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6. エンカウント
「任務を、続けるんですか」
僕がおずおずと尋ねると、彼は頷いた。特に気負った様子もない。僕は慌てて手を振って、フェリに尋ねる。
「えっ、でも、相手はファイアドラゴンですよ」
「問題ない。ドラゴン狩りは何度か経験がある」
「パーティーを組んでの経験でしょう。僕たちだけじゃ無理だ」
「無理じゃない」
むっと眉間にしわを寄せて、フェリが言う。思わず頭を抱えた。
「たしかにあなたは強い。だけど、いくらなんでも、僕と二人だけじゃ無理だ」
「無理じゃない」
フェリは頑なだった。僕はこめかみを押さえつつ、「なんなんだよ」とうなる。
しばらく、僕たちは無言だった。フェリは空を見上げ、僕はうつむいて考え込む。
たっぷり悩んだ後、僕は口を開いた。
「……あなたは、僕たちだけで、ドラゴン討伐が可能だと思っているんですよね?」
「ああ」
「理由は、なんですか。それだけ知りたいです」
僕の問いに、フェリは目を瞬かせた。にらむように見つめれば、彼は不敵に微笑む。
「お前の支援があれば、なんだってできる気がするからだ」
思わず、呆気に取られてしまった。この前は、僕を「弱い」って言っていたのに。
なんて変わり身の早さだ。それとも、彼はひどいあまのじゃくなのか。
「……ばか、ですか?」
思わず罵倒が口から漏れた。フェリは「馬鹿とはなんだ」と顔をしかめる。けれど、その表情に不安は一切ない。
「お前がいれば、間違いなくできる。やろう」
いろんな考えや感情が頭を巡る。ここで引かなければ、きっと命が危ない。だけどフェリはできると信じてる。こんな経験の浅いガキなんか信じるな。
どうやらフェリは、僕を信じているらしい。なんでかは、分からないけれど。
僕は、ごちゃごちゃした理屈を抜きにすれば――それが、嬉しい。
「はいはい、分かりました」
僕は派手にため息をついて、フェリを見た。右手を差し出す。
フェリは僕の手と顔を交互に見て、「なんだ?」と怪訝な顔をした。
「なんだ、とはなんですか。握手ですよ」
ほら、と手を突き出す。フェリはゆっくり、差し出した手を握った。
その手を強く握り返して、僕は真っすぐ彼を見つめる。
「僕は、ドラゴン狩りの経験がありません。あなたについていけるかも分かりません」
「ああ」
「だけど、あなたは僕を信じた。……あなたと、一緒に行きます」
僕の言葉に、彼は当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。つくづくかわいくないガキだ。
なんだかおかしくなってしまって、僕は頬の内側を噛んで笑みを我慢した。
こうして、僕たちの二人旅が始まった。
といっても、ファイアドラゴンの巣まではあと少し。この旅が終われば、報酬がたっぷり支払われる。そしたら、しばらくはゆっくりできるだろう。生活費の心配もしなくて済む。
もちろん、生きて帰れたらの話だけど。
フェリとの旅は、居心地がよかった。彼はかわいくない憎まれ口を叩くけど、悪い奴ではなさそうだ。何より彼は、襲われかけていた僕を助けてくれた。僕が誘ったとは一切思わず、守ってくれた。
それが、どれだけ嬉しかっただろう。
「ここか」
やがて僕たちは、目的地へと辿りついた。ファイアドラゴンの巣穴付近は、地面のあちこちに焼けこげた跡がある。きっと、炎の吐息で焼いたのだろう。
黒く炭化した面積に、思わず身震いがする。こんなのを生身で食らったらひとたまりもない。
ぞくぞく震える身体をいなしつつ、杖を握りしめた。
僕は紙でできた使い魔を飛ばして、巣穴の様子を観察する。中に生体反応はなし。
「今、ドラゴンは留守にしているみたいです」
「巣を見にいくぞ」
囁くような号令に続く。僕たちは気配を殺して、巣穴へと侵入した。
自然にできた洞窟を利用したそこは、薄暗い。僕はちいさく呪文を呟いて、明かりを灯した。
照らされた景色は、ただ岩壁が続く、無機質なものだ。
少しだけ、拍子抜けだ。ドラゴンには財宝を貯め込む性質があるらしい、と聞いたことがある。だから、てっきり金銀財宝できらびやかなものを想像してしまっていた。
フェリはどんどん進む。奥へ行くにしたがって、焼けこげた跡が多くなっていた。
「ドラゴンの巣って、いつもこうなんですか?」
「いや、……いつもなら、貴金属やら宝石やらが落ちているはずだが」
ドラゴン狩り経験者は、首を傾げている。どうやら、今回はレアケースらしい。
最深部へたどり着くと、ドラゴンの寝床があった。木の枝や枯れ葉をしきつめたそこは、大きな鳥の巣みたいだ。
「フェリ。これから、どうするんですか?」
ここから先は、経験者であるフェリが頼りだ。僕がお伺いを立てると、彼は不思議そうに首を傾げる。
「何って、ここで迎え撃つだけだが?」
「うん……?」
僕も首を傾げる。二人で、しばらく見つめ合った。
先に口火を切ったのは、僕の方だった。
「討伐のための作戦は、ありますか?」
「だから、ここで迎え撃つだけだ」
「トラップを使うとか、陣形とか。そういう、戦術的な話をしているんですよ」
嫌な予感がした。愛想笑いを浮かべつつ、僕は手をわさわさと動かす。
フェリは、反対側へ首を傾げた。怪訝な表情で、僕を見下ろしている。
「それは今、必要なことなのか?」
必要な、ことだよ。僕はなんと言えばいいのか分からなくて、杖を肩へ担いだ。もう、こいつだけ置いて逃げた方がいいかもしれない。
「……一旦巣を出ましょう」
「どうして? ここで戦った方が、周りへの被害は少ないだろう」
なんだ? その机上の空論は。そしてその空論を現実にやっていたのだろうことも、恐ろしい。
「いつも、どうやって戦っていたんですか?」
「ミカが結界を張り、俺とドラゴンを一対一にする環境を作っていた。ギルはミカの護衛、兼、俺の補助だ」
恐ろしいことばかり聞こえる。僕は顔を覆った。様子見なんかせず、とっととあいつらを、ボコボコにしておくべきだったのかもしれない。
「あなたは、ずっとそれでやってきたんですか? ドラゴン退治も?」
「ああ」
「死にかけたことはなかったんですか?」
「……いや」
今の間からして、何度かやらかしているんだろう。素直な子だ。あとやっぱりあいつらを、この手でボコボコにできなかったことが悔やまれる。
僕は、杖を握り直した。フェリの手を掴み、引っ張る。
「分かりました。でも、僕とパーティーを組む以上、そのやり方ではダメです」
フェリは、目を瞬かせる。僕は振り返らず、ずんずんと外へ向かって歩き出した。
「一旦、外で態勢を整えましょう。作戦会議をして、対策を立てて――」
「エル」
逆に、手を引っ張られる。フェリを振り返ると、彼は、遠くを見ていた。出入口の方だ。
「来るぞ」
え? と、間抜けに聞き返そうとしたときだ。
ずっと遠くから、咆哮が聞こえた。ここから姿は見えずとも、肌で空気の震えを感じる。どうやら、巣の主が帰ってきたらしい。
「やば」
慌てて杖を構える。フェリへ防御の魔法をかけた。僕自身へも、防御をかける。
フェリは、不思議そうに僕を見おろした。
「どうして結界を張らないんだ? 俺ひとりで戦える。お前が危ないだろう」
その何も疑わない瞳へ、無性に腹が立った。何に対してか、まだ分からないけれど。
僕はフェリの胸倉を掴み、揺さぶる。逆にこっちの身体ががくがく揺れる始末だったけど、僕は怒っているのだ。
「仲間を見捨てて、僕だけ安全地帯にいろって? するわけないだろ、そんなひどいこと!」
フェリの青い瞳が、少しずつ見開かれる。
真っ向から、それを睨み上げた。
「僕は、僕の仕事に誇りを持ってやっている。だから誇りにかけて、きみを守る」
突き放す。杖で、軽くフェリへ触れる。頭と肩、みぞおち、脇腹、腿を、順番に叩いた。
フェリは茫然と、僕を見下ろしている。
「きみの身体に、傷ひとつつけない。――行ってこい。いちばん気持ちよく戦わせてやる」
僕が吐き捨てたときだ。熱風が、僕たちの身体へ吹き付ける。地響きのような足音が聞こえた。
果たして入り口には、ファイアドラゴンが立っていた。
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