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18. 出発
朝早くに、パーティー全員が馬車へと乗り込んだ。
フェリはやけにやる気いっぱいで、すすんで出発準備を手伝っていた。一体どうしたんだろうか。
それから僕に伝えたいことって、何だろう。あの様子だと、悪いことじゃないみたいだったけど。
荷物と人員をいっぱいに詰め込んで、馬車は街道を動き出した。
他にも、僕らとは違うパーティーの馬車がちらほら見える。話によると、同じ任務を受けているらしい。
複数のパーティーが同時に向かうということは、かなりおおがかりな仕事だ。
フェリはといえば、いつにも増して静かだった。リーフェさんは、他の知り合いたちといろいろ話している。
僕には聞き取れないから、たぶんエルフ語だろう。フェリはときどき顔をあげて、そちらへ反応していた。
「フェリって、エルフ語が分かるの?」
尋ねると、「いや」と彼は口ごもる。唇を尖らせて、目を伏せた。
「エルフ語の聞き取りだったら、多少できるくらいだ。しゃべるのは、苦手だ」
へー、と感嘆の声をあげる。フェリは得意げにするでもなく、「大したことじゃない」と膝を抱えた。いじけているようにも見える。
「あまり真面目に学ばなかったから、すこししか分からないんだ」
「いやいや、すごいよ。僕なんか全然、聞き取りもできないし。リーフェさんに教えてもらったことはあるけど、呪文の古代語を覚えるのでいっぱいいっぱいでさ」
それにリーフェさんは忙しい人だったから、僕以外にも教え子がたくさんいた。生徒ひとりひとりに割ける時間は少なくて、リーフェさんとしては最低限のことしか教えていないらしい。
僕としては、十分に教えてもらったと思っている。……本音を言えば、もうちょっと、べったりひっつきたかったけど。
「そうか?」
フェリはちょっとだけ、得意げな顔で俯く。照れ臭いみたいで、指をもじもじと絡ませていた。
最近の彼は、ちょっとおかしいかもしれない。フェリって、こんなにかわいい奴だっただろうか。
そう見えるのは、僕が彼への恋を自覚したせいかもしれないけど。
「うん。かっこいいよ」
思わず本音がこぼれた。一瞬、沈黙が流れる。気まずくて誤魔化すように笑うと、フェリは顔を真っ赤にして俯いた。
黙り込んだ彼に、機嫌を損ねたかな、と、ちょっと身体を遠ざけた。
「……かっこいい、か?」
フェリが、ちらりとこちらへ目配せをする。ぎこちなく頷いた。嘘をつくようなことでもない。
「そうか」
途端に、フェリは上機嫌になった。どうやら、かっこいいという言葉がお気に召すお年頃らしい。
ダメだ。どうやってもかわいく見えるし、かっこよく見える。僕はこんなに恋愛体質だったのか。
自分の新たな一面に愕然としていると、リーフェさんが「エル」と声をかけてきた。
「顔が赤い。体調は大丈夫?」
「はぇ? いや、全然問題ないです」
背筋を伸ばす。リーフェさんはフェリの顔を見て、「ふむ」と頷いた。
「心配なさそうだね」
何を、どう、判断したんだろうか。周りのメンバーたちの視線も、なんだかぬるい。エルフの一人が、ぽつりと何かを呟いた。途端に、僕たち以外のメンバーがどっと沸く。
「――ッ!」
フェリも、僕には分からない単語で叫んだ。完全に置いてけぼりになっている。
ちょっと寂しくなって俯くと、フェリが寄りかかってきた。
「……からかわれたんだ。言い返しておいた」
「うん。なんて?」
僕の質問に、フェリは答えなかった。リーフェさんは、にこやかな表情で僕たちを見ている。
「若いな、って言ったのさ」
はあ、と僕は魔の抜けた相槌を打つ。ヒューマンのメンバーが、「苦労してんだろうな」と呟いたのが聞こえた。どういう意味だろう。
何はともあれ、馬車の中は和気あいあいとしていた。こんなに雰囲気がいい任務は久しぶり……というか、はじめてかもしれない。
誰かがリュートを持ち出して、つま弾き始める。それにみんなが歌をかぶせた。戦いの前に歌われることの多い曲だ。歌詞が古代語だから、魔術師以外はあんまり歌詞の意味が分からないんだけど、有名な曲。
僕もそれに合わせて手拍子を打ち、口遊む。フェリは「なんだ、この曲は」と目を瞬かせていた。
「冒険者たちの間で伝わってる、戦人の歌だよ。酒場でもよくアレンジされて歌われてるけど、聴いたことなかったっけ」
「歌詞が違う」
「あれは現代語訳。本当の歌詞は、古代語なんだ」
解説を聞いて、フェリは感心したようにうなずいていた。僕は手拍子を続けながら、フェリに笑いかけた。
「なんだか久しぶりに、きみにものを教えたな」
「調子に乗るな」
フェリはむっとしたように顔をしかめる。だけどすぐに表情を緩めて、僕の隣で手拍子を打ち始める。
冒険者という職業は、死と隣り合わせだ。僕とほぼ同時期に冒険者をはじめた、たくさんの人のうち何人かは、もうこの世にいない。
死者蘇生の魔術は存在しない。魂は失われたら、それっきり。当たり前だけど、死んだらおしまいなんだ。
ここにいる人たちはみんな、それをよく分かっている。
「フェリ」
名前を呼ぶ。僕の黒い瞳と、フェリの緑の瞳が見つめ合った。
この人を守りたい、と思った。
「帰ったら、またご飯に行こうね」
フェリは目を瞬かせて、鼻を鳴らした。
「そうだな。……どこに行きたい」
そうだなあ、と僕はのんびり考える。ふと、昨日ご飯を食べた食堂が頭に浮かんだ。
「また、あそこに行きたいな。昨日連れていってもらったところ」
フェリは黙って頷いた。それから膝の間に顔を埋めて、深いため息をつく。ちらりと僕へ視線を向けた。
「お前って奴は……」
その反応に、僕は「なんだよ」と彼の脇腹を小突く。何をそんなにがっかりしているんだ。
「奢れなんて言ってないだろ」
「ふん。お前、つくづく鈍感だな。どうせそのままじじいになるんだろう」
毒づくようにフェリが言う。誰がそんなに鈍感だと言うのか。憮然として、僕も膝を抱える。相変わらず、他のメンバーは歌を歌い、手を叩いていた。
そんな喧噪に目を閉じて、僕は音に聴き入った。隣のフェリに、眠ったふりをして身体を寄せてみる。
一瞬、彼の身体が強張った。嫌だったかな。目を開けて離れようとすると、フェリの手が、肩へと回った。それだけで、報われたような気持ちになってしまう。
フェリを見上げると、遠くの一点を見つめていた。
獲物を狙う猛禽類のように、遠くを見つめていた。
「フェリ?」
ただならない様子に声をかけると、ぱっと手が離れる。フェリは「ん」と頷いて、また目を眇めた。
「気のせいか」
ぽつりと呟く彼の横で、僕は杖へすがるように身体を丸めた。なんでか分からないけれど、嫌な胸騒ぎがあった。
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