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8. フェリの事情
気づいたときには、ベッドの上で眠っていた。身体を起こすと、薬のにおいが鼻につく。広い部屋にはいくつもベッドが置かれ、怪我人たちが寝かされていた。
どうやら、診療所へ運ばれたらしい。
もう夜になっていた。お腹が鳴って、空腹を訴える。何か食べたい。
僕がベッドから降りようとしたところで、扉が開く。立っていたのは、フェリだった。
「エル」
彼は僕のもとへ駆け寄ってくる。立ち上がろうとすれば、彼の両手が肩に置かれて、止められた。
向かい合いながら、僕たちはしばらく見つめ合っていた。先に口を開いたのは、フェリだ。
「任務のとき、倒れただろう。魔力が尽きていたらしい。今日はここで治療を受けるぞ」
「フェリは、怪我していませんか?」
「怪我なんてしていない。お前は、お前の心配をしろ」
むっとした顔でフェリが言う。僕は「そうですか」と頷いて、ベッドの上へ戻る。
三角座りで膝を抱えて、フェリを見上げた。彼は「俺のことはいいんだ」と首を振って、ベッドサイドへ紙袋を置く。
「食事を持ってきた。食べられるか?」
「はい」
お腹が減っているから、ちょうどいい。フェリが取り出したのは、新鮮な野菜とハムのサンドイッチだ。ちょうど二人分ある。
僕は上機嫌でそれを受け取った。手際よく、瓶に入ったミルクも渡される。至れり尽くせりだ。
ベッドの上で頬張り始めると、フェリがわずかに眉間へしわを寄せる。
「行儀が悪い。ちゃんと降りて食べろ」
「ふぁい」
促されるままに、ベッドから降りて椅子に座る。僕が大口を開いて食べる様子を、フェリはじっと見つめていた。
「なにか?」
口元についたソースを、指先で拭う。フェリは「いや」と首を横に振った。睨みつけるように、僕を見据える。
「お前。弱いくせに、なんで最後、あんなことをした」
「あんなこと?」
首を傾げると、フェリは脚を組んだ。彼の分のサンドイッチを取り出し、かぶりつく。そのまま咀嚼して、黙り込んだ。食事の最中にしゃべらないなんて、お行儀のいいことだ。
大方、最後に仕掛けた大技のことだろう。それにしたって、聞き方がいちいち一言余計な小僧だ。
「僕の魔力が尽きかねなかったから、ですよ」
この答えは、フェリのお気に召さなかったみたいだ。彼は眉間にしわを寄せて、口の中のものを飲み込む。
「そう言ってはいるが、お前は結局、魔力不足で倒れただろう?」
「遅かれ早かれ、あの状態にはなっていたってことです。だったら強引にでも、チャンスを作ろうと思いました。何かあっても、あなたが何とかしてくれたでしょう」
僕の言葉に、フェリは口をつぐんだ。目をわずかに見開いて、僕を見つめている。
こっちだって、聞きたいことがいくつもあるんだ。僕は最後のひとかけらを口へ放り込み、ミルクで押し込んだ。
「いつも、どうやって戦っていたんですか。防御魔法はかけてもらっていましたよね?」
「まあ……。戦闘開始時、ミカが全てのバフを俺へ盛って、結界で一対一の状況を作っていた」
腐っても、ミカは白魔術師だ。僕よりも効果が強くて、持続時間の長いバフを盛れたんだろう。
それにしたって、ひどすぎる話だ。僕はちびちびとミルクを飲みながら、フェリをじっと見つめた。彼の一口はちいさく、お上品だ。所作も荒っぽいところがなくて、どこか育ちのよさを感じさせる。
「どういう経緯で、前のメンバーと組んでいたんですか?」
「成り行きだ。俺の強さについてこられたのが、たまたまあいつらだっただけだな」
「たまたま、あいつらだけ……」
僕が言葉をなぞると、フェリは「そうだ」と頷いた。ミルクで唇を湿らせて、こともなげに言う。
「冒険者になりたての頃は、パーティーを転々としていた。全員弱すぎて話にならなかった」
彼の実力なら、そうなるだろう。
駆け出しの冒険者は、全員初級ランクからのスタートになる。そしてランクは、パーティーへ所属するとき、かなり重要視される要素だ。
つまりフェリがいくら強くても、駆け出しの低ランク冒険者だから、上級ランクを求める強いパーティーには、まず所属できない。
「だから、しばらくは単独で活動していたんだ。そこにギルとミカが声をかけてきて、邪魔にはならなかったから、組むことにした」
僕はミルクを煽り、唇を舐めた。言葉を探すのに、少し時間がかかる。
「……いつも、ほとんど、一人で戦っていたんですか?」
「ああ。あいつらと組んでからは、多少楽になった」
なんとも言えない。僕の表情を見て、フェリは薄く笑った。
緑の瞳が、月明かりを反射して、綺麗だった。
「だけど……、お前と戦うのは、楽しかったな」
思わず、背筋が伸びる。フェリは「なんだ、緊張しているのか?」と嫌味っぽく言った。だけどその表情は、明るい。
「お前には、見どころがある」
本当に、口の利き方のなっていないガキだ。僕は「それはどうも」と拗ねたように言って、そっぽを向く。
「僕は、それなりに経験を積んでいますから。あなたにだって、簡単についていけるんですよ」
「最後に魔力不足でぶっ倒れたのに、何を言っているんだ?」
呆れたような物言いは、どこかやわらかい。僕がちらりとフェリを見ると、彼は手元へ視線を落としていた。何か、考え込んでいるみたいだ。
「俺と組むと、今回みたいな任務はかなり多い。お前みたいな弱い奴が、俺についてこられるとは思えない」
まったく、生意気なことばかり言う口だ。僕はあぐらをかいて、「フェリ」と名前を呼んだ。彼の青い瞳が、真っすぐに僕をとらえる。
できるだけ頼もしく見えるように、胸を張った。
「僕は、経験豊富な魔術師です。こんな現場、いくらでも経験しています」
なんせ、十三歳の頃から、十年くらいこの仕事をしているんだ。運よく親切な人たちに面倒を見てもらえてきたけれど、死にかけたことくらい何度もある。
とどめのように、胸を拳で叩いた。
フェリは失礼なことに、噴き出しやがった。そのまま笑い出した彼に、僕はすっかり腹が立ってしまった。拳を振り回す。
「笑うな!」
「いや、はは。かわ……なんでもない」
何を言いかけたのか分からないが、彼は頭を抱えてしばらく震えていた。
しばらく経って、彼は顔を上げる。その表情は優しくて、どこか甘い。
「エルさえよければ、しばらく俺と組んでほしい」
予想外の申し出ではあった。僕が目を瞬かせると、彼は身体を起こした。僕たちは、お互いの瞳を見つめている。
窓から風が吹き込んで、僕たちの頬を撫でていった。空気の澄んだ、いい夜だ。
フェリが、僕へ右手を差し出す。
「一緒に来てくれ」
その手を、僕はためらいなく取った。握り返して、上下に振る。
フェリからあのうさんくさい大人たちを引きはがすという、最初の目的は達成された。
でもなんだか、まだ放っておけないと思った。
フェリはほっとしたように息を吐いて、握る手に力を込める。僕は頷きながら、フェリを見上げた。
「もちろん。ついていきますとも」
「ああ、その。お前の喋り方、なんだが」
フェリが、何か言いたげに目を伏せる。僕が首を傾げると、彼は口元をひんまげた。
「俺に、敬語は使うな。いいな?」
「え? はあ、まあ。いいけど」
僕の返事に、フェリは満足げに頷いた。ふと、身体が重たいことに気づく。お腹いっぱいになって、心も安らいだ。眠気が、やってきたらしい。
あくびをする僕に、フェリは「寝ろ」とぶっきらぼうに言った。
「お前が回復したら、また新しい任務を受けに行くぞ」
「え。もう次の任務に行くの? しばらく休まなくても平気? 僕はいいけど……」
「いい。はやく、次の任務に行きたい」
不思議な人だ。仕事中毒なのかな。
目を輝かせはじめたフェリを置いて、僕はベッドへ横たわった。
魔力が足りなくなった身体には、結局、睡眠が一番効く。
「じゃあ、はやく回復するためにも、僕はもう寝るね」
「そうしろ」
僕はひさしぶりに、心の緊張を全部ほどいた。目を瞑ると、額に温かいものが添えられたみたいだった。
それが何なのか考える間もなく、僕は眠りの中へと落ちていった。
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