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14. 暗雲

 翌朝。  僕たちは何事もなかったかのように顔を合わせ、帰路についた。  昨晩のことには、不自然なくらい、お互いに触れなかった。  あっちに戻ったら、また銀行へ行って、実家に送金しなくちゃ。それから預金残高、どれくらいあったっけ。どれくらい増えたか、見るのが楽しみだ。  ぼんやり考え込みながら、馬車へ乗り込む。隣に座ったフェリが身体をくっつけて、寄りかかってきた。重たい。 「寝る」  そう言って、彼は目を閉じる。僕は、すっかり参ってしまった。こんなの、意識するなっていうほうが難しい。  結局この体勢のまま、中継地点の街に到着する。乗客の乗り降りのどさくさで、フェリが目を覚ますのが頭の動き方で分かった。フェリは、それでも僕から離れない。勘弁してほしい。どきどきするから。 「フェリ、起きた?」  僕の質問には答えず、フェリは狸寝入りを続ける。この野郎。  ひとりで悶々としているうちに、ひとりのエルフが乗ってきた。  というか、リーフェさんだった。思わず、あっと声を上げる。僕と同じように、身の丈ほどもある杖を持っていた。 「あれ。リーフェさん?」  呼びかけると、リーフェさんは僕たちに気づいた。「やあ」と嬉しそうに寄ってきて、微笑む。 「こないだぶりだね。仕事は無事に終わったのかい」 「は、はい」  気まずい。フェリは相変わらず僕へ寄りかかっている。離れてほしい。  リーフェさんは「仲がよくていいね」とにこにこしているだけだ。 「そのぅ、リーフェさんは買い出しですか……?」  このままではよくない。状況を打開しなければいけない。僕の質問に、リーフェさんは「いやぁ、ちょっとね」と杖を持ち上げてみせた。随分と、年季の入った杖だ。 「久しぶりに、魔物討伐の依頼が入ってね。園のみんなはひ孫たちに預けて、久しぶりの外出さ」  たしかリーフェさんのひ孫たちというと、もう子育てが一段落している世代だ。へぇ、と僕が相槌を打つと、フェリが身体を起こした。 「魔物討伐というと、何に出るんだ」 「ああ。巣立った直後のドラゴンが、郊外へ多く出現したっていう話でね」  巣立った直後のドラゴン。僕が首を傾げると、「毎年出るものじゃないから、珍しいことなんだ」とリーフェさんは言う。  先生スイッチが入ったのか、身振り手振りを使った解説が始まった。杖を振り上げ、腕を広げる。 「今年は、子育てしていた番がそれなりの数いたらしい。たまたま、なんらかの周期が合ったんだろうね」  不意に、フェリと初めて組んだときのことを思い出した。  あのドラゴンの巣に、金銀財宝はなかった。もしかして、巣にお宝を集める時間がないくらい、新しい巣だったのかもしれない。  つまりあのドラゴンは、巣だったばかりの若い個体だったんだろうか。 「若いドラゴンは、番を求めて放浪する。そのせいか、人里近くで目撃証言が増えてきてね。巣を作られる前に討伐しようって話らしい」 「それで、リーフェさんへ依頼が来たんですね」 「ああ。僕みたいな引退者でも、ドラゴン狩りの経験を買われたらしいよ」  へえ、と他人事みたいな声が漏れた。詳しくは知らなかったけど、もしかしてこの人、すごい人なのかもしれない。  そのすごい人が駆り出されるということは、よほど大変なのだろう。 「エル、フェリ。よければ、僕と一緒に依頼を受けるかい? 他にもメンバーはいるんだが、きみたちも来るといい」  リーフェさんが軽い調子で言う。僕は「いいんですか」と思わず声をあげた。  師匠の戦う姿なんて、見てみたいに決まってる!  フェリは僕をちらりと見てから、ちいさく頷いた。 「ああ。参加させてくれ」  リーフェさんは「じゃあ、決まりだ」と杖を揺らした。心なしか、ちょっと嬉しそう。 「何事も経験だ。きみたちみたいな若い冒険者にこそ、ドラゴン狩りを経験してほしい。チームプレーが必須になる大きな仕事は、冒険者人生でかけがえのない糧になるからね」  思わず、フェリをちらりと見た。彼は素知らぬ顔で「そうだな」とリーフェさんに同意している。  そういえば、フェリ、チームプレーが苦手なんだった。大丈夫かな。僕の心配をよそに、馬車は進みだした。  馬車の中で、リーフェさんと僕はいろいろな話をした。僕がこれまでの仕事についてしゃべったり、リーフェさんが孤児院のみんなについて語ったり。フェリは黙って、僕の隣で目をつむっていた。  気づけば、馬車は止まっていた。もう目的地に着いたらしい。  顔を上げると、フェリも目を開けた。リーフェさんは軽やかに立ち上がり、僕たちを振り返る。 「じゃあ僕は先に行って、ギルドへ話をしてくるよ」 「それなら、一緒に行きましょうよ。どうせ僕たちも、そっちへ報告に行かなくちゃいけないし」  僕が提案すると、リーフェさんはひょいとフェリの顔を見た。そして「いやいや」と、朗らかな笑みを浮かべる。 「なんとかを邪魔する者は、味方の流れ矢に当たっても仕方ないという話がある。僕ひとりで行くよ」  何の話だろう。エルフ特有の言い回しかもしれない。フェリを振り返ると、憮然とした顔でリーフェさんをにらんでいた。  どういう意味か聞こうと思ったときには、もうリーフェさんの姿はなかった。行動がはやい。 「僕たちも行こうか」  立ち上がって、お尻をはたく。フェリも立ち上がって、馬車から降りた。  ギルドへ向かう道すがら、お腹が減ったので串焼きを買った。肉を頬張る僕を、フェリはじっと見つめている。  気まずい。なんせ、昨晩に、あんなことやこんなことをしてしまったんだから。背中に嫌な汗をかく。  逃げるように串焼きを頬張っても、フェリはじっと僕を見ている。 「なにか……?」  恐る恐る尋ねてみた。フェリは「なんでも」と言って、目を逸らす。  ひとまず視線が外れたので、僕は最後の一口を飲み下した。串は魔法で燃やして、塵にする。  どん、と肩に誰かがぶつかった。反射的に謝ろうとした僕を、フェリが引き寄せる。警戒するように、短く唸った。 「ギル」  心臓が嫌な跳ね方をした。  すぐ側に、みすぼらしい格好をしたギルがいた。服は汚れて、髪はぼさぼさ。髭は長いこと剃っていないみたいだし、装備もボロボロ。  その隣には、ミカもいた。まだ、二人で組んでいるらしい。装備はしっかり手入れしてあるけど、本人の顔色はよくない。つやつやだった髪の毛も傷んでいる。  パーティーを強制的に追放された冒険者は、わけありと見なされがちだ。高ランクの冒険者ほど、その事情を疑われて、もとと同じランクの仕事を受けるのが難しくなる。  二人はそれに加えて、ギルドへ暴力行為の通報もされているのだ。これまでと同じ収入なんか、得られるはずがない。  いや。そもそも、まともな仕事を受けるのも、難しいだろう。  二人は何も言わず、ただ僕たちをにらんでいる。僕は唇を噛んで、にらみ返した。 「立ち去れ」  警告のようにフェリが言った。僕も杖を握りしめる。  ギルは舌打ちをして、「お前らのせいだぞ」と低く呟いた。ミカも顔を歪めて、何かを呟く。  僕が思わず顔をしかめると、彼らはそれ以上何もせず、黙って雑踏へと消えていった。  杖で地面を突いて、フェリを振り返る。彼は難しい顔をして、ギルの消えた方を見つめていた。 「……行こう。エル」 「うん」  踵を返して、ギルドへと向かう。  まだ胸のあたりがぞわぞわして、嫌な感じだ。

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