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#54 蚊帳の外に締め出された孤独な夜〜一線を超えたラムダスのスパイウェアで強制解除する着信拒否〜
シャワーを浴びてこの部屋に戻ってきたとき、アーメンガードはきっと、このソファで待っていてくれる。何食わぬ顔で、いつものように、待っていてくれる——
『じゃあ、おれもシャワー浴びてくるね』
そう言って、今度は自分が髪を乾かしながら、じっと彼を待つ。そして彼が帰ってきたらベッドで朝まで——。
そう信じていた。
でも——。
彼はいなかった。
深夜の空間に響くのは、つけっぱなしのノートパソコンの低いファン音だけだった。
ラムダスはデスクへ近づき、スパイウェアの管理画面を立ち上げる。暗い画面に浮かび上がるロンドンの市街図。
明滅する赤い点。
「……あいつ、またセーラの部屋に……」
アーメンガードのスマホから送信されるGPSの位置情報が、残酷な事実を告げていた。ラムダスは震える手でスマホを取り、アーメンガードへ電話をかける。
プルルル…… プルルル…… プルルル……
呼び出し音が鳴る。
「出なさいよ……お願い、でて、アーメンガード……っ」
画面を握りしめ、祈るように呟く。しかし、どんなに待っても、無機質な呼び出し音が虚しく響き続けるだけだった。
◇
——その頃、セーラのマンションのベッド上では、シーツが激しく波打っていた。
「ぁ ぁ’ ぁ” ぁ” あ” あ” あ” 」
激しい愛欲の真っ只中。背後からアーメンガードに覆い被さり、容赦なくその身体を突き上げているセーラは、乱れた吐息を吐きながらも、どこか冷徹な支配者の顔を崩していなかった。
——パンッ、
——パンッ、
——パンッ、
——パンッ、
肌と肌が激しくぶつかり合う。
その熱狂の傍ら、ベッドサイドのテーブルに置かれたアーメンガードのスマホが、ブーブーとバイブレーションを響かせて震え続けている。
アーメンガードは後ろから突き上げられながらも、這いずるようにして枕元のスマホへ手を伸ばす。手に取ると画面には『ラムダス』の名が光っていた。
その後ろで、セーラはわざと腰の動きを緩め、アーメンガードの耳元へと顔を寄せた。
「……出なくていいのか?」
セーラは意地悪く、楽しげにせせら笑う。
アーメンガードは首を横に振ると、電源ボタンを長押しした。画面の光がプツンと消え、部屋には再び、二人の荒々しい情事の音だけが支配するようになった。
◇
プルルル…… プルルル……
プツッ!
ツーツーツーツー
「切れた?」
すぐにリダイヤルをするラムダス。
『おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません』
しかし、今度はあの無機質なアナウンスだった。
「……電源を、切った?」
ラムダスの顔からスッと血の気が引き、直後に、心臓が爆発しそうなほどの激しい怒りが沸き上がってきた。
「ふざけないで……っ!」
ラムダスは狂ったようにリダイヤルを続けた。
『おかけになった電話は——』 『おかけになった電話は——』
何度かけ直しても、冷酷なアナウンスが繰り返されるだけだった……。
「あああああっ……!!」
ラムダスの顔が、見苦しいほどの嫉妬と絶望でドロドロに歪む。スマホを握りしめる爪が白く変色し、画面が割れそうなほどの力が込められていた。
◇
事後——
行為が終わると、早速、セーラが手のひらを差し出してきた。
「……お前のスマホ」
気怠い余韻の中、電源を入れロックを外すと、アーメンガードはスマホを差し出した。
セーラはそれを受け取ると、ベッドから起き上がり、デスクの上のノートPCに向かった。
「……見れたけど、ロックがかかっているな」
セーラが低く呟くと、アーメンガードはベッドから上体を起こし、口を開く。
「ああ……。そういえばラムダスが、何日もパソコンをぶん回して総当たりで解析してるって言ってたよ。でも、どうせ解けないだろうって」
(ラムダスが、か……)
「セーラさん、パスワード知らないの?」
「あぁ……。俺が設定したわけじゃないしな」
セーラは無言で画面を見つめ、推測できる文字列をいくつか打ち込んでみる。カチャカチャ、ターンッ……と、静かな寝室に無機質なキーボードの打鍵音が乾いて響いた。しかし、画面にはエラーが表示され弾かれるだけだった。
「……セーラさん? それってパスワード間違えたらロックかかったりしないの?」
「システムじゃないからな、ただのファイルだ」
(それで……ラムダスはパソコン回して総当たり解析か……ラビニアもやってるかもな)
セーラの瞳の奥で、冷たい計算が走る。データ本体は手に入れたが、鍵を開けるにはラムダスの力が必要かもしれない、と。
——ブーブーッ。
その時、またアーメンガードのスマホが震えだした。
セーラは画面を一瞥すると、ケーブルを抜き、スマホをアーメンガードの胸元へぽいっと放った。
「……また来てるぞ」
「……」
アーメンガードは画面に表示されたラムダスの名前を見ると、静かに、着信拒否 した。
◇
『おかけになった電話は——』 『おかけになった電話は——』
ラムダスは狂った様に何度も、何度もリダイヤルを続けていたが、繰り返されるのはあの冷酷なアナウンスばかりだった。だが、突然アナウンスが途切れ、再び呼び出し音へと戻った。
プルルル…… プルルル……
(ん……? 呼び出し音が鳴った? 電源が、入った……!?)
絶望の底にいたラムダスの顔に、希望の光が差したかのようにパッと血色が戻る。しかし、それも束の間だった。
プツッ!
ツーツーツーツーツーツー
耳を打ったのは、強制的な切断音。 慌てて再度発信ボタンを押すが、今度は一瞬のコール音すら鳴らない。発信した刹那、即座に「ツーツー、ツーツー……」という、話し中を示すビジートーンへと弾かれる。何度かけ直しても、結果は同じだった。
「……ブロック、された……?」
ラムダスの動きが、完全に凍りついた。 親友として、ずっとそばで支えてきたのに。あいつのために、恋敵 への手助けまでしてやったのに——。
「……う、あ……うあああああっ……!!」
狂乱の叫びが、深夜の孤独な部屋に虚しく響き渡った。 ラムダスは床に崩れ落ち、獣のような声を上げて泣きじゃくった。
それから、どれほどの時間が経っただろうか。
窓の外がうっすらと白み始める頃、ラムダスはようやく顔を上げた。赤く腫れたその瞳に宿ったのは、悲しみではない。 それは殺意に近い真っ黒な「憎悪」だけだった。
「……許さない。絶対に、許さない……ッ」
ラムダスは這いずるようにしてデスクの前に座ると、スパイウェアの管理画面からアーメンガードのスマホへと侵入し、自分にかけられた「着信拒否(ブロック)」を強制的に解除すると、迷わず発信ボタンを押した。
ガチャリと、つながる。
『……もしもし?』
ラムダスは感情なく、一言だけ告げると通話を切った。
「絶対に許さないからね」
つづく
—
【次回予告】
自分だけを除け者にした二人の蜜月が許せず、激しい執着と復讐心を燃やすラムダスは最大の切り札を餌にした危険なブラフを仕掛ける。
「……あのUSBのパスワード、知りたいんじゃない?」
次回
#55 奈落へ突き落とす地獄のマウントコール〜のけ者の逆襲、受話器越しに聴かされるセーラの気怠い声〜
「今ね、ワタシの横で、すやすやと寝てる人がいるの。誰だと思う?」
お楽しみに!
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