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11. 「おかえり」

 フェリは圧倒的な速さで僕たちを追いかけたけれど、地の利は圧倒的にリーフェさんにあった。  市街地を走り抜け、中心部から飛び出し、民家の立ち並ぶ街並みを行く。  最終的にフェリが僕たちを捕まえたのは、リーフェさんの自宅前だった。 「ああ、捕まってしまった」  無邪気に笑いながら、リーフェさんは僕を下ろす。フェリは珍しく呼吸を荒くしながら、僕の手首を掴んだ。 「帰るぞ」 「フェリ、ちょっとだけ待って」  あ? と、機嫌の悪い顔で、フェリが僕を見下ろす。その間に、リーフェさんは、自宅の扉を開けた。  というか、彼の経営する孤児院の扉を開けた。 「おとうさん、おかえりなさーい!」  人種のさまざまな年端の行かない子どもたちが、わらわらとリーフェさんへ群がる。リーフェさんは穏やかな笑顔を浮かべた。彼らの頭を撫でて、「ただいま」と返事をする間にも、腰のあたりには子どもたちが鈴なりになっている。  僕は呆気に取られるフェリの手を引いて、「フェリシア園」と書かれた表札を指さした。 「そういえば、言ってなかったね。……ここ、僕が昔、お世話になってたところ」  フェリは、僕の顔をじっくり見た。それから、リーフェさんを見やる。  リーフェさんは中に入って、エプロンを慣れた様子でつけた。僕たちを手招いて呼ぶ。 「おかえり、エル。これからお昼ご飯なんだ。これだけは、一緒に食べていってくれないか」  僕が大人しく扉をくぐると、フェリも続いた。  もともと大家族の住む民家だったというこの施設は、あまり面積が広くない。だからか、リーフェさんをはじめとした大人たちは、整理整頓と清潔に気を配っていた。そんなことをふと思い出す。  園内に、見知った顔はあまりいない。もう六年も経っているんだから、あの頃いたメンツの多くは、ひとりだちしていったんだろう。  それでも何人かは、手伝いとして残っているみたいだった。大人になった彼らと、僕がばったり顔を合わせる。  お互い、一瞬言葉に詰まった。だけど、彼らが僕を抱きしめる方が、早かった。 「エルじゃん。ひさしぶり! 元気してた?」 「ねえ聞いてよエル、こいつったらまだ……」  口々に、兄弟のように過ごした仲間たちが僕をもみくちゃにする。フェリはというと、何かリーフェさんと話し込んでいるみたいだった。 「何、その装備。かっこいいじゃん。稼いでるね」 「まだ親に仕送りしてるの? もういいでしょ、やめなよ」 「別にいいじゃん。僕の勝手なんだからさぁ」  好き勝手にしゃべりだす彼らとじゃれ合っているうちに、「配膳するよ」というリーフェさんの呼び声がかかった。  大人のみんなで、大鍋から子どもたちの分もスープをよそう。パンを配り、みんなが席についた。  僕とフェリは急な客人だったから、すみっこに臨時で席をつくってもらった。 「みんな、席についたかな。今日はみんなのお兄さん、エルが里帰りに来てくれたよ」  リーフェさんの声に、盛大な拍手があがる。恥ずかしくて、縮み上がってしまった。隣のフェリはといえば、ずっと黙りこくっている。  その沈黙が気まずくて、恥ずかしい。それからちょっとだけ、フェリがここにいることが、嬉しかった。 「さあ。今日も恵みに感謝して、おいしく食べよう」  はーい、と声があがる。それを合図に、僕たちは食事に手をつけた。  フェリはまだ、じっと手元を見ている。「どうかした?」と恐る恐る尋ねると、彼は首を横にゆるゆると振った。 「……そういえば。俺は、お前を、何も知らないと思って」 「そうだっけ。そうかなぁ」  首を傾げる。これまでのパーティーメンバーと比べたら、フェリはだいぶ気を許している方なんだけど。  そういえば、こういう生い立ちのことは、何も話していなかった気がする。言うべきか、ちょっと迷った。 「僕の話、聞きたい? どうしてここでお世話になってたか、とか。聞きたくなかったら、別に、いいよ」  最後は茶化すように、軽く言ってみた。ここまで来させておいて、話そうとしない方がおかしいだろう。  だけど、僕のつまらない事情なんて、フェリは聞きたくないかもしれない。もしそうだったら、どうしてか、ちょっとだけさみしい。  彼は僕の気持ちなんか全然知らないで、軽い調子で頷く。 「ああ。聞きたい」  フェリは、即答してくれた。ちょっとだけ、安心する。  僕の話を聞いてくれるらしい。嬉しかった。  それだけ、フェリに気を許してもらっている気がして。 「ご飯を食べたら、話をしよっか」  僕の言葉に、フェリは黙って頷いた。それからふと、顔をあげて、辺りを見渡す。 「ここは、孤児院なんだよな」  そうだね、と僕は頷いた。フェリは落ち着いた様子で、「綺麗な場所だな」と僕に微笑みかける。  なんだかますます嬉しくなって、気恥ずかしくて、僕も目を細めて笑った。 「あと、ここ、魔術師の育成もやってるんだ。僕はどっちかっていうと、孤児院より、そっちでお世話になったクチ」 「それじゃあ、さっきのエルフは、お前の師匠か?」 「うん。リーフェさんは、僕の魔術の師匠だ」  詳しく説明すると、長くなる。だけどフェリは、続きを促すように僕を見た。  視線が合う。フェリの瞳の明るさばかりが気になった。新緑のように輝く眼が、僕を見て、ゆっくりたわむ。 「それで?」  なんだか、負けた気がする。パンを口に運びながら、「後でね」と彼のくるぶしをつま先で小突いた。フェリは不満げに鼻を鳴らすけれど、それが苛立ちとか、失望とかじゃないのは、もう分かっている。  食べるのが早い子は、もうおかわりに走っていた。そんな時期もあったなあ、と、懐かしくなる。ここでの食事は、決して贅沢なものじゃない。だけど、あたたかくて、とてもおいしかった。  リーフェさんに連れられてきて、ここで初めて食べたパンの味を、きっと僕は一生忘れない。  それに、今みんなで食べているこのパンとスープも、おいしい。 「さっきリーフェさんと、何の話をしてたの?」 「……お前のこと」  フェリの耳が赤くなる。どうしたんだろうか。  ごくまれに、彼はこんな風になる。照れているのは分かるんだけど、それがどうしてなのかまでは分からない。  いつか、分かるといいと思う。  僕は適当に頷いて、スープの最後のひとすくいを口へ運んだ。

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