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5. 凶行と追放
馬車での旅は、そこそこ快適に続いた。フェリが常に僕の隣にいて、若干鬱陶しかった以外は。
ただ、そのおかげでギルとミカは手出しできないようだった。おかげで道中は、久しぶりにぐっすり眠れた。
異変が起こったのは、馬車を降りてからだった。
だんだん野宿の割合が増えてきた頃だ。やたらとギルが、こちらを見てくる。舐めまわすような視線は相手にしないけど、どうにもうざったい。
ミカはいつも以上に、やたらとフェリへ引っ付いている。べたべたと彼に貼り付きながら、僕の様子をうかがっていた。
どうにも不穏だ。だけど、素知らぬふりで歩くしかない。
それに、結界だってあるんだ。僕にはいざというとき、身を守る手段がある。自分で、自分を守れる。
もう最後の人里を通り過ぎて、しばらく経つ。もう少しで、ファイアドラゴンの巣だ。
僕たちはそれぞれテントを張って、休むことにした。焚火を囲みながら保存食で食事をとり、僕は雑談も早々にテントへ戻った。
他の三人が眠る前に、結界を張らないといけない。それなりに時間のかかる作業だから、早めにとりかからないとまずいのだ。
僕が黙々と作業をしていると、向こうで人の足音がした。
「エル」
フェリの声だ。僕が顔をあげて「はい」と応えると、言いよどむ気配があった。
「その、……相談したいことがある。開けてくれないか」
相談とは、珍しい。というか、初めてだ。何かあったんだろうか。僕は首を傾げつつ、作業を中断する。テントの入り口を開けた。
外には、誰もいなかった。
「かかったな」
どん、と突き飛ばされる。目を回す僕の前に立っていたのは、ギルだった。その後ろには、勝ち誇った顔のミカが立っている。
僕が声を上げようとすると、ミカがすかさず呪文を唱えた。身体へずしりと重力がかかり、僕は呆気なく地面へ這いつくばる。
ご丁寧にも、僕がギルへ使ったものと同じ呪いだった。
「ざまあみやがれ」
ギルは上擦った声で言って、僕の肩を蹴った。筋骨隆々のファイターの一撃に、濁った悲鳴が口から漏れる。
ミカは、さらに杖を一振りした。ここになってやっと、さっきのフェリが幻覚魔法の産物だったことに気づく。
そんな高等技術、こんなことに使うだなんて思わない。
「あなた、調子に乗りすぎよ」
小枝くらいの大きさの、軽量型の杖。僕には手の届かない高級品。その先端の動きに従って、僕の身体は浮かび上がった。そのまま寝床も敷いていない床へ、仰向けに転がされる。後頭部を思い切り地面へ打って、視界に火花が散った。
ギルはにやにや笑いながら、僕へと覆いかぶさる。
「へへ、へ。お前みてぇな奴は、一発躾けてやらねぇとな。生意気なのもいいが、しっぽをふらなきゃ可愛げがないぜ」
咄嗟に叫ぼうとしても、声が出ない。見えない手で喉を掴まれたように呼吸が苦しい。ミカを睨み上げても、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべるだけだ。
油断した、油断した、油断した! 背中が嫌な汗をかく。僕は必死で、杖を引き寄せようともがいた。だけど呪文を唱える口先を封じられたら、そもそもどうにもならない。
「無駄な抵抗はよせよ」
ギルが嘲笑う。ミカは口元を押さえて、目元をたわませた。身体が、心が、じわじわと絶望に浸かっていく。
「い、やだ……!」
それでも、諦めるな。ギルの手が身体へ触れる。身をよじって抵抗すれば、頬を思い切りはたかれた。歯を食いしばって耐える。反撃の手段がない。どうする。どうする。どうする。
テントの入り口の向こうから、声がした。
「どうかしたのか」
フェリだ。咄嗟に声をあげようと口を開いた。ひねり出した悲鳴は、ギルの掌でふさがれる。唸り声を上げる僕をよそに、ミカが猫なで声で返事をした。
「エルが任務の前に、不安なことがあるって言うの。だから、私とギルの二人で相談に乗っているのよ」
「そうなのか?」
とっさにギルの掌を噛んだ。関節の、皮膚の薄いところを狙って、犬歯を立てた。ギルは低く呻いて、僕へ拳を振りかぶる。そのときだ。
「それなら、俺も加わるべきだろう」
フェリが、呆気なく、入り口を開けた。月明かりで、僕のテントの中が暴かれる。
僕の上へ覆いかぶさるギルが、「え」と情けない声をあげた。
「何をしている」
淡々とした声色でフェリが尋ねる。ギルが「その」と言いよどむと、彼は僕たちのもとへと、一歩一歩近づいてくる。
僕と、フェリの目が、合った。
「フェリ、これは、その、……エルに誘われたんだ」
ギルはへらへら笑って、僕を突きとばす。まだミカの魔術が効いているのか、声が出ない。身体が思い通りに動かなくて、のろのろとフェリを見上げる。彼は無表情に、僕たちを見下ろしていた。
「誘われたとは、何に?」
「ほら、魔術師は性欲が強いからよ。アッチがお盛んだって、お前も知ってんだろ」
下卑た笑い声を上げながら、ギルが言う。違う、と叫び出したかった。そんなのは迷信だし、誰だって無理矢理されるのは、嫌に決まってる。
フェリは「そうか」と呟くと、懐から紙を取り出した。途端に、ギルの顔色が変わる。
「そ、そりゃあなんだ。俺の契約書か?」
「ああ」
そうして、彼は、ためらいなく契約書を破った。びりびりと無残な音を立てて、書類だったものはただの紙切れになる。ギルは僕を放り出して、拳を握りしめた。わなわなと震えながら、フェリを見上げる。
「お前、どういうつもりだ……!」
「見れば分かるだろう。お前を追放するつもりだ」
フェリが淡々と言えば、ミカが「ねえ、フェリ」としなだれかかる。その表情には、焦りがにじんでいた。
「ギルだって悪気があったわけじゃないのよ。エルが思わせぶりなことをしたのが悪いの……」
「そうか」
冷ややかな表情だった。フェリはミカを押しのける。さらにギルを無視して、僕のもとへ跪いた。
助けてほしい、と、柄にもなく思った。喘鳴しか上げられない僕を一瞥して、フェリは「ミカ」と彼女を呼ぶ。
「エルへの呪いを解け」
「のッ、呪いだなんてかけてないわ……!」
白々しい。だけど動揺で、一瞬の隙ができた。僕への重力が弱まって、這いつくばって動くくらいはできるようになる。
僕が渾身の力で身体を起こすと、懐から、ごとりと水晶が落ちた。それは勝手に、記録を再生しはじめる。
泊まっていた宿の廊下で、ギルとミカが僕の部屋のドアに張り付いて、結界を解こうとしている様子。ギルが怒鳴り、罵声を上げながら、僕の部屋の扉を叩く様子。僕は視線だけで、フェリを見上げた。
フェリは、軽蔑しきった目でミカを見やった。
「お前もグルか」
「違うわよ! ギルに脅されてしかたなくやったの!」
甲高い声で弁明する彼女を、フェリは一瞥もしなかった。懐から書類――恐らく、ミカの契約書――を取り出して、躊躇わず破る。ミカは茫然と立ちすくんで、「そんな」と呟いた。
ギルが歯をむき出しにして怒鳴る。
「フェリっ、俺たちからの恩を忘れたのか! 世間知らずなガキを、誰がここまで面倒見てやったと思ってる!」
「そうよ! わっ、私たちくらいの実力じゃなきゃ、あなたにはついていけないわ!」
二人は口々に弁明するけど、フェリは聞く耳を持たない。出ていけ、と言わんばかりに、紙屑になった契約書を足で踏んだ。
「話はそれだけか?」
ギルとミカは歯ぎしりをして、僕を見下ろした。フェリはその視線を遮るように、身体を割り込ませる。
「出ていけ。このパーティーのリーダーは、俺だ」
威嚇するような声に、ギルが雄叫びをあげた。重心を落とし、フェリへタックルをしかける。不意を突かれたフェリは倒れて、ギルは馬乗りになった。そのまま拳を振り上げる。
僕は弾かれたように立ち上がり、杖を握った。先端で、思い切りギルの脇腹を突く。間髪入れずに呪文を唱えて、よろめく彼へ麻痺の呪いをかける。
ミカは震える手で杖を握り、何事かを呟いていた。こっちは、現実を受け止められていないみたいだ。
フェリは身体を起こすと、ギルの首根っこを持ち上げた。そのまま引きずって歩き、すれ違いざまにミカへ呟く。
「最後だから聞く。あの安い色仕掛けは何だったんだ? ずっと気持ち悪かった」
その言葉に、ミカは地面へ膝を突いた。僕が茫然としている間に、フェリは、二人をテントから追い出す。
そしてパーティーからも、追放してしまった。
僕は一人、茫然とそれを眺めた。しばらく経って、フェリがテントへ戻ってくる。
「あの二人は追放した。ギルドにも連絡した」
訥々と語りながら、彼はうなだれた。僕は恐る恐る、「大丈夫ですか」と尋ねる。
「お前の方こそ、大丈夫か」
「いやぁ……僕は、まあ、慣れているので」
僕が苦笑いを浮かべれば、彼はあからさまに眉間へしわを寄せた。
「慣れるな。こんなこと」
「えへへ」
曖昧に微笑むと、彼はそれきり黙り込んでしまった。気まずい沈黙に耐えかねて、僕は膝を抱える。
「パーティーは、解散ですか」
ぽつりと呟く。これからファイアドラゴンとの戦いだというのに、メンバーが二人も抜けてしまった。ドラゴンは、とても討伐難易度の高い魔物だ。二人で討伐するのは、あまりにも無謀だろう。
だけどフェリは、「なんでだ」と首を傾げる。
「俺とお前だけで、十分いけるはずだ。このまま任務を続ける」
「え」
茫然とフェリを見上げる。彼は、当たり前だと言わんばかりに頷いた。
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