っていた。
ミカが睨みつけてくる。おお、怖い。フェリへ身体を寄せて、こそこそ尋ねた。
「その、……なんで、僕の隣に?」
「いいだろ。なんだって」
答えになっていない。この坊やのことがどうにも分からない。
ギルはといえば僕を無視して、荷台へ行儀悪く片足を乗せて外の景色を見ていた。
御者が号令を出して、馬車が走り出す。僕は諦めて、目を瞑った。
ここ最近、ギルへの警戒のせいでちゃんと眠れていない。移動中に睡眠をとっておかないと、道中バテてしまいそうだ。
うとうとと目を瞑ると、身体がふと、温かくてやわらかいものに包まれた。一気に安心感が胸を満たして、身体が重たくなってくる。僕は呆気なく、意識を失った。
「止まれ!」
突然あがった声に、僕はぱちりと目を開けた。身体に馴染んだ反射で、杖を握る。
何が起こったか、状況確認をするまでもなかった。狼の遠吠えが聞こえたからだ。それへ応じるように、次々と遠吠えが続く。どうやら襲い来る魔物は、群れを成していようだ。それも、かなり大きい群れを。
人と同じ二本足の足音。統率の取れた動き。
「ウェアウルフだ!」
ギルが叫ぶ。ミカは杖を構えて、防御魔法を唱え始めた。
それを待たず、フェリが飛び出していく。
「ちょ、ちょっと!」
僕は残された二人をちらりと見たけれど、彼らは慌てた様子もない。あろうことか談笑を始めてしまった。
それにミカが張った防御魔法の有効範囲は、馬車の周りだけだ。フェリへのバフはかけていない。ギルも飛び出していく様子はない。
馬車の護衛も、そりゃ必要だろう。だけど敵の群れの中へ、単騎で仲間を飛び込ませるなんて、おかしい。
「……クソッ」
杖を持って飛び出した。フェリの後を追いかける。
フェリは既に、剣を抜いて戦っていた。その実力に舌を巻く。
剣戟は鋭く正確で、無駄がない。次々ウェアウルフたちが倒れていく。並大抵の魔術師であれば、援護が間に合わないくらい素早い身のこなし。僕だって、フォローしきれるか分からない。
でも、放っておけるわけがなかった。
身の丈ほどもある杖をくるりと回し、地面へ突き立てる。呪文を一息に唱え、一帯のウェアウルフへ束縛の呪いをばらまいた。
途端に鈍くなったウェアウルフの動きに、フェリが驚いたように振り向く。
その隙を逃さず、僕はさらに唱えた。
「――行け!」
フェリ自身へのバフ。身のこなしを素早く、動体視力を大幅に上げる、光の祝福。
彼はすぐさま剣の柄を握り直し、ウェアウルフを切りつけた。僕は続けざまに、怪力の祝福を放つ。次いで、受けるダメージを減らす風の鎧。最初に放ったバフが切れそうになれば、すぐさまかけ直す。
ギリギリの綱渡りだけど、全力で動いているだろう彼にも、ちゃんと僕のバフは届いた。
ただ頭を、ものすごく使う。思考回路が焼ききれそうだ。
「キッツ」
顔をしかめつつ、彼の背後を狙うウェアウルフへ火球を放つ。僕の牽制に、威嚇の唸り声が帰ってきた。
べ、と舌を出しつつ、杖で地面を叩く。
ウェアウルフの数は、フェリの奮闘のおかげでだいぶ数が減っていた。あと少しだ、と、頭と口をフル回転させる。
その時、フェリがこちらを振り向いて何かを叫んだ。そして、大剣を、こちらへ思い切り投擲する。
「えっ、ちょっ」
幻覚を使う魔物がいたのだろうか。咄嗟に迎撃態勢をとる僕の脇腹すれすれを、剣の切っ先がえぐる。
背後から、濁った叫びが聞こえた。振り向くけばウェアウルフが一頭、腹に剣を突き刺されて倒れている。
「エル!」
フェリが叫んで、身ひとつで駆けてくる。僕は躊躇わず、杖を振るった。丸腰のフェリが傷つけられないよう、火球を放って牽制する。
またたく間に駆けてきたフェリは、すぐさま剣を引き抜いた。僕たちは背中合わせに、戦場をぐるりと見渡す。
「助かりました。ありがとう」
僕の礼に、彼は鼻を鳴らすだけだ。それで十分だった。
残党たちは敗北を悟ったのか、散り散りに走り出す。逃走しようとしているらしい。
「追い打ち、かけますか?」
僕が尋ねると、「ああ」とフェリは剣を握った。
「ここは街が近い。見逃すわけにはいかん」
はい、と頷く。フェリはその返事も待たず、駆け出した。剣を振るい、ウェアウルフたちを次々屠る。
なるほど、これは半年で名をあげるわけだ。強すぎる。「閃光」とあだ名されるのも、この素早さのためだろう。
普通これくらいの規模のウェアウルフの群れは、パーティーメンバー総出で対処するものだ。
だけどフェリは単騎で十分戦える上に、バフをかけようとしても並大抵の魔術師じゃ追いつかない。
ごく稀にいる、ソロでも強いタイプの冒険者だ。だからなおのこと、こんなパーティーでリーダーをしていることが、不思議でならない。
これなら、わざわざパーティーを組むまでもないのに。それにもしパーティーでやっていくんなら、今のメンバーじゃない方が絶対にいい。
なんだか、ムカムカしてきた。あの二人、十八歳に任せきりで恥ずかしくないのか。いい大人たちが。
「終わった」
返り血まみれのフェリが戻ってくる。僕は慌てて駆け寄り、「怪我はないですか」と尋ねた。
フェリは目を瞬かせ、視線をそらす。激しい運動の後のせいか、若干呼吸が荒い。顔も、少し赤かった。
「……エル」
「はい」
ぴしっと背筋を伸ばす。フェリは僕を見下ろし、じっと僕を見下ろした。
お褒めの言葉がもらえるかな、と少し期待する。これだけ活躍したんだ。フェリは下手したら、ちゃんとバフをかけられるのは、はじめてなんじゃないか?
どうだ。僕は、いい仕事をしただろう。
にこりと微笑みかけると、なぜかフェリはますます顔を赤らめた。ふん、と鼻を鳴らし、腕組みをする。
「弱いな、お前。大人しく引っ込んでいればよかったのに」
「は?」
思わず、固まった。褒めるどころか、けなされた。
「え? 今、なんておっしゃいました?」
「弱いんだから、引っ込んでいろと言った」
このクソガキ。僕はわなわなと震えつつ、杖を握りしめた。フェリは「だから」「その」「だから」とか、ぶつぶつ言っている。知ったもんか。
「だ、だから。全部俺に任せて……」
小癪な言葉を遮るように、僕は杖で地面を叩いた。睨み上げても、フェリは惚けたように口を開けるだけだ。
「そうですか? 僕はさっきの戦闘、楽しかったですけどね」
ふん、とこちらも鼻を鳴らす。こんな奴の面倒を見ようと思ったことが間違いだった。
ちらりとフェリの顔色を見れば、やっぱり惚けたようにこちらを見ている。なんだこいつ。
さっきは信頼できると思ったのに。僕の勘は、外れたらしい。
「戻りましょう。ミカとギルも待っています」
ずかずか歩き出す僕の隣に、僕よりずっと大きな歩幅でフェリが並んだ。それすらも癪で、早歩きで帰ってやった。
「おう、おかえり」
ギルは馬車へもたれかかって立ち、ミカは爪を弄っていた。御者は困ったようにそれを見ている。
いや、働けよ。
僕の気持ちをよそに、ギルは億劫だと言わんばかりに欠伸をした。荷台へよじ登る。
「こっちは無事だぜ」
フェリ、ここは怒っていいところだぞ。いくら馬車の護衛が必要だからって、ここまでサボるのはひどいことだぞ。
僕が念じても、彼は当たり前のように頷くだけだ。僕たちが二人そろって荷台へ乗り込めば、すぐに馬車は走り出す。
こんなパーティー、報酬をもらったらすぐに抜けてやる。フェリのことも知るもんか。
ふてくされる僕の横で、フェリは黙り込んで指を組んでいた。まだ頬が赤いけど、軽い体調不良だろうか。ちょっと心配だけど、それくらい自分でなんとかしてくれ。
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