10 / 29
10. 新しい仕事
そのまま眠れなくてごろごろ寝返りを打っている間に、朝が来てしまった。
仕方なく起きだして、身支度を整える。部屋を出たところで、ばったりフェリと行き会った。言葉に詰まる僕より先に、フェリは「おはよう」と僕の顔を覗き込んだ。
「どうした? 顔が赤いぞ」
「なっ、なんでもない」
不自然にどもってしまったけど、彼は「そうか」と深くは追及してこなかった。ほっと胸をなでおろす。
「それで、次の仕事なんだが……」
彼が持ってきたのは、とある村での任務だった。シンプルな魔物退治だけど、高ランクパーティー向けらしく、報酬の高さと危険度の高さもそれなりだ。報酬が高いのは嬉しい。
とはいえ二人だけだと、対処には苦労しそうだ。できなくはないけど面倒臭い。
僕は話を詳しく聞きつつ、「それなら」と手を叩く。
「誰か、うちにスカウトしようよ。人手が増えたら、たくさんの魔物にも対処しやすくなるし」
それに二人きりだと、ちょっと気まずい。そんな本音を隠して、営業スマイルを向けた。
ところがフェリは、渋い顔をしている。
「……いい。お前とだけ組んでいる方が楽だ」
「ええ。なんで」
「とにかく、俺はその必要性を感じていない。却下だ」
これ以上聞く気はない、と言わんばかりに打ち切られる。大方、もう息の合った動きができる僕以外と組むのが面倒なんだろう。彼は結構、そこらへんが繊細だ。他のパーティーとの共同任務でも僕の支援ばかり受けたがったし、僕が他の面子を支援するのも嫌がった。
とんだ暴君だ、と肩をすくめる。
「まあ、いいや。でもこの話、これで終わりとは思わないでね」
言い含めるように念を押すと、「分かった」と不服を押し出した表情で、彼は頷いた。
仕事が決まれば、出発の準備だ。旅の必要品を買い込んで、現場までの足を確保する。冒険者歴の長い僕はともかく、フェリもだいぶ慣れたものだ。
準備が整えば、出発だ。今回は人里近いということで、すべての行程は馬車になる。快適なことこの上ない。
「なんでまた、こんな乗合馬車なんだ」
フェリはぶつくさ文句を言っていた。僕は杖を抱えながら、「まあまあ」といなす。
懐が潤って、僕もいくつか装備は新しくした。だけど杖は思い入れがあって、替えられないでいる。それに、十年以上使ってきて、今更他のに替えられる気がしない。
「金ならあるだろ。なんでわざわざ、こんな安いのに乗るんだ? 個人で馬車を借りればいいだろう」
「削れるところは削ろうよ。その分、お互いの取り分が増えるだろ?」
「ほんのちょっとだけじゃないか」
僕たちが言い争っている間に、どんどん他の乗客も乗りこんでくる。途中で大きな都市を経由するせいもあってか、行商人の姿もちらほらあった。
しばらく経って、馬車はゆっくりと進みはじめる。僕たちは黙って、ただ、荷台で揺られていた。
フェリと組んで一年以上。僕もだんだん、彼のことが分かってきた。
お金はちょっとどんぶり勘定。実のところ生真面目で、実力への自負心が強い。
僕といるときは憎まれ口ばかり叩くけど、それはたぶん、居心地がいいから。
ちょっとどうかと思うくらい言葉は足りないし、口下手。だけど本当は、優しくて、いい子だ。
そのいい子を、僕はおかずにした。最低だ。
空の青さに見惚れている間に、どんどん風景は変わっていく。街が近づくにつれて、城壁が見えてきた。
六年前、あそこのギルドで、ちょっとしたもめごとを起こしたことがある。……まだ、何か言われたり、するだろうか。
すこしだけ、嫌な記憶がフラッシュバックする。ぶるりと震えた僕に、フェリが「どうした?」と声をかけてくれた。
「ううん。なんでもない」
首を横に振って、杖を抱え直す。
大丈夫。僕は、あのときより、ずっと強くなった。だから、万が一、もう一度迫られたって大丈夫。
それにここは大都市だから、人の流れも激しい。きっと、誰も僕のことなんか覚えていない。
城門が開き、馬車は市街地へと入る。僕たちにとって、この街は通過地点だ。ここでは降りない。
だけど、なんとなく落ち着かない。僕はローブを目深にかぶりなおす。
「エル。どうした?」
フェリの大きな掌が、僕の肩に触れる。その体温の高さに、違う意味で心臓が跳ねた。
「あっ、いや、なんでもない」
顔をあげて、首を横に振る。フェリは「そうか」と頷いて、気まずそうに視線をそらした。
「その……なんだ。何か、あったのか」
あのフェリが、僕の悩みを聞き出そうとしている。
いい子だとは思っていたけれど、こんなに優しいなんて。
「ううん。何でもない。……ありがとう」
はにかむようにほっぺが緩む。だらしなさに、頬を両手で押さえた。フェリは「そうか……」と神妙に頷きながら、じっと僕を見つめている。
「ん? どうかした?」
「いや。なんでも」
その割には、じっと僕を見ている。僕も負けじと見つめ返すから、しばらく、僕たちは膠着状態になった。
乗客たちは各々荷物を持って、馬車から降りていく。この街で降りる人が大半みたいだ。
「エル!」
名前を呼ばれたけど、フェリじゃない。フェリは警戒するように、僕の後ろを見ていた。
振り向くと、一人のエルフの男が立っていた。すらりとした長身に、そのままに流している長い金髪。若々しい光を宿した緑の瞳。整った顔を親し気にほころばせて、こちらへ手を振っている。
僕は思わず、あっと声をあげた。
「リーフェさん……」
駆け出しだった頃、お世話になった人だ。僕の魔術の師匠であり、装備を整えてくれた人。
だけど、今はちょっと、会いたくなかったかもしれない。
「まったく、エル。どこに行っていたんだ? お父さんは探したんだぞ」
お父さんではない。僕にエルフの血は混ざっていない。
リーフェさんは迷わず駆け寄って、ひょいと荷台へと飛び乗る。その勢いのまま、僕を抱きしめた。ぐえ、と潰れたカエルみたいな声が出る。
「いや、僕、リーフェさんの息子じゃないです……」
「照れなくていい。ああ、突然五年も家出して、ちょっと長かったぞ……。お父さんは寂しかった」
すりすり、なでなで。リーフェさんは、何かとこうやって撫でくりまわしてくる。
突然、肩を強く後ろへ引っ張られた。驚いて振り向くと、フェリが僕を抱き寄せている。
「誰だ。お前」
警戒心たっぷりのフェリを見て、リーフェさんはため息をつく。ちいさい子どもをしかりつけるように、人差し指を立てた。
「そこの坊や。僕とエルが親しい仲なのは、見て分かるだろう? ならば、尋ねるべき言葉は『誰だ』ではない。自己紹介をしなさい」
キン、と一瞬耳鳴りがする。フェリが歯を食いしばるのが、振動で分かった。
「……俺、は。フェリクス=ロナード……」
名前だけじゃなくて、姓まで名乗っている。僕は「リーフェさん」と、咎めるように彼をにらんだ。
「こんなことで、魔術を使わないでください。自己紹介を魔法で自白させるだなんて、信じられない」
「いやいや。使うとも。で、きみは、エルの何なんだい?」
また耳鳴り。僕はすっかり呆れて、目を閉じた。
「エ、エル、の……相棒……」
「へえ。じゃあ、エルをどんな風に思っているんだ?」
「ッ……! お、おれは……!」
心底屈辱だと言わんばかりに、呼吸が揺れている。だいぶ、かわいそうになってきた。
僕はさっさと解呪を唱えて、フェリの肩を揺らす。
「もう大丈夫だよ、フェリ」
頭を軽く叩いてやると、彼は目を細めた。僕はリーフェさんに向き直り、杖で彼の肩を叩く。
「そんなこと、しなくても大丈夫ですよ。心配は嬉しいですけど。……フェリに謝ってください」
リーフェさんはひょいと片眉をあげて、「悪かったね」とフェリの肩を叩いた。フェリは、渋い顔で頷く。一応、和解が成立したらしい。
そして極めてスムーズに、リーフェさんは、僕の手を引いた。
「それはそうとして、エル。たまにはこっちに顔を見せなさい。フェリクスくん、エルをちょっと借りていくね」
僕は力強い腕に引かれるまま、立ち上がる。そのままリーフェさんは、僕を持ち上げ、荷台から飛び降りた。
そのままの体勢で、走り出す。馬車がどんどん遠ざかる。
「待て、エル!」
フェリも荷台から飛び降りて、僕たちを追い始めた。
突然のことに、理解が、何も追いつかない。目を白黒させる僕を担いで、リーフェさんは、「悪いね」と笑った。
「でも、何も言われず、急にお別れしたのは寂しい。せめて今日は、一緒に食事をとろう。さっきの子、友達なんだろう?」
ものすごく強引だけど、リーフェさんは、決して悪い人ではない。僕は、諦めて頷いた。
それにずっと、謝っていないことがある。
「……いきなり音信不通になって、心配かけました。ごめんなさい」
「いいんだよ。また会えてよかった」
その声の優しさに、ちょっとだけ、胸が軽くなった。深く息を吸い込んで、リーフェさんの肩口に顔を埋めた。
ともだちにシェアしよう!

