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16. 自覚
顔合わせは、つつがなく終わった。
全員ベテランの冒険者たちで、僕たちを(少なくとも、表面上は)快く受け入れてくれた。リーフェさんの昔からの顔なじみらしく、エルフのメンバーが多い。ヒューマンのメンバーは中年以上しかおらず、僕とフェリが一番の若手だった。
フェリが少し心配だったけれど、彼は珍しく愛想よくしていた。本音を言えば、少しだけ驚いている。
これまでは他の冒険者たちにはにこりともせずに、ずっと仏頂面だったのに。随分と社会性を身に着けたものだ。
「それではエルくん、フェリくん、明後日からよろしく頼むよ」
僕たちは握手をして、それぞれの宿へと戻った。出発は明後日だから、明日は準備で忙しくなる。
チーム連携なんかを確認する暇がないのは、いつものことだ。冒険者はいつだって、即興の戦闘能力が求められる。
だって魔物は、僕たちの準備なんか、待ってくれないから。
「はー、緊張した」
僕が呑気に言うと、フェリは「お気楽なことだ」と皮肉を言った。僕はそれに取り合わず、「そうそう」とフェリを振り返る。
「今日は愛想よくて、えらかったね。いつもそうしていればいいのに」
「……これからは、そうするさ」
ちょっと顔を歪めてフェリが言う。どんな心境の変化があったんだろうか。
首を傾げると、「リーフェが」と、フェリが小声で呟く。
「お前は、しっかり者が好きだろうって、言うから……」
「え? うん。僕が?」
どうしてそこで、リーフェさんと僕が出てくるのか。不思議でならない。
首を傾げる僕に、フェリは「なんだっていいだろ」と強引に話を打ち切った。
「とにかく、俺はもうガキじゃない。いいな?」
「そういうすぐムキになるところが、ガキなんだって~」
からかうように、杖でフェリの肩をつつく。いつもだったら怒ってじゃれてくるのに、今日のフェリはそうじゃなかった。
杖の先端を掴んで、引き寄せる。
「いいか、エル。俺はもうすぐ二十歳だ。大人として、認められる年齢になるんだ」
逆鱗に触れたか。僕の背中に、ひやりとしたものが走る。
いや、怒っているわけじゃない。彼は眉間にしわを寄せながら、口の端をつりあげている。どこか余裕を感じさせる表情だった。
「お前だって、分かっているはずだ。こんなに俺をガキ扱いしたがるのは、お前が俺を、そうだと思い込みたいからだろう?」
は、と呼吸が止まった。顔が熱い。
フェリって、こんな表情もするんだ。
「誰よりも、お前がいちばん分かっているはずだ。俺がもう、無力で世間知らずなガキじゃないって」
大きな身体に、大きな手。筋肉で筋張った腕を辿ると、太い首筋があった。さらに目をあげれば、すっかり精悍に、鋭くなった表情が見える。
エルフの血を感じさせる、神秘的な緑の瞳に、思わず見とれた。
「何だ、その顔」
途端に、フェリが笑う。くしゃくしゃの顔で、僕の耳元を撫でた。ぞわぞわした感覚が背筋を走る。
きもちいい。
「フェリ。う……、その……」
僕はしどろもどろになりながら、杖を引いた。彼は手を離して、僕を解放する。
「真っ赤だ」
その優しい表情に、どうにかなりそうだ。僕は髪の毛をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら、「僕、もう」と口ごもる。
「へ、部屋に戻るから。また明日!」
駆け足で宿へ駆け込む。階段を一息に上がって、部屋へ飛び込んだ。
扉を乱暴に閉めて、ベッドへ倒れ込む。
なんだ、あの顔。なんだ、あの声。
僕の心をこじあけるのには、十分すぎるくらいだった。
「フェリのこと、すき、かも……」
認めざるを得ない。そうじゃなかったら、こんなに身体がおかしくなるなんてありえない。
どうやら僕は、フェリに恋をしているみたいだった。それもたぶん、初恋を。
叫び出したくなって、枕へ顔を押し当てた。ぜんぶ、今日のことが繋がっていく。
僕が冒険者をやめたくないのは、フェリのことが好きで、側にいたいから。
フェリをまだまだガキだと思いたいのは、フェリにまだ、必要とされたいから。
恥ずかしい。今死ぬとしたら、原因は過剰な羞恥心だ。
よりにもよって、散々ガキ扱いしてきた奴に惚れるとか、ないだろう。
「うう」
涙まで出てきた。恥ずかしい。フェリに優しくされて嬉しい。かっこよかった。好きだ。
フェリは、僕のこと、好きになってくれるだろうか。これまで散々口うるさくしてきたから、無理かもしれない。
独立心の強い人だ。こんな口出しばかりの奴、好きになってくれるわけないよな……。
途端に気持ちが落ち込む。思わせぶりなことしやがって。逆に、フェリへ腹が立ってきた。
せいぜい恋愛で苦労すればいいのに。本命にはならないだろう僕へ、こんなに愛嬌を振りまくだなんて、とんだ色男だ。いつか恨みを買うことだろう。
でも、フェリに愛を囁かれて、落ちない奴なんかいないよな。
あんなに大きな手で優しく撫でられながら、大切にされたら、たまんないよ。ぜったい、好きになってしまう。
僕なんかにも、これだけ優しいんだ。フェリって、本気で人を愛したら、どんなふうになっちゃうんだろう。
フェリが誰かと愛し合う日が来たら、僕はもう、立ち直れないかもしれない。
なんだか惨めになってきた。
「ん……。ん」
さみしい。抱きしめてほしい。
初恋に浮かれられないなんて、僕もたいがい難儀な奴だ。
フェリに触れたい。キスして、撫でてほしい。気持ちいいところを全部触って、潰れそうなくらい強く抱きしめてほしい。
最悪だ。僕は、フェリとセックスしたいらしい。
散々に彼を、生意気なガキ扱いしておいて! 僕には、大人としての倫理観がないみたい。本当にがっかりだ。
眠るにも眠れない。僕はベッドから降りて、荷物を漁った。
魔力貯蔵用のクリスタルを何個も取り出す。いっぱい買い込んでおいて、助かった。
今晩は気絶するまで、これに魔力を注いでやろう。後々の僕が助かるだろうし、気がまぎれてちょうどいい。
僕は、夜なべしてクリスタルへ魔力を注ぎ続けた。気づくと、朝焼けが窓から差し込んでいた。
もう何個目になるかも分からない。床へ座り込んだ僕の周りには、魔力が満タンのクリスタルが散乱していた。
それでも、今手元にあるのが最後だ。だけどこれに注ぎ終わってしまっても、まだ眠れそうにない。結局徹夜をしてしまった。
失敗した。僕は、なんて情けない奴なんだろう。
扉がノックされる。よろよろと立ち上がって扉を開けると、そこにいたのはフェリだった。
「お前、どうしたんだ」
僕の顔色を見て、彼はぎょっと目を見張る。ごまかすように笑っても、フェリの表情は険しい。
「ちょっと、ねむれなくって。クリスタルを作ってたら、ねむれるかなって、思ったんだけど」
「徹夜したのか……?」
顔をしかめる彼に、力なく笑う。フェリは部屋へ入ってきて、僕の肩を掴んだ。
「寝ろ。眠れなくても、ベッドへ横になれ」
クリスタルを蹴散らして、フェリは僕をベッドへ放り込む。ブランケットを肩までかけて、僕の顔をじっと見つめた。
その瞳を直視できない。目を逸らすこともできなくて、ぎゅっと目をつむる。
「眠れそうか?」
何度も頷く。フェリは「眠れないんだな」と言って、僕の肩を叩いた。その手が首筋へとすべって、耳へと触れる。それから頬へ、あたたかな掌があたった。
「すこしは、俺のこと、そういう風に意識してくれたか?」
掠れた声だった。その熱っぽさに、僕の心臓が跳ねる。まったく困った子だ。そっちはなんとも思っていないんだろうけど、僕は、きみのことが好きなんだぞ。
そういう風とはなんだ、そういう風とは。
「ねるから。でてって」
このままだと、いよいよ眠れなくなる。だけど体温と優しい声に油断して、だんだんわけが分からなくなって、気が遠くなってきた。
フェリの指が、額を撫でる。僕の額にかかった前髪を払って、低く囁いた。
「おやすみ。……昼になったら起こす」
その言葉に、少しだけ薄目を開けてフェリを見上げた。
すごく優しい顔をしていた。
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