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#51 心の隙間を埋める代用品〜それでもいい。今この腕の中で熱を放つのはアーメンガードなのだから〜
権力と欲望が渦巻くロンドン支社、最上階。
セーラは今日も冷ややかな女秘書の仮面を貼り付け、支社長室の重厚なドアを開けた。
「セーラ。……お前、男を連れ込んでるな?」
ティーカップを受け取ることもなく、ミンチンは開口一番詰め寄った。
「……っ! 話が違うぞ、ミンチン! あのマンションに監視カメラはないはずだっただろ!」
「ガハハ! やはり連れ込んでいたか。引っかかったな、ただ鎌をかけただけさ」
自ら口を滑らせたことに気づき、セーラは唇を強く噛んだ。しかしすぐに鋭く睨み返し、切り札を突きつける。
「汚いぞ……! ならば約束を違えた報いだ。お前が裏で画策しているナフサの目詰まりの原因と不当価格調整を、今すぐ政府とマスコミにリークしてやる!」
「勘違いするな、セーラ。約束は守っている。あの部屋にカメラなどない」
ミンチンは葉巻の煙をゆっくり吐き出し、余裕の笑みを浮かべた。
「アーメンガード君だよ。会社支給携帯の『行動履歴(GPS)』が、お前のマンションに何時間も静止しているからな」
「……全社員を監視しているのか? 違法行為だぞ!」
「まさか。彼にだけ特別な『制限』をかけてるのさ」
ミンチンは残酷なほど楽しげに、タネを明かした。
「以前、彼が深夜の人事部保管庫から大事な会社の備品を盗み出した事はお前も知っているだろう? あの時、処分を見送る代償として、端末に行動履歴の常時共有オプションをつけさせた。本人も納得の、合法的な首輪だよ」
セーラは息を呑んだ。
「契約書に彼はサインしてるんだ。細かい約款を読んだかは彼の責任だがな」
アーメンガードがUSBを取り戻そうとして泥をかぶり、その代償として「首輪」を嵌められていた。自分が彼と会えば会うほど、ミンチンに彼を破滅させる牙を与えてしまう——。
(やはりこれ以上、彼を巻き込むわけにはいかない……っ)
セーラは胸の内で静かに、アーメンガードとの別れを決意した。
◇
深夜、ラムダスの自宅マンション。
間接照明だけが灯る静かなリビングで、二人はソファに並んでグラスを傾けていた。しかしいつもの賑やかさはない。アーメンガードはただ黙々と、強い酒を煽り続けていた。
「……なんか今日、やけにピッチ早いじゃない。どうしたのよ」
見かねたラムダスが声をかけると、アーメンガードはカチャリとグラスを置き、両手で顔を深く覆った。
「……フラれたんだ」
搾り出すような、弱り果てた声だった。
「セーラさんに……『もう二度と俺の前に現れるな』って。お前みたいな目障りな男、二度と視界に入れたくないって……っ。俺、何か悪いことしたのかな……」
ポロポロと涙をこぼし、子供のように肩を震わせるアーメンガード。
ラムダスは小さく息を吐き、そっと隣へすり寄ると、その広い背中を優しく撫でた。
「……そう。辛かったわね、アーメンガード」
静かで温かいその声に、アーメンガードは堰を切ったように泣き崩れ、ラムダスの肩に顔を埋めた。傷つきボロボロになった彼にとって、ラムダスの変わらない優しさは唯一の安息の地だった。
どれくらいそうしていただろうか。
やがて涙を拭ったアーメンガードは、ふとモニターの黒い画面を見つめ、掠れた声でぽつりと言った。
「……なぁ、ラムダス」
「ん?」
「この前、お前が言ってたNetflixの新作ドラマ……まだ見てないなら、一緒に見ないか?」
その言葉に、ラムダスはハッと息を呑んだ。あの日、彼が「悪い、また今度な」とそっけなく断り、セーラの部屋で肩を並べて見ていたあのドラマだ。それを今、この部屋で自分と見ようと言っている。
(セーラとの思い出を……ワタシで上書きしようとしてる……っ)
「ええ、もちろん。一緒に見ましょ」
ラムダスは震える声を隠して微笑み、リモコンを操作した。部屋の照明が一段と落ち、画面から漏れる青白い光が二人の横顔を照らす。かつてセーラの隣で虚ろな顔をしていたアーメンガードは今、安心を求めるように、ラムダスの肩に頭をこつんと預けてきた。
静かなドラマの音声だけが流れる中、アーメンガードの方から不器用なキスが落ちた。
それは傷ついた現実からの哀れな「逃避」でしかなかったが、ラムダスにとっては長年待ち望んだ、執念が実った至上の瞬間だった。
(ついに……ついにアーメンガードがワタシのものになったのね……!)
湧き上がる歪んだ歓喜に身体を震わせながら、ラムダスはアーメンガードの首に腕を回し、そのままソファからベッドへとなだれ込んだ。
互いの衣類を剥ぎ取る手はもどかしく、重なり合う肌の熱さが部屋の冷気を一瞬で溶かしていく。
(……名前は、呼んでくれないのね)
激しい抽送を受け入れるたび、ラムダスの窄まりからは甘い喘ぎが零れ落ちる。しかしアーメンガードは目をきつく閉じ、無言のまま、ただひたすらに熱をぶつけてくるだけだった。その脳裏に浮かんでいるのは、きっと自分ではなく、彼を冷たく突き放したあの男の姿なのだろう。
自分がただの「心の隙間を埋めるための代用品」に過ぎないと、ラムダスは痛いほど分かっていた。
それでもよかった。たとえ彼が心の中でセーラを抱きしめていたとしても、今この腕の中で熱を放ち、自分に縋っているのは間違いなくアーメンガードなのだから。
傷ついた獣のように求めてくる彼を、ラムダスは深い悲哀と狂おしいほどの愛おしさで、その身体と心のすべてで抱き留め続けた。
◇
チュン、チュン……。
爽やかな朝の光がカーテンの隙間から差し込み、窓の外からは心地よい雀のさえずりが響いていた。
まどろみの中でゆっくり目を覚ましたラムダスは、シーツの温もりと、腰に回された心地よい重みにふっと頬を緩めた。
隣を見れば、昨夜の嵐のような絶望が嘘のように、穏やかな寝息を立てるアーメンガードの顔があった。
愛おしげにその乱れた髪を指先で撫でると、アーメンガードは「ん……」と掠れた声を上げて薄らと目を開けた。
「……おはよう、アーメンガード」
昨夜の涙が嘘のように、少し照れくさそうに微笑んだアーメンガードは、ラムダスの細い腰を再び抱き寄せ、布団の中でぎゅっと抱きしめ直した。
「ちょっと、苦しいわよ……」
「いいだろ、もうちょっとこのままで。……お前、本当にあったかいな」
「調子いいことばっかり言って。……もう一回、しちゃう?」
悪戯っぽく囁くラムダスに、アーメンガードは顔を真っ赤にしながらも、嬉しそうにその額へ優しく唇を落とした。じゃれ合う二人の部屋には、甘く穏やかな朝の空気が満ちていた。
つづく
—
【次回予告】
突き放された絶望から一転、急に呼び出されて困惑するアーメンガードを待ち受けていたのは、セーラからの突然の愛撫だった。なす術もなく身体を熱くさせていくアーメンガードは、微かに声を漏らす。
「ちょ、ダメです……っ////」
次回
#52 口では拒むが、抗えない正直な反応♂〜ずっと焦がれていたセーラの冷徹な指先に狂わされる夜〜
「……なあ。誰かに見られながらって……興奮するよな。ほら、あそこの隙間を覗いてごらん?」
お楽しみに!
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