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17. 前夜
結局その日、僕は昼過ぎまで寝ていた。起こすと言っていたフェリを問いただせば、「気持ちよさそうに眠っていたから、起こさなかった」と開き直っている。
「支度なら、ちゃんとやっておいたぞ」
なるほど彼の言うとおり、僕がやらなくても、共同でする旅支度はちゃんと終わっていた。
ほとほと情けなくなる。初恋に気づいた途端、この体たらくだなんて。
「お前個人の準備をしておけ。……手伝うことは、あるか?」
なんだか妙にそわそわした様子でフェリが言う。僕は驚いて二度見した。
まさかあのフェリが、僕のお手伝いをしようか、なんて言い出すとは。
「ない、よ。……どうしたの? なんか、変なもの食べた?」
「そんなわけないだろう。どうしてそうなるんだ」
恐る恐る尋ねると、フェリはあからさまに嫌そうな顔をする。よかった、いつものフェリだ。
僕がほっと胸をなでおろすと、フェリはまだぶつぶつ言っている。不満げに顔を歪ませて、僕の方をちらちら見ていた。
「この鈍感が。いい加減気づけよ……これだけやってるんだから……」
何に気づけというのか。フェリの気持ちが分からない。
どうしたもんかな、と頭を抱えた。こんな風に優しくされると、勘違いしそうで怖い。
僕はこの恋を実らせようとは思わないけど、もしかしたらなんて、期待してしまう。
「もう、フェリ。きみが僕のことをだ~いすきなのは分かったから、そんなに言わないでよ」
冗談めかして言って、背中をはたく。半分は自虐だ。
手がヒットした瞬間、フェリが身体を震わせて「ぐっ」と鳴く。そのまま咳き込んだ。
どうかしたんだろうか。僕は慌てて、フェリの顔を覗き込む。
「やっぱり、体調がよくない? 何かあった?」
頬が真っ赤だ。熱があったらよくない。額へ手を当てようとすると、それは乱暴に払われた。
「おッ、思わせぶりなことするな……! お前のことなんか全然好きじゃない! うぬぼれるなよ!」
わめくように言って、フェリはどこかへ立ち去ってしまった。何なんだろうか、あいつ。元気そうだったからいいけど。
それにしても、全然好きじゃないだなんて、よく言ってくれる。ただの冗談だと分かっていても、ちょっと胸が痛いぞ。
「……やっぱり、めちゃくちゃガキじゃん」
肩の力を落として、僕は自分の旅支度を始めた。
いろいろと、落ち込む。フェリの発言もそうだけど、あんなガキを本気で好きになった自分にも、落ち込む。
とはいえ、準備はきちんとしなければ。身体に馴染んだ手順で、装備を整える。こんなに大きな任務に、主力として関わるのは初めてだから、念入りに準備しなければ。
必要なものを、背負い袋へ詰めていく。夜なべしてクリスタルをこしらえたおかげで、いつもより魔力に余裕ができそうだ。これは結果オーライだろう。
気づけば、もう夕飯時だった。ご飯を食べて、今日は早めに寝なければ。
フェリの顔が見たい、と、ふと思った。僕はもしかしたら、恋をしてはいけない人間なのかもしれない。
だって今、ものすごくさみしくて、しんどいから。
人間として、弱すぎる。不甲斐ない。
でも今日は、フェリを怒らせてしまった。一緒に夕飯を食べない方がいいかもしれない。ちょっとでも嫌われたくないし。
起きるのが遅くて、ご飯を食べるのも遅かった。だから、そんなに食欲もない。いつも通り、安い店で済ませようか。
そんなことをぼんやり考えていると、部屋の扉がノックされる。
「はーい」
扉を開ける。そこには、フェリが立っていた。僕が目を瞬かせると、彼は気まずそうに視線を逸らす。
「……その。一緒に食事、とらないか」
え、と間抜けな声が漏れる。フェリは「なんだ、その返事は」と憤ったように肩を怒らせる。だけどなんでか、全然迫力はなかった。
「うん。いいよ」
一も二もなく頷く。フェリはほっとしたように目を細めて、「はやく準備しろ」と尊大な態度で言った。
「俺は腹が減ったんだ。はやく行くぞ」
僕は手早く荷物をまとめて、フェリと一緒に宿を出た。
街の喧騒を二人で歩いていると、なんだか変に意識してしまう。
この大きくなった背中を、今までどんなふうに思っていたのか思い出せない。
「食事、誘ってくれてありがとう」
あえて明るく言うと、「ああ」と冴えない返事があった。よくよく見ると、顔色が少しだけよくない。何か、思い詰めているみたいだった。あのフェリが思い悩むなんて、珍しい。
「フェリ」
名前を呼ぶ。彼は振り向いて、「なんだ?」と尋ねた。
僕は胸を張って、どんと拳で叩く。
「何かあったら、言ってよね。……僕でよければ、力になるから」
聞き出そうとしたところで、彼は誤魔化して終わるような気がした。だったら、いつでも話を聞くと伝えた方が、いい気がする。
フェリは呆気にとられた顔で、ぽかんと僕を見下ろしていた。随分な間抜け面だ。それからゆっくり、その強張った表情が緩む。
「なんだそれ」
いくぶん、印象が幼くなった。僕もほっと息をついて、「頼りにしてよ」と肩をすくめる。フェリはしばらく、僕を見つめた。その穏やかな目つきに、僕はかえってたじろぐ。
「……と、とにかく」
なんとも言えない空気になってしまった。僕は場違いなくらい明るい声を出して、街並みを指差す。
「何食べる? 今日は、フェリが好きなところに行こう」
「じゃあ……」
フェリが口にしたのは、街で人気の食堂だった。そこだとちょっと並ぶんじゃないだろうか。それに、値段も高い。
「……いいよ!」
若干、安請け合いした自分を恨む。だけど明日からは、危険な任務へ出るんだ。これくらいの要求はのんであげたい。
これから並んで、高い食事か……。
覚悟を決めながら向かうと、店についてすぐ、二人席へと通された。
なんなら、窓際のちょっといい席だ。
「あれ」
「予約していたんだ」
呆気にとられる僕をよそに、フェリは平然と座る。
予約……と呟く僕に、彼は鼻を鳴らした。
「俺の好きなところへ行けと言ったのは、お前だ」
「僕が断ったら、どうするつもりだったんだ?」
「断るつもりがあったのか?」
呆れた。僕はじっとり彼をにらみつつ、笑いを堪えた。
こういうところが本当に、かわいい奴だ。
「ううん。断らなかったと思う」
その返事に、フェリは満足したみたいだった。
こうして僕たちは食事をとり、満腹になった。しばらく他愛のない話をしていると、不意にフェリが「エル」と改まった口調で言った。
「この任務が終わったら、お前に、伝えたいことがある」
「そうなんだ?」
何を伝えたいんだろう。首を傾げる僕に、フェリが「真面目に聞け」と顔をしかめる。
「とにかく。……その、ずっと言いたかったことがある。勇気を出すから、聞いてくれ」
頬は赤らんで、瞳は潤んでいる。僕の心臓が、わずかに跳ねた。
そこまでして、何を伝えるって言うんだろうか。
今じゃ、いけないんだろうか。
「……ん。いいよ」
それでも、あえて軽く頷いた。彼には彼のタイミングがある。それを待とうと思った。
フェリはほっとしたように微笑んで、「待ってろよ」と不敵に言う。
「じゃ、楽しみにしてるね」
茶化すように言えば、彼はますます赤くなった。なんでだろうか。
結局、お会計は全部フェリが持ってくれた。パーティーメンバーを労わる、いいリーダーだ。
誓ってそれだけの関係と思っているんだろうに、僕の心を惑わす小悪魔め。まったく、なんて奴だ。
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