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ニ 『肖像権保護法』

「この地域に来るきっかけを教えてください。きっかけというか大学進学で住み始めてからですね。ご出身は東、あっ」  山田が開いていた薄い雑誌をひったくるあまりの乱暴さにこちらの方が言葉を無くしてしまった。  髪を整えていた来夏はドタドタと大きな足音を鳴らし、洗面所から居間へと戻った。その顔は、顔どころか首から耳まで真っ赤に染まり湯気が上がってないのが不思議なほどだ。 「全部読む気?」 「読むでしょ普通」 「せめて声に出すのやめてくれない?」 「なんか芸能人みたいで」 「ただの地方紙だし。店長が勝手に決めて来たって言ったじゃん」 「店の宣伝じゃない?」  山田はそう言いながら、傍に置いていたスマホを手に取り、画面をチラリと見てパスコードをタップする。 「それはそうかもしれないけどさ」  ススイっとスワイプした先はおそらく、来夏や来夏のバンドの仲間達が発信しているsnsだろうと予想がついた。 「ほら。フォロワー増えてるし」  山田に無理矢理見せられた来夏は「くだらな」と吐き捨て「ほら、早く行くよ。ドラスト閉まっちゃうって」とぷんすか怒りながら丸めたままの雑誌をベッドへぽんと放り出し、結局はてきとうに髪をくくり玄関へと向かった。  山田は、確かに確かに、と頷いてスマホと財布を片手に持ちあせっその背を追いかける。肩がぶつかるほど狭い玄関の扉が閉められ、しばらくすると来夏の車のエンジンの音が聞こえた。  今月に入ってからというもの、二人の生活が若干乱れつつある。シンプルに仕事が忙しいからだ。  山田は残業が増えて、来夏も朝早く出る事が多くなった。食事は更にテキトーになって、冷凍食品やカップ麺の頼りきりだ。  そんな中、あろう事かどちらもトイレットペーパーを買い忘れていたのが本日のハイライトである。  現在時刻、二十一時。  二人共帰ってきたばかりで、ドラックストアに寄りつつ、夕食は二十四時間営業の弁当屋に行くということで話が落ち着いたという訳だ。  今し方山田の座っていたテーブルには黒い空き缶が置かれている。これもここ最近、二人が愛飲している炭酸飲料だった。 ベッドの上にぽつんと残された雑誌が開いていたのは、来夏の事が書かれたページだ。  随分と良く撮ってもらったものだ。  白い無地のTシャツと鮮やかなオレンジ色のハーフパンツが夏らしい。これはプライベートっぽくしている写真だろう。  ストライプのワイシャツも似合っている。店頭で接客している姿、メジャーを首から下げて眉を寄せる顔。まるでグラビア写真のようだった。  そしてなんたって驚くべき所は、来夏が表紙になっている事だ。  何故かやたらオシャレな地方情報誌の八月号である。 『この町で生きる。』という一言のフレーズが来夏の真面目な表情にマッチしている。  加工されてるじゃん、と来夏は言ったが、全然されてないよ、と笑う山田。  その雑誌を偶然コンビニで見つけた山田はそれはそれは驚いたと、目を丸くして来夏に訴えた。実家に一冊、自分用に二冊購入したらしく、何も聞かされていなかった事をグチグチと言っては、しつこいと一蹴されていた。来夏が芸能人になったらどうしよう、と呟いた山田に、ならない、どうもしない、とあしらわれた後の出来事だった。  来夏のインタビューは見開きページいっぱいに載せて貰えている。一語一句揶揄ってやりたいところではあるが気温が上がって過ごしやすくなったというのに、どうも最近、身体が重い。春眠未だここに留まる、だ。  慌ただしい二人の忙しさがそうさせるのかもしれない。  なので、今回は以下掲載文を載せておくことにします。 八月一日 来夏さん(29) 衣料販売業・ミュージシャン 東京都出身 ——本日はよろしくお願いします。まずお名前の確認なんですが、八月一日、と書いて、ほづみ、と読むんですか? そうです、ほづみらいかです。 ——すごい読み方ですね。初めて見ました。 よく言われます(笑)。『ほづみ』は、穂積みの収穫時期から来てるって親に聞いたんですけど、説明しても一発で覚えてもらえることがあんまりないので、最近は名前書く時ふりがなふっちゃってますね。 ——下のお名前も珍しい。らいか、と読むんですか。 はい。知り合いは皆下で呼びます。父がカメラマンで。 ——あ、カメラの? そうです(笑)。たぶんそこから。 あと八月一日なので、夏が来るってことなんじゃないかな(笑)よくわかんないですけど(笑) ——それは素敵な由来ですね。お父さんもセンスがある。 ダジャレ感凄くないですか? ——(笑)。いやいや。では改めて、八月一日さんがこの地域に来るきっかけを教えてください。 きっかけというか、大学進学で住み始めてからですね。 ——ご出身は東京なんですよね?大学なら東京の方が選択肢がありますよね? そうですね。それは確かにそうだと思います。ここに住んでる人には東京の方がって思われるかもしれないんですけど、僕的には、そっちの方がとかこっちよりもとかより、自分に合うか合わないかだと思ってて。それって別に選択肢の多さでは語れないというか。 ——では、八月一日さんにはこちらの方が合っていた? そうですね。まぁ、単純に街並みも好きですね。自分が住んでるとこはただの住宅地なんですけど、懐かしいというか、非常にノスタルジーを感じる。そこがたまらないです。 夏になったら玄関先におばあちゃんが座ってラジオ聞いてたりとか、どこでも見れるんだろうけどすごい好きで。けど一方で盛り上げようとする若者もいるのも確かで。そのアンバランスさが、なんか、生きてるって感じがするんですよね。整いすぎてない感じが。町全体が人間臭いというか。手狭な感じも好きです。手を伸ばしたらそれなりの衣食住全てが手に入るというか。 ——東京にいた頃は、そういう感覚はなかった? どうですかね。東京が嫌いだったとかそういうことでは全然なくて。ただ、なんというかあそこはもう出来上がってる感じがするんですよね。良くも悪くも。便利だし洗練されてるし、それはそれですごいことだと思うんですけど、自分がそこに何か足せるかっていうと、別に足さなくてもいいっていうか。でもこっちはなんか、自分にも足せる物があるような気がして。居場所っていうか。ちょっとうまく言えないですけど。 ——進学先としてこの町の大学を選んだ理由は? 教員免許が取れる大学を探してたんですよね。ピアノが弾けるというだけで小学校の先生になろうと思ってたので(笑)。特にやりたいこともなかったんで消去法というか。で、調べてたらここがヒットして、調べてるうちに来てみたくなって。まぁ家からというか東京から出てみたかったのもあります。 ——実際に来てみてどうでしたか。 思ってたより全然いいじゃんって思いましたね。正直もっと不便を覚悟してたんで。雪もそんなに多くないし飯はうまいし人は案外あっさりしてるし。町自体の距離感がちょうどよかったというか。自分的に。 ——学生時代の生活はどんな感じだったんですか? バイトしてました。ずっと。学費と生活費の半分は自分で出すって親と約束してこっちにきたので。最初は家の近くの居酒屋でバイトしてましたね。最近まで週二くらいで手伝いに行ってたんで、もう何年になるんだろう。気がついたら長い付き合いになってましたね。 ——教員免許は取得されたんですよね。卒業後、都内に戻るという選択肢はなかったんですか。 ありました。選択肢としては。でも卒業のタイミングで戻りたくないなって思ったんですよね。理由というほどの理由もなくて、なんか、ここにいる自分の方が本当の自分って感じがしたというか。いろいろ考えてるうちに就活しないまま卒業しちゃったんですよね(笑)まぁ親には心配かけましたけど(笑)。 ——教壇に立つことは考えなかった? 勿論考えてましたよ。先生になるつもりでやってたし。でも向いてないかもなって。子供って難しいですよね。ただの子供扱いは失礼だし。自分も子供みたいなもんなのに教壇に立って何教えんだろって。ドツボにハマったらもうできないってなっちゃって(笑)接客業も難しいです。相手を言葉で喜ばせるのは簡単だけど相手に信頼を与えないとただの嘘っぱちになっちゃう。 ——でも接客業は続けている。八月一日さんはこの店のオープン当時から続けてらしゃるということなんですが。 ちょっと語弊がありますね(笑)俺がここに来た年にたまたま店が今の場所に移って新しくオープンしてただけで。最初は土日とかの学生バイトでしたし。気付いたら続いてましたけどね。あんまり向いてないなと思いながら(笑)。でもまぁ、慣れてきたというか、開き直ってきたというか。できることをちゃんとやれば、それでいいかなって今は思ってます。正社員になれってずっと声はかかってたんですけど根を張るのもなんだか怖くて逃げてたんですがそろそろな、と。責任も増えますけど、長くやってきた分、周りのスタッフさん達の事も少しは見えるかなって思います。 ——正社員、おめでとうございます。生活、良い方に変わりそうですか。 ありがとうございます。変わるでしょうね、きっと。音楽の時間が減るのは正直怖いですけど、でもそのくらいの緊張感がある方が逆にちゃんとやれる気もしてます(笑) ——音楽活動は学生時代から? 大学入ってから始めたんで、わりと遅いのかな。ピアノは小さい頃からやってたんですけど、バンドっていう形になったのはここ来てからで。メンバーもここで知り合った人たちばかりなんで、この町がなかったらバンドもなかったと思います。 ——バンドはどんな音楽を? なんていうジャンルになるのかよくわからないんですけど激しくはないです(笑)。インストが多いかな。歌詞もあんまりちゃんと作らないし。その場の雰囲気で歌ったりはしますけど。あとお酒入って気持ちよくなったりすると急に歌い出したりする人もいます(笑)メンバーの一人がライブバーを経営してるのでそこでやる事が多いですね。あんまり飲みに行ったりはしてません(笑) ——バンドやメンバーの皆さんの紹介なども軽く。 皆本当に趣味でやってるので方向性とかもなんもなくて。ドラムの村上くんは昔パンクバンドしてたらしいし。実はメンバーも入れ替わり立ち替わりで、やりたい時にやりたい人がやるって感じなんです。 ——え、じゃあ、ライブの時も決まったメンバーじゃないんですか? そうなんですよ(笑)全員が集まる事ってほぼなくて。何日の何時にバーで、みたいなメッセージが来て、来れる人が来る。みたいな。リーダーとかもいないからもうバラバラなんですけど、でもそれが良いよねって言い合ってます。なんか、義務になると途端につまらなくなる気がする。本気でやれなかった人間の言い訳に聞こえる人もいるかもしれませんけど、皆他にも同じくらい大事なものがあるんで。その中にぽつんと音楽があるっていうか。 ——なるほど。人生の為の音楽、という事ですね。共存というか。 そうですね。いつも隣にいて欲しいものって感じですかね。 ——人生といえば、プライベートな部分も伺えますか。友人、パートナーや、将来的に結婚なども考えている? え、そういうのも聞くんですか。 ——特集のテーマが「この町で生きる」なので。定住という意味でも。 まぁ、そうですね。今は一緒にいてくれる人がいてありがたいなと思ってます。職場の人達もそうだし、バンドのメンバーなんて特にそうだし。生きる事を共にしてくれるというか。働ける場所があって毎日ちゃんと食べる事ができて、好きな音楽やってって感じで。それで十分かな。そういう感じで、ここで生きていけたらいいなと思ってます。 ——素敵ですね。ちなみに決まったお相手が? ちょっとこれ誘導尋問じゃないですか(笑)ノーコメントです(笑) ——(笑)今日は長い時間ありがとうございました。ところでお店で会ったらコーディネートってお願いできるんですか? あんまりそういうお客様はいないですけど(笑)是非是非。ライブも良かったらみなさん来てください。 sns 八月一日来夏  / raika_0801 THE Hodgepodge / THP_ Random_Assembly

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