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#45 漂う消しきれない女物の香水〜フラッシュバックする口移のチョコレート〜
あれは、屈辱的な蹂躙だった。ミンチンのスマホに罠を仕掛けるためとはいえ、その代償としてセーラが受けた心の傷は決して小さくなかった。
——だが、その痛みは無駄ではなかった。
ラムダスのスパイウェアが吸い上げた膨大なデータの解析を経て、ついに決定的な「弱み」がセーラの手元に揃ったのだ。業界全体を揺るがしている「ナフサの目詰まり(物資不足)」の真実——それは、ミンチン自身が裏で物流ルートを意図的に操作し、物資を隠匿して価格を不当に吊り上げるために仕組んだ、完全な自作自演の詐欺行為だった。
タイトスカートの裾を正し、支社長室の前に立つセーラ。 その瞳には、反逆の狼煙が静かに、しかし熱く燃え上がっていた。
——バーン!
重厚なマホガニーのドアが勢いよく開け放たれた。
「……どうした。ノックもせずに、なんだお前は」
デスクの奥で書類に目をやっていたミンチンが、不快げに眉をひそめて顔を上げる。 いつもと違うセーラの不遜な態度に、ミンチンが低く凄んだ。しかし、セーラは一歩も引かなかった。鏡の中の「女秘書」の仮面に、かつての「王」の鋭い眼光を宿らせ、デスクに歩み寄る。
「お前の悪事は、すべて暴かせてもらったぞ、ミンチン」
「なんだその口の利き方は?」
ミンチンは不敵に笑うが、セーラは無言のまま、プリントアウトした証拠のでデータをデスクの上へと滑らせた。
そこへ乱雑に散らばったのは、自作自演の詐欺行為を裏付ける、言い逃れの By-name(実名)データや不審な資金移動を示す決定的な証拠の数々。
「ふん。……それがどうした?」
「これを政府とマスコミにリークされたくなければ、今すぐオレを『自由』にしろ、ミンチン」
突きつけられたデータを見つめ、ミンチンは一瞬だけ目を細めた。 しかし、慌てる素振りは微塵も見せず、むしろ余裕たっぷりのサディスティックな笑みを浮かべて葉巻を吹かした。
「自由、だと? お前の言う自由とはなんだ、セーラ。服も、飯も、住むところも、すべて私が与えているではないか。なに一つ不自由はないはずだ」
「とぼけるな! あんな、監視カメラに四六時中見張られた鳥籠(社員寮)は嫌だと言っているんだ! あんな場所じゃない、まともな部屋を用意しろ!」
必死に抵抗し、条件を勝ち取ろうとするセーラ。
その反抗心と、ギリギリのところで保たれているプライドを見たミンチンは、「ハハハ、お前をそこまで怒らせてしまったか」と、むしろその姿に蕩けたような笑みを向けた。
「……分かった。この俺を脅迫するとは、本当にお前は最高に可愛い奴だな。まともなマンションを用意してやろう。どうせカメラを仕込んだところで、お前はまたすぐに見つけて引きちぎっちまうからな」
あっさりとした承諾。
しかし、ミンチンはデスクから立ち上がると、すでに身体をかなり許して半分本物の愛人と化しているセーラを乱暴に引き寄せた。
「ただし、その新しい部屋の『合鍵』は私が持たせてもらうぞ。……いつでも、私が直接、お前を躾けに行けるようにな」
耳元でねっとりと囁かれたその言葉に、セーラの背筋に強烈な戦慄が走った。
しかし、これ以上のカードを持たないセーラには、もう交渉を長引かせる余力は残されていなかった。セーラは悔しさと屈辱を奥歯で噛み締めながら、提示された大人の着地を受け入れるしかなかった。
◇
数日後。監視カメラのない、真新しいマンションの一室。
ミンチンからあてがわれたその部屋で、セーラはささやかな祝杯を上げるべく、アーメンガードを招き入れていた。
その身に纏うのはあのタイトスカートではなく、かつての完璧なスパダリを彷彿とさせる、バキッとした男物のスーツだった。
「引っ越し、おめでとう、セーラさん。……やっぱりセーラさんは、そっちの服装の方がずっと似合ってますよ」
アーメンガードがどこか眩しそうに目を細める。
「ありがとう。あの交渉の際、ミンチンからマンションと一緒に少しばかりの小遣いもせしめてな。それで真っ先にこのスーツを買い直したんだ。……まあ、会社に行く時は、またあの女の仮面を被らなければならないんだがな」
苦笑交じりに肩をすくめたセーラだったが、すぐに表情を和らげた。
「……だが本当に、君のおかげだ、アーメンガード」
テーブルの上に買ってきたデリと缶ビールを並べ、二人で乾杯を交わす。一口ビールを喉に流し込んだアーメンガードが、少し申し訳なさそうに視線を落とした。
「……実は今日、ラムダスも誘ってみたんだけど、忙しいとかで……」
「そうだったのか」
セーラは缶ビールを見つめながら、穏やかに首を振った。
「……あのUSBのデータをスマホで見られるようにしてくれたのも、彼なんだろう? 今回のスパイウェアの件もそうだ。私からよろしく伝えておいてほしい。色々と世話になったから、いつかちゃんとお礼を言いたいよ」
「……うん。伝えておくよ」
アーメンガードは小さく微笑んだものの、少しだけ気まずそうに視線を彷徨わせた。
ふと、二人の間に奇妙な沈黙が落ちた。
アーメンガードは缶を握りしめ、少しもじもじとしながら、セーラの顔をチラチラと盗み見ている。あの応接室での「口移し」の件や、今のセーラの境遇について、何かを切り出そうと迷っているのは明らかだった。
その重苦しい空気を察したのか、セーラはわざと明るい声を出して話題を変えた。
「……そういえば! 今日、いつも見てるNetflixの連続推理サスペンス、最新エピソードの配信日なんだ。もう今頃リリースされてるはずなんだけど、ちょっと見たいんだよね」
すると、アーメンガードの顔がパッと明るくなった。
「えっ!? セーラさんもあれ見てるの!? 俺もずっと追ってて、今日の配信楽しみにしてたんだよ!」
「本当か? じゃあ、一緒に見るか?」
「……うん、見たい!」
セーラがリビングのモニターをつけ、二人は一つのソファに並んで座った。部屋の照明を少し落とし、サスペンスドラマの重厚なオープニングが流れ始める。
しかし——。
一つのソファに並んで座っているものの、二人の間には拳二つ分ほどの絶妙で微妙な「距離感」があった。
画面の中では、探偵が血塗られた密室の謎を解き明かそうと緊迫したセリフを投げかけている。
だが、アーメンガードの頭の中には、物語の内容など一ミリも入ってこなかった。
視界の端に映る、ラフな部屋着姿のセーラの横顔。
ほんの少し動くたびに漂ってくる、かすかに残る女物の香水の香り。
今目の前にいるのは男の姿のセーラだが、身体に染みついた匂いは消しきれていない。それが引き金となり、アーメンガードはあの日の応接室での出来事を思い出していた。女装したセーラの口内へ、不器用な口移しでチョコレートを押し込んだあの夜(24話参照)の、生々しく淫らな接触の記憶——
(セーラさんが、すぐ隣にいる……。あんなことがあったのに、こうして同じソファで……)
心臓がうるさいほどに鳴り続け、アーメンガードは1時間のドラマが再生されている間、ただただ隣のセーラを強烈に意識し続けることしかできなかった……。
「……いやあ、まさかあいつが犯人だったとはな」
「えっ? あ、ああ! うん、そうだね! びっくりしたよ!」
エンドロールが流れ始め、セーラの感想にアーメンガードは慌てて調子を合わせた。真犯人が誰だったのかすら、まったく分かっていなかった。
「……さて、明日も仕事があるし、俺はそろそろ帰るよ」
立ち上がったアーメンガードに、セーラも立ち上がる。
「下まで送っていくよ」
「いいよいいよ、ここで。外は寒いし」
玄関のドアの前。靴を履いたアーメンガードは、少しだけ名残惜しそうに振り返った。
「あのさ、セーラさん」
「ん?」
「また……来てもいいかな?」
少し不安げに尋ねるアーメンガードの瞳に、セーラはふっと柔らかい笑みを浮かべた。
「ああ、もちろん。……ドラマの続き、また一緒に見よう」
「……うん!」
アーメンガードは嬉しそうに頷くと、満面の笑みでマンションの廊下へと出て行った。
つづく
—
【次回予告】
パノプティコンのオフィス。セーラがミンチンにハニートラップを仕掛けた映像は、支配者達のずりネタとして消費される——。セーラがミンチンに股間を吸わせる卑猥映像を食い入る様に見つめるラビニアとガートルードは淫らな気持ちに支配されてゆく。
次回
#46 ガラス張りの支社長室で露出プレイ〜眼下に広がるロンドンの街に見せつけるガートルードの手コキ〜
「……でも、見られてるほうが燃えない?」
お楽しみに!
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