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12. ひとつの決着

 食事を終えて、僕たちはフェリシア園を出た。別れ際に、リーフェさんは僕を抱きしめる。 「きみも、僕の大事な子どもだよ。またいつでも帰っておいで」 「……はい」  ぎこちなく頷く僕の頭を軽く撫でて、リーフェさんは僕の目を覗きこんだ。その緑の瞳に、吸い込まれそうになる。 「エル。どうして、急に出ていったんだ? 理由は、教えてくれないのかな」  思わず、言葉に詰まった。リーフェさんは、「そっか」とやわらかく頷いて、僕を離す。 「エル、フェリ、元気で」  僕は三歩下がって、振り向いた。せめてと思って、リーフェさんに手を振る。彼も僕たちへ、手を振ってくれた。  こうして、僕たちはリーフェさんと別れた。しばらくの間、フェリとの間には沈黙があった。  並んで歩いている間に、歩調がちょっとずつそろっていく。 「……お前はどうしてあそこで、世話になっていたんだ」  とうとうフェリが切り出した。僕はあっけらかんと、「お金がなかったから」と答える。 「僕、田舎出身でさ。うちはいつも貧乏で、お金に困ってたんだ。僕はいちばん上の子どもで、魔術の才能があった」  相槌もない。だけどフェリは、ちゃんと聞いているんだろう。  僕は言葉を選びながら、少しずつ続ける。 「十三歳のとき、この街へ連れてこられたんだ。僕、馬鹿だから、お出かけだって張り切って……」  乾いた笑みが漏れた。フェリはそれに同調せず、ただ真っすぐ前を向いて歩いている。  この後の展開は言うまでもないだろうけど、言った方が親切だ。 「生まれてはじめて、外でご飯を食べた。そこで魔術師として稼いでこいって言われて、まあ、どうしようもなかったんだ」 「どうしようもなかったとは?」  フェリが感情の読めない声で尋ねる。僕は首をゆっくり振った。口元が笑みの形に歪むのを、止められない。 「両親はずっと、僕に謝ってた。親から謝られたのなんか、初めてで。だから、魔術の勉強なんかしたことないんだけど、断れなくて。二人が帰るときに、一緒に連れてってって言えなかった」  杖をつく。そこから、僕の仕送り生活がはじまった。  だけど、幸運なこともたくさんあった。 「どこにも行けずにうろうろしてたら、リーフェさんが拾ってくれたんだ。僕みたいに置き去りにされる子どもって、結構いるらしくって。魔術を教えるから、こっちに来ないかって誘われて、衣食住の面倒も、ある程度見てくれた」  僕は紛れもなく幸運だ。同じような境遇の子どもたちは、まともな職に就くのも難しい人が多い。よくて日雇いの肉体労働者、悪くて身売り。  力もお金もない子どもは、自分たちでは声をあげられない。今はどうだか分からないけれど、少なくとも僕のときは、そうだった。 「リーフェさん、昔、ヒューマンと結婚してたんだって。その人が僕とおんなじような境遇だったから、草の根で孤児院をやってるって、教えてもらった」  フェリはただ、「がんばったんだな」と呟いた。僕は胸を張って、「がんばったんです」と茶化したように言う。 「そこからはもう、必死だった。お金がなかったから、とにかく稼がなきゃいけなかった。いつもひもじかった。でも、おかげで」  ここから先、なんて言えばいいのか分からなかった。フェリが僕を見る。  その緑の瞳が、僕をとらえた。口元がいたましげに引き結ばれていて、僕に同情しているみたいだった。だけどそれだけじゃない。彼は眩しそうに目を細めて、頷く。  続く言葉が、すんなり出てきた。 「きみと組めた。こうやって、昔のことを話せるようになった」  そりゃあ、つらいことはたくさんあった。  お金はないのに、実家で弟や妹が次々生まれる。そのたびに仕送りの要求額は増えた。  だけど断れなかった。僕がここで送金をやめたら、赤ちゃんたちはどうなるんだろうって、怖かった。  小柄で女顔だったから、変態に狙われやすかった。何度も危ない目に遭ったけど、幸運にも、僕には自分を守るすべがあった。  それに目の前の相棒は、そういうのをよしとしない、信頼できる人だ。  フェリは「安い奴だな」と、こんなときにも憎まれ口を叩く。だけどいつもより勢いがなくて、思わず吹き出してしまった。  まったくもって、素直じゃない。 「おい。なんで笑うんだ」  憤慨したようにフェリが言う。いつかと立場が逆だな、とますますおかしくなった。  僕は杖を持ちなおして、フェリの肩を軽く小突く。フェリは「まったく」とぶつくさ文句を言いながら、されるがままだ。  気づけば、僕たちは市街地の中心部近くまで来ていた。 「馬車の次の便で、現場に行こうか」 「そうだな。……乗合馬車で来て、よかったのかもしれない」  僕たちが、馬車の停留所へ向かおうとしたときだ。のろい足音が、こちらへ向かって響く。 「フェリクス様! フェリクス=ロナード様!」  ぎくり、と身体が固まる。  ごてごてと着飾った中年男が、僕たちに向かって走ってきた。顔に見覚えがある。  五年前を思い出した。あのとき、僕をいいようにしようとした、ギルドの重役だ。  こいつのせいで、僕は、特定のパーティーへ所属するのが難しくなった。  フェリは怪訝な表情で、「誰だ」と呟く。  男は、僕のことなんか眼中にもないみたいだった。へこへことフェリに頭をさげて、名前を名乗る。フェリはそれに興味もないみたいで、適当にあしらっていた。 「いやはやまさか、王都で代々騎士団長を務められるロナード家。その三男、最強と名高きフェリクス様が、まさか冒険者になっていらっしゃるとは! ぜひうちのギルドを拠点にしていただきたく……!」 「大げさだ。家から放り出されただけの落伍者に何を言う」 「いえいえまさか。私はそちらの事情もよぉく存じております。最強の実力を持ちながら、孤高を貫く三男、フェリクス。その武勇伝は私めの耳にも入ってきておりますよ」  そしてヘラヘラ笑っているこの男、僕よりフェリに詳しいらしい。  なんだかムカムカする。僕はフェリと男の間に割って入って、「フェリ」と彼の腕を引いた。 「行こう。依頼の途中だよ。相手を待たせちゃいけない」  フェリは男に振り向きもせず、「そうだな」と歩き出した。男はそれに先回りして、「お待ちください」と手揉みする。 「おい、そこの下男。私は今、フェリクス様と話をしている。席を外せ」  言うに事欠いて、僕のことを下男扱いしている。顔をしかめると、男は「どけ」と僕の肩に手をかけた。  営業スマイルを浮かべて、「どきません」と踏ん張る。 「フェリは今、僕と組んでいます。僕は下男ではなく、フェリのパーティーメンバーです。これから仕事があるので、失礼します」 「ああ? なんだ、お前。……そうか、思い出したぞ!」  下卑た声で笑いだす。僕は思い切り、顔をしかめた。どうやら彼の中の、僕にとっては好ましくない記憶がよみがえったらしい。 「お前、いつぞやの魔術師か。私の誘いを断ったふてぶてしい奴め。今度はフェリクス様に媚びを売るだなんて、本当に性根が卑しいのだな!」  怒りで頭に血がのぼる。唇を噛み締めて、衝動を耐えた。  フェリは僕の肩に置かれた手を容赦なく払い、「ふざけるな」と低い怒声を出す。 「俺の相棒を侮辱するな。お前と話すことはない。消えろ」  そのまま、「行こう」と僕を促した。頷いて、駆け足で彼の隣に並ぶ。 「お待ちください、フェリクス様」  男はなおも、フェリの腕に手をかけて強引に引き留めようとした。  しつこい。僕は小声で、呪文を唱えた。わずかな魔力を集中させて、男の膝裏へ突風を吹かせる。 「ぎゃっ」  ものの見事に、男はひっくり返った。僕はその隙を逃さず、フェリの手をとって走り出す。  運動不足の男では、全速力で走る僕たちに追いつけないらしい。重たい足音は、どんどん遠ざかっていく。 「ざまあみやがれ」  小声で呟くと、フェリが喉を鳴らして笑った。僕たちはそのまま、転がり込むようにして馬車へ乗り込む。 「ありがとう」  僕のお礼に、フェリは「何がだ?」と首を傾げていた。それだけで、僕はちょっと救われた気持ちになる。  それと同じくらい、もやもやが残っていた。あの男のことなんかじゃない。  フェリは僕のことを何も知らないって言うけど、僕だって、フェリのことを何も知らない。それがなぜか、飲み下せなかった。  僕はあの晩、フェリが教えてくれなかったことを、知りたいのか。 「なんでもないよ」  僕が首を横に振ると、ゆっくり馬車が動き出した。  こうして僕たちは、この街を後にした。

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