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10. 新しい仕事

 そのまま眠れなくてごろごろ寝返りを打っている間に、朝が来てしまった。  仕方なく起きだして、身支度を整える。部屋を出たところで、ばったりフェリと行き会った。言葉に詰まる僕より先に、フェリは「おはよう」と僕の顔を覗き込んだ。 「どうした? 顔が赤いぞ」 「なっ、なんでもない」  不自然にどもってしまったけど、彼は「そうか」と深くは追及してこなかった。ほっと胸をなでおろす。 「それで、次の仕事なんだが……」  彼が持ってきたのは、とある村での任務だった。シンプルな魔物退治だけど、高ランクパーティー向けらしく、報酬の高さと危険度の高さもそれなりだ。報酬が高いのは嬉しい。  とはいえ二人だけだと、対処には苦労しそうだ。できなくはないけど面倒臭い。  僕は話を詳しく聞きつつ、「それなら」と手を叩く。 「誰か、うちにスカウトしようよ。人手が増えたら、たくさんの魔物にも対処しやすくなるし」  それに二人きりだと、ちょっと気まずい。そんな本音を隠して、営業スマイルを向けた。  ところがフェリは、渋い顔をしている。 「……いい。お前とだけ組んでいる方が楽だ」 「ええ。なんで」 「とにかく、俺はその必要性を感じていない。却下だ」  これ以上聞く気はない、と言わんばかりに打ち切られる。大方、もう息の合った動きができる僕以外と組むのが面倒なんだろう。彼は結構、そこらへんが繊細だ。他のパーティーとの共同任務でも僕の支援ばかり受けたがったし、僕が他の面子を支援するのも嫌がった。  とんだ暴君だ、と肩をすくめる。 「まあ、いいや。でもこの話、これで終わりとは思わないでね」  言い含めるように念を押すと、「分かった」と不服を押し出した表情で、彼は頷いた。  仕事が決まれば、出発の準備だ。旅の必要品を買い込んで、現場までの足を確保する。冒険者歴の長い僕はともかく、フェリもだいぶ慣れたものだ。  準備が整えば、出発だ。今回は人里近いということで、すべての行程は馬車になる。快適なことこの上ない。 「なんでまた、こんな乗合馬車なんだ」  フェリはぶつくさ文句を言っていた。僕は杖を抱えながら、「まあまあ」といなす。  懐が潤って、僕もいくつか装備は新しくした。だけど杖は思い入れがあって、替えられないでいる。それに、十年以上使ってきて、今更他のに替えられる気がしない。 「金ならあるだろ。なんでわざわざ、こんな安いのに乗るんだ? 個人で馬車を借りればいいだろう」 「削れるところは削ろうよ。その分、お互いの取り分が増えるだろ?」 「ほんのちょっとだけじゃないか」  僕たちが言い争っている間に、どんどん他の乗客も乗りこんでくる。途中で大きな都市を経由するせいもあってか、行商人の姿もちらほらあった。  しばらく経って、馬車はゆっくりと進みはじめる。僕たちは黙って、ただ、荷台で揺られていた。  フェリと組んで一年以上。僕もだんだん、彼のことが分かってきた。  お金はちょっとどんぶり勘定。実のところ生真面目で、実力への自負心が強い。  僕といるときは憎まれ口ばかり叩くけど、それはたぶん、居心地がいいから。  ちょっとどうかと思うくらい言葉は足りないし、口下手。だけど本当は、優しくて、いい子だ。  そのいい子を、僕はおかずにした。最低だ。  空の青さに見惚れている間に、どんどん風景は変わっていく。街が近づくにつれて、城壁が見えてきた。  六年前、あそこのギルドで、ちょっとしたもめごとを起こしたことがある。……まだ、何か言われたり、するだろうか。  すこしだけ、嫌な記憶がフラッシュバックする。ぶるりと震えた僕に、フェリが「どうした?」と声をかけてくれた。 「ううん。なんでもない」  首を横に振って、杖を抱え直す。  大丈夫。僕は、あのときより、ずっと強くなった。だから、万が一、もう一度迫られたって大丈夫。  それにここは大都市だから、人の流れも激しい。きっと、誰も僕のことなんか覚えていない。  城門が開き、馬車は市街地へと入る。僕たちにとって、この街は通過地点だ。ここでは降りない。  だけど、なんとなく落ち着かない。僕はローブを目深にかぶりなおす。 「エル。どうした?」  フェリの大きな掌が、僕の肩に触れる。その体温の高さに、違う意味で心臓が跳ねた。 「あっ、いや、なんでもない」  顔をあげて、首を横に振る。フェリは「そうか」と頷いて、気まずそうに視線をそらした。 「その……なんだ。何か、あったのか」  あのフェリが、僕の悩みを聞き出そうとしている。  いい子だとは思っていたけれど、こんなに優しいなんて。 「ううん。何でもない。……ありがとう」  はにかむようにほっぺが緩む。だらしなさに、頬を両手で押さえた。フェリは「そうか……」と神妙に頷きながら、じっと僕を見つめている。 「ん? どうかした?」 「いや。なんでも」  その割には、じっと僕を見ている。僕も負けじと見つめ返すから、しばらく、僕たちは膠着状態になった。  乗客たちは各々荷物を持って、馬車から降りていく。この街で降りる人が大半みたいだ。 「エル!」  名前を呼ばれたけど、フェリじゃない。フェリは警戒するように、僕の後ろを見ていた。  振り向くと、一人のエルフの男が立っていた。すらりとした長身に、そのままに流している長い金髪。若々しい光を宿した緑の瞳。整った顔を親し気にほころばせて、こちらへ手を振っている。  僕は思わず、あっと声をあげた。 「リーフェさん……」  駆け出しだった頃、お世話になった人だ。僕の魔術の師匠であり、装備を整えてくれた人。  だけど、今はちょっと、会いたくなかったかもしれない。 「まったく、エル。どこに行っていたんだ? お父さんは探したんだぞ」  お父さんではない。僕にエルフの血は混ざっていない。  リーフェさんは迷わず駆け寄って、ひょいと荷台へと飛び乗る。その勢いのまま、僕を抱きしめた。ぐえ、と潰れたカエルみたいな声が出る。 「いや、僕、リーフェさんの息子じゃないです……」 「照れなくていい。ああ、突然五年も家出して、ちょっと長かったぞ……。お父さんは寂しかった」  すりすり、なでなで。リーフェさんは、何かとこうやって撫でくりまわしてくる。  突然、肩を強く後ろへ引っ張られた。驚いて振り向くと、フェリが僕を抱き寄せている。 「誰だ。お前」  警戒心たっぷりのフェリを見て、リーフェさんはため息をつく。ちいさい子どもをしかりつけるように、人差し指を立てた。 「そこの坊や。僕とエルが親しい仲なのは、見て分かるだろう? ならば、尋ねるべき言葉は『誰だ』ではない。自己紹介をしなさい」  キン、と一瞬耳鳴りがする。フェリが歯を食いしばるのが、振動で分かった。 「……俺、は。フェリクス=ロナード……」  名前だけじゃなくて、姓まで名乗っている。僕は「リーフェさん」と、咎めるように彼をにらんだ。 「こんなことで、魔術を使わないでください。自己紹介を魔法で自白させるだなんて、信じられない」 「いやいや。使うとも。で、きみは、エルの何なんだい?」  また耳鳴り。僕はすっかり呆れて、目を閉じた。 「エ、エル、の……相棒……」 「へえ。じゃあ、エルをどんな風に思っているんだ?」 「ッ……! お、おれは……!」  心底屈辱だと言わんばかりに、呼吸が揺れている。だいぶ、かわいそうになってきた。  僕はさっさと解呪を唱えて、フェリの肩を揺らす。 「もう大丈夫だよ、フェリ」  頭を軽く叩いてやると、彼は目を細めた。僕はリーフェさんに向き直り、杖で彼の肩を叩く。 「そんなこと、しなくても大丈夫ですよ。心配は嬉しいですけど。……フェリに謝ってください」  リーフェさんはひょいと片眉をあげて、「悪かったね」とフェリの肩を叩いた。フェリは、渋い顔で頷く。一応、和解が成立したらしい。  そして極めてスムーズに、リーフェさんは、僕の手を引いた。 「それはそうとして、エル。たまにはこっちに顔を見せなさい。フェリクスくん、エルをちょっと借りていくね」  僕は力強い腕に引かれるまま、立ち上がる。そのままリーフェさんは、僕を持ち上げ、荷台から飛び降りた。  そのままの体勢で、走り出す。馬車がどんどん遠ざかる。 「待て、エル!」  フェリも荷台から飛び降りて、僕たちを追い始めた。  突然のことに、理解が、何も追いつかない。目を白黒させる僕を担いで、リーフェさんは、「悪いね」と笑った。 「でも、何も言われず、急にお別れしたのは寂しい。せめて今日は、一緒に食事をとろう。さっきの子、友達なんだろう?」  ものすごく強引だけど、リーフェさんは、決して悪い人ではない。僕は、諦めて頷いた。  それにずっと、謝っていないことがある。 「……いきなり音信不通になって、心配かけました。ごめんなさい」 「いいんだよ。また会えてよかった」  その声の優しさに、ちょっとだけ、胸が軽くなった。深く息を吸い込んで、リーフェさんの肩口に顔を埋めた。

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