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7. 竜とのたたかい

 ドラゴンは畳んでいた羽を広げ、吠える。その大きな足が地面を叩くごとに、洞窟が揺れた。  空気の振動が肌をひりつかせる。その威容に、僕は一瞬、怯んでしまった。歩みが鈍る。  だけどフェリは、少しもためらわなかった。剣を抜き、ドラゴンへ向かって走る。炎の吐息を掻い潜り、羽ばたきの風圧を物ともしないで。 「はやい」  僕が思わず見とれるくらい、フェリは見事に動いた。あっという間にドラゴンの懐近くへ潜り込み、接近戦を始める。  ドラゴンは、体高だけでもフェリの三倍くらいある。家一軒くらいの大きさの胴体から、丸太より太い四肢が伸びていた。僕は次々呪文を唱えて、フェリを支援する。  フェリを熱から守るために、断熱の魔術を使う。いつも通りの攻撃バフはもちろん盛って、さらに、ありったけの防御魔術も。  演算ばかりで頭がいたい。フル回転する思考回路が焼き切れそうだ。  だというのに、僕の唇は、笑みの形に歪んでいた。  魔力を貯めたクリスタルを全部割る。持てるもの全部出し切ってやる。  フェリが高く跳躍し、ドラゴンの身体へ切りかかった。冒険者たる者、誰だってドラゴンの倒し方「だけ」は知っているものだ。顎の下にある逆鱗を一刺し、それだけ。だけど、たったそれだけのことの、なんと難しいことか。  まずドラゴンは、力がものすごく強い。それから、めちゃくちゃ大きい。これだけフィジカルが強いと、通常攻撃の相手をするだけでものすごく苦労する。  それに加えて、ドラゴンはデバフが効きにくい魔物だ。鱗が魔力を防ぐらしく、基本的に呪いの類は通じない。だからドラゴン退治のときは、前衛職の動き方が大きなカギとなる。  フェリは縦横無尽に飛び回り、ドラゴンへ反撃の隙を与えない。その動きに、魔術師の僕が後れを取るな。  ドラゴンのブレスに、フェリが押される。雪の壁で熱を防いで、庇った。  フェリがこちらを振り向く。遠すぎて表情は見えない。敵が目の前にいるのに、危ないことをするなよ。  だけどなんでか、今のフェリは泣きそうなのかもと、思ってしまった。  ドラゴンの尾がしなり、フェリを狙う。それを危なげなく避けて、フェリはまた、剣を振るった。鱗の隙間を的確に狙う剣技は、なるほど、彼のドラゴン退治の経験を感じさせる。  人並み外れて強い。その実力を、改めて実感した。  単騎でここまで戦えるなんて、大したものだ。それも冒険者になって、まだたった半年の十八歳なのに。  ドラゴンが前脚を上げて、フェリを踏みつぶそうとする。ギリギリの反射で避けた。  フェリは、よくやっている。だけどこのままじゃジリ貧だ。フェリがというより、僕が。 「フェリ、がんばれ!」  檄を飛ばしつつ、バフを盛る。  よく知った魔物であれば、デバフをかけられなくても、目くらましや牽制くらいはしただろう。だけど今戦っているのは、ドラゴンという、僕にとっては未知の存在だ。  下手に刺激するのは怖い。正直に言って、手を出しあぐねていた。直接の相手は、フェリに任せるしかない。  二人とも、できることはやっている。フェリの動きはまだ鈍っていない。だけど僕の魔力と体力は? 何より、ドラゴンはまだまだ弱った気配がない。  情けないことに、僕は、このままの状況を維持できる自信がまるでなかった。  そしてこの状況を維持できないということは、任務の失敗……もっと言えば、僕たちの命の危機を呼び寄せる可能性がある。  だったら思い切って、次の一手を打ってしまおう。  杖で地面を突く。息を吐き出し、呪文を早口にとなえた。地面へとすべての魔力を走らせ、洞窟の中を掌握する。  大地へ沁み込んだドラゴンの魔力が莫大すぎて、全身の血管が逆流するかと思った。だけど、なんとか押しとどめる。  フェリは今、ドラゴンへの決定打を与えかねている。だったら、そのチャンスを作ってやろうじゃないか。  僕がどんなことをしでかしてもきっと、フェリがなんとかしてくれるだろうし。 「沈め」  僕の一言で、ドラゴンの足元が陥没する。いや、周辺が盛り上がって、その分の土がもっていかれたのだ。  地面はぬかるんで、沸騰した水面のように波打つ。フェリの足場だけは、そのまま。  鼻血が出た。こめかみが脈打ってうるさい。唇に伝う血を舌で舐め取って、叫ぶ。 「沈め!」  地面から伸びた泥が、ドラゴンの四肢へと絡みつく。驚いたドラゴンはブレスを吐こうと息を吸い込んだ。首を持ち上げ、胸を膨らませ、大きく伸びをして。わずかに薄い色をした逆鱗が、こちらからも見えた。  その隙を、フェリが逃がすわけないのに。  フェリは、わずかに傾斜のある岩壁を駆け上がった。  これまでより、各段に狙いやすい位置に、急所があった。 「――ッ!」  無言の一撃。フェリは大剣を、ドラゴンの顎へと突き刺した。呆気なく、逆鱗は刃の餌食になる。  フェリの腕へ、身体へ、灼熱の血液が滴り落ちた。それは僕の張った防御魔法に弾かれて、フェリを傷つけることなく、地面へ落ちていった。  ドラゴンの断末魔が、洞窟の中へ響き渡る。僕はそれをただ、恍惚として聞いていた。  フェリは崩れ落ちる身体から軽やかに離れて、着地する。その軌跡ですら、美しいと思った。  どつ、どつ、と、硬い肉が地面を打つ音がした。尾が地面へと崩れ、胴体、首も続く。巨体が立てる振動は、僕の足元まで伝わってくる。  倒れ伏したドラゴンに、僕は両腕を突き上げた。やった。  僕たちだけで、ドラゴンを倒した!  そしてそのまま、前のめりで倒れた。 「……った!」  まだ頭と身体が興奮しているのに、血と体力、魔力が足りない。僕は死にかけの虫みたいに、四肢をじたばたさせながら笑った。 「うひ、うひひひ」 「エル!」  嬉しかった。身体をひっくり返して、仰向けになる。  フェリが駆け寄ってきた。その顔は、かすんで見えない。  僕は笑いながら、フェリへ手を伸ばした。彼は屈んで、しきりに僕を呼んでいる。  鉄臭い。ドラゴンの血も、鉄のにおいがするんだ。 「エル、大丈夫か!? 血が出ている、怪我したのか!?」 「えへへ……きもち、かった……?」  伸ばした手が、フェリの頬に振れる。もちもちの、瑞々しい肌だ。髪もさらさら。 「また、しよう、ね……」 「は……!?」  フェリの声が、遠くに聞こえる。僕は目を開けていられなくなって、まぶたを閉じた。

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