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26. 鈍感苦労人魔術師は、年下凄腕剣士と両思い!
結果として、フェリも冒険者を引退することになった。もともと「これしかやることがない」からやっていただけで、他にしたいことが見つかったみたいだ。
「それに、お前のいない現場はつまらん」
サンドイッチを上品に頬張りながらそんなことを言うので、もう一戦ベッドでしかけてやろうかと思った。足腰が立たなかったから、無理だったけど。
僕の方はと言えば、新しく仕事を始めることにした。
あの嵐みたいな一日から、しばらく。今の僕は、リーフェさんのところで、子どもたちに魔術を教えている。
「エルせんせー、呪文を言っても風が出ない!」
「せんせぇ、杖に魔力が通せない……」
「待ってねみんな。順番、順番だよー」
あちこちから届く声に、奔走する。呪文は発音ミスだし、杖は他の子のやつを間違えて使っていた。
僕と似た境遇の子どもは、まだまだ多い。ひとりでも多く、マシな人生を送ってほしいと思う。
ギルとミカはその後、悪質行為で中央に引き渡されたみたいだ。彼らのしたことは許せないけど、その被害者たちの明日が、今日よりいいものになりますように。……ギルとミカにも、ちゃんと明日が来ますように。
洗濯物を抱えた同期が、「エル」と僕を呼ぶ。
「リーフェさんが呼んでる。あとあんたの旦那、来てるよ」
「旦那じゃない!」
吠えるように否定すれば「顔真っ赤だ〜」とからかわれる。子どもたちがわらわらと集まってきた。
「エル先生は結婚するの?」
「結婚するの? おめでとう〜」
「ほら! きみが余計なこと言うから……!」
ひっつき虫になった子どもたちを丁寧に剥がして、僕は園長室に向かう。
ノックすると、「入って」と返事があった。
「失礼します」
扉を開けると、リーフェさんが手を振る。向かい側のソファに、フェリがいた。騎士団の制服を着ている。
「え、騎士になったの?」
素っ頓狂な声が出た。そんなこと、聞いていない。それに騎士なんていったら、中央部のエリートだ。
フェリはすまし顔だけど、リーフェさんは面白そうに笑っている。
「うちの子どもたちのうち、見込みのある子を、騎士学校に行かせられないかって話をしていたんだ。今はフェリクスくんに、彼の実家との取り次ぎを頼んでいる」
そんなことになっていたのか。フェリは優雅にカップを持って、「使えるものはすべて使います」とお茶を飲んだ。
「私の幼稚な意地で、貴重な手段を潰してはいけませんから」
僕は呆然と、フェリを見つめる。フェリって……。
「きみ、敬語使えたんだ」
フェリが思い切り咳き込んだ。カップをテーブルに置いて、恨めしげに僕をにらむ。
そんなの全然怖くないので、僕はリーフェさんに向き直った。リーフェさんは肩を揺らして俯いている。この人は笑っているらしい。
「それで、御用はなんでしょうか」
「ああ、ふふ。きみにも、そっちの仕事を回したくてね」
書類を手渡される。そこに書かれていた文字に、僕は目を丸くした。
「騎士団所属魔術師、養成所、開設計画……」
「うん。ずっと、考えていたことなんだ」
リーフェさんは穏やかな表情で、「読んでみて」と促す。
そこに書かれていたのは、魔術の才能のある子どもに、魔術を教える公的機関の計画だった。
学費は安く、また、払えない場合は成績によって補助が出る。身寄りのない生徒や貧しい生徒には、衣食住を提供する。その代わり、卒業したら、騎士団で働くことになる。
「進路は、決まっているのか」
僕が呟くと、リーフェさんは目を閉じる。
「今はこれが精一杯でね。自由な未来をあげられないのは、歯がゆいところさ……」
でも、と僕は頷いた。リーフェさんの目を見つめて、少し挑発的に微笑む。
「まずまずの計画じゃないですか? 路頭に迷って飢えるよりは、ずっといいはずだと思います」
受けます。端的に伝えると、リーフェさんも頷いた。
「決まりだ。担当者はエルとして報告してくれ」
フェリは「はい」と頷いて、じっと僕を見た。僕はひらひら手を振って、その視線を遮る。
「それじゃあ、僕はこれで。子どもたちが待っているので、失礼します」
部屋から退出するとき、フェリが「待て」と呼び止めた。
それから、街で流行りの食堂の名前を口にする。
「夕方、迎えにいく。一緒に行こう」
これ、あれじゃなかろうか。予約されているやつじゃないだろうか。僕はぎこちなく頷いて、部屋から飛び出した。
上の空で仕事をしているうちに、あっという間に日が落ちる。帰り支度をはじめると、「エル」と同期が僕を呼んだ。
「旦那、来てるよ」
「旦那じゃない」
決まりきったやりとりをして、僕は建物を飛び出した。
フェリへ駆け寄ると、「来たか」と彼は穏やかに微笑む。
騎士団の制服は脱いでラフな格好だけど、しわのないシャツとか、きちんとプレスの効いたスラックスとか、端々に丁寧なオシャレ心が見えた。客商売をしていたからか、人の身なりでだいたいのことは分かってしまう。
こいつ、やる気だ。
フェリに連れられる間、僕は無言だった。フェリも喋らなかった。
二足歩行って、どうやってやるんだっけ。
あと家に、香油って、たくさんあったっけ。
明日は休みだ。うれしい。たくさんできる。
悶々としている間に、食堂へ着く。案の定、窓際のいい席へ通された。メニュー表すら置かれない。
「……こういうの、苦手か?」
気まずそうにフェリが尋ねる。僕は「慣れてないだけだよ」と俯いた。
絶対やる気だ。まともに顔を見られない。ちらりと様子を窺うと、思い詰めたような顔をしている。
しばらく経って、食事が運ばれてきた。ゆっくり食べながら、僕たちはぽつぽつ話をした。
食事と一緒に、飲み物も運ばれてくる。僕たちはお互いに成人しているから、ワインで乾杯した。
これまでのこと。今のこと。
思い出話に、心の傷が甘くうずいた。語るごとに、フェリは優しい相槌をくれる。
気づけば、デザートのケーキが運ばれてきた。一口が大きい僕と違って、フェリはこまやかな手つきで食べる。やっぱり、育ちがいいんだろう。
ぼんやり眺めていると、フェリが口元をナプキンで拭った。
「……お前に、伝えたいことがある」
「うん」
フェリは椅子から降りて、僕のもとに跪いた。なるほど。僕は膝を組んで、試すように微笑む。
「これからお互い、中央へ行くだろう。一緒に住みたい。受けて、ほしい」
「そう」
一生懸命にこっちを見上げてくる。こいぬみたいで、かわいい。
「いいか……?」
鷹揚に頷いた。フェリは「よかった」と頷いて、立ち上がる。僕はその腕をつかまえて、「フェリ」と呼んだ。
こんなにいい雰囲気で、同棲の申し出だけなんて、どうかしてる。正直こちらとしては、ちょっと物足りない。
「てっきりプロポーズかと思ったのに。違うんだ?」
フェリは黙ってしまった。顔を覗き込むと、顔が真っ赤だ。わなわなと唇を震わせて、「お前、ほんとに、ほんとに」と唸っている。
「ちがうの……?」
「この、酔っ払いが! もう二度と酒を飲むな!」
横暴だ。僕が手を叩いて笑うと、フェリはどこかへ行ってしまった。店の中で歓声が湧き起こる。
またフェリが戻ってくると、大きな拍手が鳴った。顔を真っ赤にして「おい」と僕へ声をかける。
「会計してきた。行くぞ。立てるか?」
「たてる」
身体がふわふわする。僕は上機嫌で立ち上がり、フェリの腕をとった。
「いいぞー、もっとやれー」
「お幸せに〜!」
かけられるお祝いの言葉には、全部手を振って応える。フェリはさっさと僕を連れ出して、店の外に出た。
「フェリ。好きだよ」
「くそ……! 俺たちにロマンチックを期待したこっちが馬鹿だった」
機嫌を損ねたみたいだけど、照れ隠しだろう。僕は伸び上がって、フェリの頬にキスをした。
「そういえば、十九歳と二十三歳のカップルは珍しくないって、前に言ってたよね。もう僕たちは、二十一歳と、二十五歳だけど」
ぎくり、とフェリが固まる。僕はフェリの手を引いて歩き出した。行き先はもちろん、僕の家だ。
とはいってもこっちで借りている、賃貸だけど。
「今はどう思う? 二十一歳と、二十五歳の、カップルについて……」
おごそかな口調で尋ねると、彼は鼻を鳴らした。手を握り返して、指が絡まる。僕たちは横に並んで、お互いを見つめた。
「決まってる。お似合いだ」
腹の底から、嬉しさが込み上げてくる。フェリは眩しそうに目を細めて、僕の手を引いた。
こうして僕たちは、どこからどう見てもお似合いのカップルになった。これからも一緒に、末長く幸せに暮らすんだろう。
家族は増えるかもしれないし、増えないかもしれない。大変なことも山ほどある。
でも隣にフェリがいれば、僕は間違いなく、幸せだ。
「フェリ。愛してる!」
心の底から愛を叫ぶ。フェリは「酔っ払いが」と悪態をつきながら、僕の額にキスをした。やっぱり優しいキスだった。
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