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フェリのプロポーズ大作戦1(フェリ視点)

 平日の早朝。いつもの癖で目を覚ますと、エルはもう着替えていた。今日の俺は非番で、エルはいつも通り出勤だ。 「起こしちゃった?」  くすくす笑いながら、額にキスをしてくれる。俺は「目が覚めた」と返して、身体を起こした。  エルは「ご飯は用意してあるから」と言って、通勤用のカバンを取り上げた。学校の先生の朝は早い。  いってきます、とエルが軽やかに手を振って、家を出ていく。俺はそれを見送って、ひとり立ち上がった。エルの用意した食事を噛み締めながら、頷く。  今日は、プロポーズの準備をするのだ。  顔を洗い、着替える。いつものラフなシャツとズボンではなく、ぱりっとしたシルクのシャツに、プレスの効いたスラックスだ。シャツの袖元を貝のボタンで留めて、オーダーメイドで仕立てたジャケットを羽織る。  今日のスケジュールを、頭の中で反芻した。午前中に実家へ寄る。午後は宝飾店に行って、婚約指輪を見繕う。そして帰りに、プロポーズをするレストランの予約だ。  俺たちの同棲生活も、はや一年が経った。そろそろ、いいだろう。次の段階に進む時だ。  家を出て、ごみごみとした住宅街を抜ける。俺の身なりを見て、道行く女性が何人か振り返った。生憎、俺はエル以外に興味がないから、ことごとく無視する。  街の中心部へ出て、高級住宅街へと向かった。ロナード家の屋敷の前に立つと、門番が恭しく礼をする。すぐに執事が飛んできた。 「フェリクスさま、お帰りなさいませ。旦那様は、もうお待ちになっております」 「ああ」  大事な話がある、と事前に伝えていた。屋敷に入ると、居間へと案内される。冒険者になったあの日も、この部屋で荷物を渡された。  父は既に、そこで待っていた。革張りのソファに腰掛けて、ゆっくり顔をこちらへ向ける。俺とよく似た口元が、わずかに開いた。 「来たか。座れ」  頷いて、向かい側のソファへ座る。父は膝に掌を置いて、人差し指を浮かせた。メイドがやってきて、俺と父の前にティーカップを置く。 「フェリクス。お前から会いたいと言うなど、珍しい」 「はい。大事な話がありますので」  そうか、と父は頷いた。ティーカップを持ち上げ、口元に当てる。  俺は拳を汗ごと握って、顔を上げた。 「結婚を、考えています。相手は、冒険者時代に出会った人です」  父の首から胸に、突然茶色い染みが広がった。父はカップを傾けきってから、「そうか」と頷く。こぼしたのか。俺のティーカップには、ほこほこと湯気が立っている。 「大丈夫ですか!?」 「いや、いい。それはどうでもいいんだ、フェリクス」  どうでもいいわけないだろう。父はメイドの差し出した布をもらい、首元を拭った。 「分かった。どんな人なんだ」 「……男性の、平民です。今は、一緒に住んでいます」  父がメイドへ耳打ちをすると、彼女は目を伏せて頭を下げた。そして部屋を出ていく。  彼は、そうか、そうか、と何度も頷いた。どうやら、酷く動揺しているらしい。 「そうか」 「はい」 「どんなところが気に入ったんだ」  その質問に、俺は、拍子抜けしてしまった。てっきり、とんでもないと言われて、頭ごなしに反対されるかと思ったからだ。 「どんなところか、と言うと……勇気があって、優しいところ、ですね」 「そうか。いい人だな」  父が頷く。俺は驚きのあまり、言葉を続けられなかった。まさか、この人から、すんなり認められるとは。  二人で黙りこくっていると、また扉が開く。入ってきたのは母だった。 「フェリクス。あなた、結婚するつもりなんですって?」  凛とした声色は、いつも通りだ。母は鋭い目つきで俺を見据え、口元を引き締めた。 「あなたはまだ二十二歳でしょう。そういうことを決めるのは、まだ早すぎないかしら?」 「いや、イサベル。こういうのは本人が決めることだ」  父は意外にも、俺の肩を持った。母はため息をついて、父の隣へ腰掛ける。 「いいえ、テオドール。これは相手もいることなのですよ」 「そうだ。どんな相手なのか、もっと教えてくれ」  本当に、乗り気だ。俺は両親の間で何度か視線を往復させて、背筋を伸ばした。 「年上の男性で、冒険者時代に知り合いました。勇気があり、心優しいところが好きです。今は騎士団の魔術師養成所で、教師をしています」  全部、言った。途端に母は目元を押さえる。戻ってきたメイドがハンカチを差し出すと、顔を覆った。泣くほど、嫌だったんだろうか。 「あのフェリが、こんなに立派になって……!」  いや、様子がおかしい。父は母の肩を抱きながら、「イサベル」と彼女の身体をさすった。 「分かるだろう。私たちが冒険者ギルドへ送り出したときから、フェリは随分成長したんだ。自由にさせてあげようじゃないか」 「ええ、ええ……」  何が起こっている。俺がみじろぎしていると、母は顔をあげた。真っ赤な目元で俺を見据えて、微笑む。 「私から言うことはないわ。今度、お相手を連れていらっしゃい」 「反対、しないんですね……」  思わず本音がこぼれる。両親は顔を見合わせて、父が穏やかに頷いた。 「お前の親として、私は至らないところばかりだった。だというのに、知らないところで、お前は立派に育っていた。一人前になった男に言うべきことなど、何もない」  頭の中で、幼少期の思い出が巡る。兄たちとの喧嘩に、両親の困った顔。力が強すぎて、それはそれで、たくさん困らせた。  俺だって、家族への不満がないわけじゃない。だけど彼らは、今の俺を、認めてくれている。 「ありがとう、ございます」  深々と、頭をさげた。父は「それで」と、重々しく言葉を続けた。 「今度お相手を、ここに連れてきなさい。予定はお前たちに任せる。教師ともなれば忙しいだろうしな」 「そうね。今度は一緒に来てちょうだい」  本当に、好意的だ。怪しいくらいに。  恐る恐る顔を上げると、両親は、穏やかに微笑んでいた。父が頷く。 「エルくんだろう?」  どうしてそれを。言葉をなくしていると、母がさらに続けた。 「あなたと同居することになったと、わざわざギルドを通じて、身分を明かした上で手紙をくれたのよ。最初はどうしたものかと思ったけれど……あなたを大事に思っていると、一目で分かったから、何も言わなかったの」  あっ、と声をあげてしまった。顔が熱い。  本当に、エルにはかなわない。俺と家族が不仲だと分かっていたから、こっそり手を回したんだろうけど。  恥ずかしい。  父が、微笑みを深くした。 「男同士というのは、確かに珍しい。最近やっと結婚の制度が整ったばかりでもある。だが、お前は、自由なのだ」  気づくとまた、俺は頭を下げていた。  きっとこの気持ちは、「嬉しい」ってやつなんだろう。  とにかく、これで第一関門は突破だ。

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