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#38 逃げ場のない深夜のオフィス〜囚われたロッティーの前でついに本当の姿をさらけ出すセーラの決断〜
ラビニアが嵐のように会議室から去っていくと、広い役員用会議室にはセーラとロッティーだけが取り残された。
静まり返った密室の中、ロッティーは顔を真っ青にして小刻みに震えている。その様子を目の当たりにし、セーラの胸は激しく痛んだ。今すぐ駆け寄り、「大丈夫だ」と抱きしめてやりたかった。
だが、今ここで男の声を出して正体を明かせば、ロッティーをこの複雑な泥沼にさらに深く引きずり込むことになる。それだけは避けなければならなかった。
セーラはギリッと奥歯を噛み締め、湧き上がる衝動を必死に押さえ込んだ。そして、女秘書の仮面を被ったまま、細く作った声で静かに告げた。
「……失礼いたします」
それだけを言い残し、セーラは逃げるように足早に会議室を去った。カツ、カツと遠ざかっていくハイヒールの音が、重苦しい空気に虚しく響く。
一人残されたロッティーは、去っていった美人秘書の後ろ姿をぼんやりと見つめていた。
(なんだろう、あの人……)
初めて会ったはずの他人の秘書。それなのに、なぜか胸がギュッと締め付けられるような、不思議な違和感が残っている。あの背中、あの毅然とした空気……どうしてこんなにも気になってしまうのだろうか。
◇
自分のフロアに戻ったロッティーを待っていたのは、不気味なほどの静寂だった。オフィスには誰一人いない。社内行動掲示板を見ると、ラビニアもジェシーも、他のメンバーも全員が「トラブル対応・客先へ外出」というステータスになっていた。
ロッティーは自分のデスクに座り込み、頭を抱えた。
(……どうしよう。僕、クビになるのかな……)
自分のせいでセーラを救うどころか、会社を巻き込む犯罪者として突き出されるかもしれない。極限の不安のなかで、ロッティーは完全に放心状態に陥っていた。
やがて夜が更け、フロアの明かりが自動で消えても、ロッティーは暗闇のデスクから一歩も動くことができなかった。
「今日はどうもありがとうございました、ラビニアさん」
「今度からは、お前一人で対応できるといいんだがな」
「はい……。それにしても、すっかり遅くなっちゃいましたね。もう誰もいませんね」
深夜の静寂を破り、複数の足音と話し声がフロアに響いた。トラブル対応を終えたラビニアが、部下のジェシーを従えてオフィスに戻ってきたのだ。
暗闇の中で死んだように固まっているロッティーを見つけると、ラビニアは冷酷な笑みを浮かべて歩み寄った。
「こんな時間まで残業なんて感心だねぇ、ロッティーくん。……でも、そんな無駄な努力、ぜんぶ意味なくなっちゃうかもね?」
ラビニアは蛇のように目を細め、絶望するロッティーを見下ろした。そして、この「極上のネズミ」を使ってどうセーラを嬲るか閃き、スマートフォンを取り出した。
社員寮にいるセーラへの、非情な呼び出しだった。
「今すぐオフィスへ来なさい。さっきの続きをしてやる。来ないなら、お前のかわいいロッティーはどうなっても知らないぞ」
セーラに選択肢などなかった。
「ラビニアさん……一体、何が始まるんですか?」
不穏な空気を感じ取ったジェシーがおずおずと尋ねると、ラビニアは冷たく言い放った。
「お前は黙って見ていればいいんだよ」
◇
重苦しい時間が、深夜のオフィスに流れた。
やがて、カツ、カツと急ぎ足のハイヒールが響き渡る。タイトスカート姿のまま駆けつけたセーラが息を切らしてフロアに飛び込むと、そこにはラビニアに捕まり、怯えきったロッティーの姿があった。
「遅かったじゃないか」
セーラが現れると、ラビニアは嘲笑うように肩をすくめた。
「こいつ、昨夜オレのデスクで泥棒の真似事(産業スパイ)をしでかしてな。さあ、どうしてくれようか?」
セーラが息を呑むと、ラビニアは自身の足元からペラペラのスリッパを拾い上げた。かつて自分がミンチンから受けた調教の道具。その屈辱の記憶を、そっくりそのままセーラへの復讐にすり替えようとしていた。
「こいつの処分を特別に許してやる代わりに、条件がある」
ラビニアはスリッパを軽く手で叩きながら、残忍な笑みを浮かべた。
「セーラ、お前の目の前で、こいつのケツをスリッパで3回叩かせろ。それでチャラにしてやる」
その言葉を聞いた瞬間、ロッティーの思考が停止した。
(——今、セーラって言った?)
目の前の絶世の美人秘書に向かって、ラビニアは確かに「セーラ」と呼んだ。
「……いい加減にしろ、ラビニア!!」
静まり返ったオフィスに、怒声が轟いた。 それは、細く作った女の声ではない。低く、毅然とした、ロッティーが何度も耳にした「男の、セーラ・クルーの声」だった。
「嫌がらせなら俺にしろ! 頼むからこいつには手を出すな!」
ロッティーは雷に打たれたように目を見開いた。
「え……、あれ……? セーラ……さん……?」
タイトスカートを穿き、完璧なメイクをした絶世の美女。その人物が、自分を庇うように放った低い声。理解が追いつかないまま、ロッティーは震える声で叫んだ。
「セーラさん、なんですか……っ!?」
正体が完全にバレた。 だが、セーラはもう引き下がらなかった。仮面を取り繕うことをやめ、真っ直ぐにロッティーを見つめ返す。
「ああ、そうだ。ロッティー、心配をかけたな」
タイトスカート姿でありながら、その眼差しはかつてロンドン支社の頂点に君臨していた「完璧なスパダリ」の王の威厳を取り戻していた。セーラは一切の羞恥を捨ててロッティーの前に立ちはだかり、彼を背中に庇った。
しかし、ロッティーはセーラのその痛ましい姿を見て、これ以上自分が彼の足手まといになるわけにはいかないと悟った。
「……でも、ここで3回打たれるだけで許してもらえるなら、僕、それでいいです……!」
ロッティーは怯えながらも身を屈め、自らラビニアの前に進み出ようとした。それを見たセーラは、胸を激しく締め付けられ、ついに己のプライドをすべて投げ打って叫んだ。
「お前のことだ、スリッパでぶったくらいで終わらないだろ! 頼む……もうこんな真似はやめてくれ……っ! 俺を罰すれば良いじゃないか!」
それは、大切な者を守るために、かつての王が敵の足元に完全なる降伏を誓った瞬間だった。
つづく
—
【次回予告】
ラビニアによるスリッパ尻叩きの刑からロッティーを救う為、セーラは悪魔のような提案を飲むしかなかった。
次回
#39 ラビニアの『人形』にされる罰ゲーム!〜頭上のコーヒーカップの熱さに耐えるカウントダウン〜
「では、始めるぞ。お前は今から『人形』だ。10数える間だけ完全にやりきれたら、全部許してやる」
お楽しみに!
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