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13. 打ち上げの夜

 村での任務は、滞りなく終わった。  報酬もたっぷり支払われたから、懐はあったかいを通りこして激アツだ。これは酒盛りするっきゃない。  そんなわけで僕たちは、村の酒場へと来ていた。 「機嫌がいいな」  フェリが呟く。僕は頷きながら、地元名産だという蒸留酒を舐めた。舌がぴりぴりするくらい度数が高くて、しっかり酔えそう。  魚、肉、野菜、パン。村を脅かしていた魔物を倒したということもあってか、豪勢な料理を出してもらえた。 「注いであげるね」  僕がりんごジュースをフェリのコップへ注ぐと、フェリはなんだか恨めし気に僕を見る。何でだろうか。 「時々思うんだが、エルは俺のことをなんだと思っているんだ? 俺はもう、子どもじゃないんだぞ」 「え~? 子どもだよぉ」  僕はへらへら笑いながら、ちびちびと酒を飲む。酒精に混じって木の香りがした。不思議な味。  フェリはため息をついて、一息にりんごジュースを煽った。 「俺はもうすぐ二十歳だ。来月には、この国の成人年齢に達する」 「そんな感じ、全然しないな」  わざと煽るように言えば、「エル」と咎めるように呼ばれた。  大きな手が、僕の頬を撫でる。そのかさついた硬い感触に、肩が揺れた。 「お前、今年でいくつだ」 「二十四歳、だけど……」  なんだか、気まずい。目を逸らすと、フェリが低く笑った。その声色が優しくて、どきどきする。  いや、ガキに何ときめいているんだ。しっかりしろ。 「二十歳と二十四歳……いや、十九歳と二十三歳なんて、世間からしたら大して変わらないじゃないか」 「変わります。全然違うね。それにきみはまだお酒、飲めないだろうが」 「それ以外は変わらないだろ。その、……」  フェリが、不自然に言葉に詰まった。咳払いをして、今度は彼が目を逸らす。 「けっ……こんとか。できるだろう。十九歳と二十四歳のカップルは、珍しく、ない」 「へ、結婚? うーん、そうだね。一般論としては、分かるよ」  たしかに、フェリくらいの年頃で結婚するのは、僕の故郷じゃ珍しくない……どころか、遅いくらいではあった。両親はたしか、十代の半ばで結婚している。  フェリは、甘く掠れた声で笑った。 「そうだ。……だから、ガキじゃない」  指の背で、僕の頬を撫でた。背筋がぞわぞわする。胸が苦しい。おい、やめろ。 「そういえば、知ってるか? 同性のカップルでも、来年からは結婚できるように、なるらしいんだが……」  なんでそんなことするんだ。真っすぐフェリの顔を見られなくなる。  ダメなのに、意識しちゃうだろうが。  今、同性同士の結婚の話をしたのは、なんでだ……! 「いや……でも、結婚は関係ないし……僕としてはまだフェリは全然……子どもっていうか……」 「お前だって、俺と同じ年の頃には冒険者として活動していただろう。その頃のお前もガキか?」 「え? いやその、う~ん」  答えに詰まる。十九歳の僕が今の僕から見てガキかと言えば、ガキだ。だけど、フェリに対する庇護欲みたいなものは湧かない。  僕は一体、どうしてしまったんだろう。  どうすればいいのか分からなくて、酒を舐める。塩を振った肉を食べ、揚げた魚を食べる。  黙々と食事を始めた僕を見て、フェリは満足げに目を細めていた。  最近のフェリは、なんだかおかしい。出会った頃と比べてちょっと背が伸びたし、さらに筋肉もついた。顔立ちはますます精悍になって、幼さはすっかりなりをひそめている。  正直に言って、もうあんまり子どもっぽくはない。  でも子ども扱いをやめた瞬間、まずいことになりそうだ。具体的にどうなるのかは、あんまり考えたくない。 「おい、エル。それくらいにしろ」  気づけば、僕は水の入ったコップを握らされていた。お酒のグラスは、フェリが持っている。 「そり、のんじゃ、だめ……らよ」  ろれつも回らない。飲みすぎたみたいだ。世界がふわふわする。身体ぜんぶが、ぼんやり気持ちいい。  フェリはお店の人にグラスを渡して、会計をした。僕は残った野菜のソテーを、全部口へ突っ込む。もったいない。 「ふ……なんだ、その顔」  笑われた。なんて失礼な奴だ。  だけどおしぼりで僕の口元を拭く顔が、優しい。 「立てるか?」 「ん……」  かくん、と身体が揺れる。これは相当にまずい。立てない。ふらふらしている僕に、フェリが「よし」と頷いた。 「抱っことおんぶ、どっちがいい」 「だっこ……?」  次の瞬間、身体が浮いた。フェリは僕を軽々と抱き上げて、店を出る。遠くで歓声が聞こえたような気がしたけれど、なんだったんだろうか。 「ちべたい」 「お前が熱いんだ」  フェリは呆れたように言いながら、僕を抱え直す。なんだか安心するにおいがして、フェリの首筋に鼻をつけた。においを嗅ぐと、「やめろ」と彼は嫌がる。 「ごめん」  大人しく、首筋へ腕を回す。今度は耳が近くなった。耳たぶが薄くて綺麗だ。手慰みにいじっていると、「やめろ」ともっと切羽詰まった声で言われた。 「ごめん」 「お前、ほんと、覚悟しとけよ」  威嚇するようにフェリが言う。このままでは落とされかねない、としがみついた。胸のあたりで何かがどくどく言っている。  脈拍の違う心臓が、ふたつあった。あれ。  僕がどきどきするのは分かるけど、なんでフェリがどきどきしているんだろう。 「んん……?」  首をひねっている間に、今晩の宿につく。  フェリはやっぱり、丁寧に僕をベッドへと降ろした。肩までブランケットをかけてくれる。 「水はちゃんと飲め」  それだけ言い残して、フェリは部屋から出ていこうと扉へ手をかける。僕はうつらうつらしながら、「フェリ」と彼を呼んだ。  なんでか、寂しいと思った。大きな背中に手を伸ばす。 「もうちょっと、しゃべろ」  大きなため息が聞こえた。フェリはドアノブから手を離して、ベッドサイドへ寄ってくる。  椅子に座ってくれたのが嬉しくて、僕は笑った。 「ありがとぉ」 「ふん……酔っ払いが」  不満を訴えるように眉間にしわを寄せているけれど、やりたくないことは絶対やらない人だ。それだけ、僕に気を許してくれているんだろう。 「フェリは、なんで、冒険者になったの?」  気になっていたことが口からまろび出る。フェリはしばらく黙っていた。その表情は、部屋が暗くてよく見えない。  答えたくないのかな。謝った方がいいかな。僕が迷っている間に、彼は口を開く。 「俺は家から、追い出されたんだ」  静かな声だった。僕はたまらなくなって、身体を起こす。フェリを抱きしめた。 「なかないで」 「泣いてない」  だけど、そうか。穏やかな声で、彼はそう言った。僕はフェリの頭を撫でてやる。  十八歳でひとりだちなんか、よくある話だ。だけどひとりだちの年齢は、人それぞれだ。  追い出されたなんて物騒な言葉を使うくらい、フェリにとって、それは不本意だったんだろう。 「俺の家は代々、中央で、騎士団の幹部を輩出する家系なんだ」  フェリは僕にされるがままになりながら、語り出す。僕は促すように、フェリの背中を叩いた。 「兄が二人と、姉が一人いる。兄たちはもう騎士団に入っていて、それなりにやってる」  家庭事情は、特に複雑そうじゃない。フェリは僕の背中に手を回して、抱きしめてきた。 「俺は、……強い。だから兄たちは、出世しても、俺が嫌いだったみたいだ」  よく分からないけれど、きっとお兄さんたちから妬まれていたんだろう。そうなっても納得するくらい、フェリは強い。 「こんな風に、かわいげのない性格をしているしな。俺も兄たちが嫌いだったし、騎士団に入るのもごめんだった」  だからかな、とフェリは言った。 「ある日、父親から、旅に必要な荷物を渡された。これを持って、ギルドへ行けと言われた。実質的な勘当だ、と兄たちは言った」  僕はフェリの頭をしっかり抱いた。背中を叩いて、「がんばったね」と呟く。フェリは、おかしそうに笑った。 「お前がそれを言うか?」  フェリの心臓がどくどく鳴っている。それがなんでか愛しくて、「がんばったんだよ」と言った。こころもからだもふわふわする。  不意に、身体が離れた。フェリと向かい合って、見つめ合う。その表情は静かで、瞳が潤んで綺麗で、唇の引き結ばれ方ですらかっこよかった。 「だけど、そのおかげで、俺はお前と組めた。……本当によかった」  なんだか、今日のフェリはしおらしい。おもしろい。僕がけらけら笑い始めると、「なんで笑うんだ」とフェリは憤慨したように言う。 「ごめん。いつになく、かわいいなぁって」  僕の誉め言葉がお気に召さなかったみたいで、途端にむくれた顔をする。僕は「すねるなよ」とフェリの頭を撫でた。  今キスしたら、どんな感じなんだろう。僕は、フェリの唇をじっと見つめた。  その視線に気づいたのか、フェリが唇を噛む。 「かまないで」  指を口元へ持っていくと、フェリがぱくりと指の頭を食んだ。びっくりして、肩が跳ねる。  しばらく、そうして、見つめ合っていた。 「や、その、……ごめん」  気まずさに負けて謝ると、フェリは口を離す。そのまま、顔が寄ってきた。 「おやすみ」  額に、唇が触れる。僕が呆気に取られている間に、フェリは立ち上がる。そのまま何も言わずに、部屋から出ていった。 「おやすみ……」  酔いなんか、とっくに醒めていた。

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