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#06 コロンの香りに心を乱されて〜胸元をトントンと叩いて拗ねるロッティー〜
アーメンガードはデスクに向かいながら、完全に上の空だった。頭の中を占めているのは、ただ一人の男——ロンドン支社の頂点に君臨する完璧なスパダリ、セーラのことだけ。四六時中、彼の眩しい横顔や低く艶やかな声を思い返しては、ドロドロとした想いを募らせてぼーっとため息をつくのが最近の日常になっていた。
「……おい、アーメンガード」
背後から人事部長の呆れた声が降ってきた。
「お前、いつから課長になったんだよ。なんで平社員のお前が課長研修のリストに入ってるんだ?」
職権乱用があっさりバレていた。しかしアーメンガードは動じない。
「そ、そうじゃないんです! 今年度の研修クオリティを現場で直接確認するための、調査参加です! いわば……サクラとしてです!」
「ふーん……随分と熱心なんだな、最近」
「ええ、まあ!」
誤魔化すように足早にその場を離れながら、アーメンガードは胸の内で小さくガッツポーズをした。
◇
ロンドン郊外の研修センターでの午後。
アーメンガードは狙い通り、ワークショップでセーラとペアを組むことに成功した。
(……ああ、セーラさん……こんなに近くで……)
すぐ隣で真剣に取り組むセーラの横顔を、アーメンガードは息を潜めて何度も盗み見た。低い声で話す内容、細長い指の動き、首筋のライン——どれもが眩しくて、胸が苦しくなる。
研修が終わり、参加者たちが駅に向かって歩き出す道中、アーメンガードは勇気を振り絞って声をかけた。
「あの、セーラさん! もしよければ……駅の近くのパブで、一杯だけどうですか……?」
セーラは一瞬足を止め、アーメンガードを見下ろした。
普段ならポルシェで颯爽と帰るところだが、今は修理に出しているため珍しく徒歩で駅に向かっていた。スーパーリッチな環境で育ったセーラにとって、大衆的なパブは未知の空間だった。
「パブ……たまには悪くないな」
車がないからこそのイレギュラーな寄り道。その承諾に、アーメンガードは天にも昇る心地だった。
ガヤガヤとした喧騒の中、エールビールが入ったパイントグラスをぶつけ合う。
「そういえばアーメンガード、俺たち同期入社だったよな」
セーラがふと思い出したように言うと、アーメンガードは目を丸くしてパァッと顔を輝かせた。
「えっ……覚えててくれたんですか?」
「そりゃな。顔くらいは覚えてるさ」
「セーラさんはみるみる出世しちゃって、すっかり差がついちゃいましたよ……」
少し自嘲気味に笑うアーメンガードに、セーラは不思議そうに首を傾げた。
「え、君だって課長なんじゃないのか? だから今日の研修に……」
「えっ!? あ、いや、まあまあ、そうなんですけど……! ちっちゃいチームですよ、僕のところなんて。新人なんか全然入ってこないし」
平社員であることがバレないように冷や汗をかきながら誤魔化しつつ、アーメンガードは少し口をとがらせた。
「……そういえば、セーラさんのところの新人くん、可愛いですよね」
「ロッティーか?」
「ええ。ロッティーくんって、なんだか放っておけないというか……守ってあげたくなっちゃうタイプですよね。……悔しいけど」
素直な嫉妬を滲ませて少し拗ねるアーメンガードを見て、セーラはフッと口元を緩めた。
「あいつは手が焼けるんだ」
そう文句を言いながらも、グラスを見つめるセーラの目はどこまでも優しかった。その愛情深い表情を見て、アーメンガードはそれ以上泥沼のような嫉妬をぶつける気にはなれなかった。
(やっぱり、敵わないな……)
そう思いつつも、アーメンガードの胸には不思議と温かい余韻が残っていた。
パイントグラスが空になったところで二人は席を立ち、賑やかな店を出た。駅へ向かって歩く道すがら、アーメンガードは今後の業務連絡用にと称してスマホを取り出し、念願だったWhatsAppのアドレス交換にちゃっかり成功する。
駅の改札前で楽しかったと言い残してスマートに去っていくセーラを見送った後、アーメンガードは画面に登録されたアドレスを見つめ、嬉しくてたまらない足取りで帰路につくのだった。
◇
深夜、セーラのペントハウス。
セーラが帰宅すると、リビングのソファで、大きすぎるシルクのシャツを羽織ったロッティーが膝を抱えていた。
「……遅いです。研修は夕方に終わるって言ってたのに」
ご機嫌斜めな顔で睨んでくるロッティーに、セーラは上着を脱ぎながら少しご機嫌な声で返した。
「悪い。ちょっと飲んでた。今日、車じゃなかったからな。パブに行くチャンスもなかなかなかったし」
その言葉に、ロッティーはさらにピクリと眉を寄せる。セーラの体から、いつもの淡いコロンの香りに混じって、別の男の香りが漂ってきたからだ。
「……誰と飲んでたんですか? セーラさんのいつもの香水じゃない……これ、ジョー マローン ロンドンの匂いですよね……?」
新人のロッティーから具体的なブランド名が飛び出し、セーラは意外そうに目を丸くした。
「お前、なんでそんな男物のコロンに詳しいんだよ?」
「僕だってそのぐらい知ってます。普通ですっ!」
ムキになって言い返したものの、自分以外の誰かと楽しんできたことが悔しくてたまらない。ロッティーはソファから立ち上がると、セーラの胸元に顔を押し付け、小さな拳でトントンと軽く叩いた。
「バカ……ずっと、待ってたのに……」
その健気で可愛い嫉妬に絆されたセーラは、フッと優しく微笑み、ロッティーの頭を撫でた。
「悪かったよ。……ちょっとシャワー浴びてくる」
セーラがバスルームへ消え、水の音が聞こえ始める。
一人残されたロッティーは、ソファに置かれたセーラのジャケットをそっと持ち上げ、くんくんと匂いを嗅いだ。
「……やっぱりそうだ。絶対にジョー マローンの匂い……」
胸の奥がチクチクと痛む。ふと、ローテーブルに置かれたセーラのスマホが目に入った。
ロッティーは息を呑み、震える手でそのスマホに手を伸ばした。画面をタップして誰と連絡を取っていたのか覗き見ようとするが——無機質なパスコード入力画面が弾かれる。
「……そりゃ、そっか。ロック、かかってるよね」
自分が何をしているのか気づき、ロッティーは自己嫌悪と共にスマホを元の位置に戻した。
逃げるように自分の使っているゲストルームに戻り、ベッドに潜り込む。しかし、全く眠れなかった。
(……どうして、こんなに嫉妬しちゃうんだろう)
胸がジリジリと焦げるように熱くて、苦しい。何度も寝返りを打ち、枕をギュッと抱きしめる。
(セーラさんの部屋に……行こうかな……)
無意識にベッドから降り、ドアの前まで歩み寄る。ドアノブに手をかけようとして、ハッと我に返って手を引っ込める。
ベッドとドアの間を行ったり来たりしながら、ロッティーはぐしゃぐしゃと自分の頭を掻き毟った。
「いや、だめだよ……。何してんだ僕ってば……!」
自分がどんどんセーラに依存し、醜い感情に支配されていく。その甘く焦げるような熱に浮かされながら、ロッティーは長い夜を悶々と過ごすのだった。
つづく
—
【次回予告】
セーラとロッティーは列車のファーストクラス個室で、バークシャーにあるクルー家の美しい大邸宅へと向かう。
次回
#07 スパダリ課長とお泊まりデート!〜キングサイズベッドが待つ逃げ場のない甘い檻〜
「お、おい、マリエット。気を遣わなくてもいいんだぞ?」
お楽しみに!
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