15 / 29
15. 目標達成
フェリとギルドへの報告をしてから、僕はひとりで銀行へと向かった。
顔見知りの銀行員さんは、僕が入ってくるのを見てすぐ、送金の手続きの準備をはじめた。いつも通り手続きをして、お金を送ってもらう。処理をしてもらっている間に、貯金の残高を確認した。
そこには、最初に立てた目標金額をわずかに超えた金額が、入っていた。
一瞬、呼吸が止まる。固まる僕に、銀行員さんは手続き終了の証明書を差し出した。
「はい、終わったよ」
僕は慌てて通帳を閉じて、書類へ手を伸ばす。
なんでか、いつも通り笑えない。
「エルくん、今月もがんばったね。お疲れさま」
「あ、ありがとうございます」
紙切れ一枚をもらって、僕は銀行を出た。
茫然と、青空を見上げる。
早期リタイアに必要なお金が、貯まった。あとは家族への仕送り代だけなんとかすれば、いつでも仕事をやめられる。
あっけないものだ。僕が喉から手が出るほど欲しかった自由は、すぐそこにあった。
十歳の頃に街へ置き去りにされて、十年以上、必死で働いてきた。
本当に、よくがんばったものだ。
「どうしよう」
思ったよりもずっとはやく、目標が達成できた。
冒険者なんて仕事は、命の危険と隣り合わせだ。はやくやめたいって、そればかり考えてたっけ。やっと仕事をやめられる。努力が実ったんだ。
視線がどんどん下を向いて、気づけばつま先を見つめていた。このぴかぴかのブーツは、フェリと一緒に稼いだお金で買ったんだ。
なんでか分からないけど、仕事をやめられるって思うと、フェリの顔が思い浮かぶ。フェリと二人で組んでる今のパーティーは、楽しい。やりがいとか、そういうのじゃなくって、居心地がいい。
こんなに安心する居場所は、これまであっただろうか。
杖をついて歩く。ブーツが、いつもより重たい気がした。そろそろ磨かなければいけない。
……というか、そもそも。僕がいなくなったら、誰があいつにバフをかけてやるんだ。
ふとよぎった考えに、頭が全部持っていかれる。
僕が冒険者をやめたら、フェリが困ってしまう。
まだ、フェリのそばを、離れられない。離れ、たくない。
拳を握りしめて、身体の横で軽く振る。
「……よし!」
俯いていた顔をあげて、頬を軽く叩いた。ひとまず、次の仕事に向けた準備をしよう。
ドラゴン退治そのものも楽しみだけど、それ以上に、リーフェさんの戦い方を見られるのが嬉しすぎる。魔術を教えてもらっていたけれど、実戦で一緒になるのは初めてだ。きっと、たくさん学ぶことがあるだろう。どんな戦い方をするのかな。
迷いを振り切るように歩き出す。任務で必要になるだろう魔術の道具類を買い込みに、市場へ向かった。あいかわらずの人種のるつぼに飛び込んで、あれこれ物色する。
使い捨ての使い魔キットに、魔力を貯めておくためのクリスタル類。消耗品をたっぷり買い込んで、ほくほくしながら宿へ戻った。
部屋に入って荷物を整理していると、扉がノックされる。開けると、フェリがいた。
一瞬、心臓が跳ねる。
「戻ってきたんだな。おかえり」
フェリが微笑む。あの生意気なガキが、こういう何気ない挨拶を言えるようになったんだ。ちょっと眩しくて、目を細める。
すぐにむっとした表情になって、彼は拗ねたように言った。
「なんだ、その顔は」
「いやぁ……フェリも、成長したなぁって」
なんだそれ、とフェリは毒づく。部屋へ入れてやると、迷わずベッドへ陣取って座った。
「俺はもうすぐ十八歳なんだぞ。分かっているだろう」
「はいはい」
そういうことをわざわざ言うのが、ガキなんだよ。
やっぱり、まだ仕事をやめるのは早すぎる。せめて、フェリが一人前に――僕以外の冒険者と組めるくらいになってからじゃないと、このパーティーは抜けられない。
お金だって、もっと貯めたっていい。あって困ることはないんだから。
「エル。何か、あったのか?」
はっと我に返ると、フェリがじっとこちらを見ていた。咄嗟に「なんでもない」と首を横に振る。心臓が大きく跳ねた。
フェリは「そうか」と目を細めて、脚を組む。何か言いたいことがあるときの、決まった癖だ。
「リーフェから伝言だ。今日の夜、ドラゴン討伐のメンバーと顔合わせらしい。食事会だ。夕方の鐘が鳴ったら、ここを出る」
「うん。分かった」
なんでか、フェリの顔を真っすぐ見られない。視線をそらす僕に、フェリがまた、「なあ」と声をかける。
「本当に、何もないのか?」
「ないよー。なんにもない」
僕がまた首を横に振ると、彼はますます訝し気な表情になった。
最近、顔立ちがますます精悍になってきた。美形の不機嫌な顔は、迫力がある。
「ふん。まあいい。遅れるなよ」
それだけ言い残して、部屋から出ていった。僕はしばらく、閉じた扉をぼんやり眺めていた。
今晩は顔合わせの食事会。そういえば、こんな大きな任務に直接関わるのは、初めてじゃないだろうか。
僕も日雇いの下っ端から、随分遠くへ来たものだ。ちょっと気が遠くなって、ベッドへ座り込む。
フェリの隣は、なんでか知らないけれど、すごく気分がいい。お腹がいっぱいになって、うつらうつらしているときみたいに安心する。それは出会ってすぐの頃、フェリがギルたちから守ってくれたときの、刷り込みみたいなものかもしれない。
僕の人生にやっと現れてくれた、僕のために、僕の境遇に怒ってくれる人。
僕というひとりを、見てくれる人。
「……ん」
これ以上考えると、まずい気がする。僕は立ち上がって、改めて荷物の整理を始めた。買い込んだ品物を背負い袋へ詰めたり、すぐ使えるようにメンテナンスする。
思い直せ。フェリは年下の男の子で、まだ二十歳にもなってないんだぞ。そんな人間を頼りにするな。
たしかにフェリはすごく強い。でも、まだ大人じゃない。あの表情を見ただろう、まだガキだぞ。
じゃあ、……フェリが二十歳になったら? 僕は彼を大人扱いするのか? 成人したフェリに対して、僕はどう接するんだろう。
「ん!」
頬をぴたりと叩いて、前を向く。心臓の音が、やたらとうるさい。
気づいてはいけないところに触れかけた。危ない。
……気づいていないったら、気づいていないんだ。
身体がうずうずして、いてもたってもいられなくなる。
ブーツをぴかぴかに磨いた。意味もなく髪を梳かす。
そういえば、しばらく自慰をしていない。まだ夜になっていないけれど、さっさと抜いて済ませてしまおう。
なんでか知らないけれど、たぶん今、すごくえっちな気分だ。何かが足りなくて、恋しくて。
足りないものがなんなのか、分からない。
僕はひとり、欲を吐き出すために服をくつろげた。しばらくいじって、全然気持ちよくなれなくて、諦めた。
手を洗って、ベッドへ寝転がる。なのにまだ、えっちな気分は抜けない。
だからきっと、これは、えっちなことじゃ満たされない欲求なんだろう。そんな予感がした。
ともだちにシェアしよう!

