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『落葉』
随分と帰りの遅かった山田が、こちらの足元に突き刺さっていた空の容器を引っこ抜くわけです。
少し思い当たる節があるのですがね、二人が毎日のように身体の中に流し込んでいる、ベタベタに甘ったるい匂いの漂う、怪しげなマークが目印の缶。あれはこんな味なんじゃないかと考えたわけですよ。
黒黒紫白黒とその空き缶が大事なもののように台所の小窓の桟に並んでいるわけです。
二人が揃いも揃ってこちらへにじり寄ってきましてね、何やら色の鮮やかな、じつに怪しげな液体が入った容器を、私の足元にまたぞんざいに差し込むんですね。
「なにそれ」
「なんか見つけて。水あげてるのにね」
「夏に弱いのかな?」
「外出した方が良さそう」
そんな事をね、何やらコソコソとした調子で話すんですよ。
どうしてでしょうね。こちらにわざわざ背中を向けた状態で展開される会話というのはその全てがまるで陰口のように聞こえてしまうもので、まぁ、私の被害妄想かもしれませんけれどね。
山田は今夜も栄養価の欠片もないような菓子パンを腹に入れたわけです。実に見るに耐えん。
最近ずっとこの調子じゃないか。
来夏との飯はどうしたっていうんだ。
このところあいつは昼も夜も働き詰めではないか。とうとう借金でもこさえたか。
ああ、あれか。ろくに挨拶もできんような現代の腑抜けた出来損ないが昼夜どちらからも続け様にバックレたと小耳に挟んだ醜聞のことか。そりゃお前、朝は朝で軍隊の如く整列させられて声が小さいなんて言われるせいで、夜は夜で酒飲み場の店長の罵詈雑言のせいだろうよ。来夏がいつも自分は物分かりの良い菩薩であるかのように「慣れたら楽なんだけどねえ」などとへらへらと擁護しているではないか。
今の若輩どもはちょっと突つかれればすぐにハラスメントと簡単に喚き散らすらしいからな。ま、こんな能書きはそこの液晶テレビという阿呆の箱から垂れ流されていたのを盗み聞きしただけに過ぎんのだけれども。
どうにもこうにも最近の私はこのお喋りの衝動が抑えきれず自分でも困惑しているのですよ。何せ舌が止まらん。ベラベラベラベラとまるで薄っぺらの政治家のように言葉を吐き出し続けるものだから、肉体を少しばかり削ぎ落とせばいくらかはマシになるかと手先を落としてみたのだけれど、どうもね。やっぱり調子塩梅がよろしくない。
テレビ。そう、テレビ。これがいかんのかもしれん。最近は特に戦争だの紛争だのと聞いていて精神衛生上よろしくない。これでお偉い誰かの懐が潤っているのだとしたら実に不条理で腹立たしい話であろう。そう考えれば来夏も山田も随分と健気なもんじゃないか。
来夏と山田という、愚かで浅はかでつまらない人間が住まう部屋で、私もまた、生きているという紛れもない事実に、なぜだか妙に身が切れそうになるのですよ。
それは夏の人工的な冷えた風に、窓の外で秋の枯れ草が舞うもの悲しさに、冬の窓辺に現れる不潔な結露に、どこからか入り込んだ薄桃色の花弁に。それは朝の気取ったコーヒーの芳香、一人の昼の安物カップ麺の化学調味料の香り、そして夜のあの二人のこの世で最も生産性のないくだらない会話に。
どうした事か近頃記憶の葉脈は複雑極まりなく絡まってしまって、桐の箪笥の引き出しから何から何までひっくり返したようにあれもこれもと浮かんでくるわけですよ。
まあ、私自身の記憶はといえば、そりゃあもう、どえらい粗末に扱われておったわけですが、そこに一人、気まぐれかつ脳のネジが数本抜け落ちたような男がいましてね。私のこの手をですね、こう、ボキボキと、何の躊躇もなく捥ぎ取りやがりまして。まぁ、寝るより食うより儲け話が好きな男でして。私を売るようになんでもかんでも売るのですよ。拾った石のように生も春も男も女もです。快楽という怪物の前には男も女も道徳も法律もへったくれもありませんからな。ははは。人間というのは昔から愚かな生き物ですが、こればかりは流石の私も少々羨ましく思いますよ。いわゆるせっくすというやつですか。いやあ実に興味がありますな。人間の、あの理性を失った喘ぎ声ほど無様で情けないものはこの世に存在しませんよ。
同時に、なんだお前偉そうな顔をして中身はただの発情期の畜生じゃねえかよと。動物なんですよ。結局。精神が通じ合えるだけではその強欲な自己は満たされきれんというのだから人間は好きになれんのですよ。全く贅沢極まりない。
贅沢という観点から言わせていただければ、まあ、それがどれくらい前のどの記憶かなんて私はもうさっぱりわかりはしなくなりましたが、私の一部がどっかの爺の手に渡り、さらに違う婆の手に渡り、渡って渡って、いよいよこれで終わりかと思ったら、それが驚くほどまるで国宝でも扱うかのように大切にされ面食らっている間に、気がつけばあちこちそっちこっちあっちゃこっちゃとハサミでもって切り刻まれてそのあたりからいよいよ自分という存在が消え何者であるかも分からなくなってですね。ただただざぶんざぶんと荒波に揺られてここまで来た訳ですよ。なんやかんや言っても現にこうしてみっともなく生きてきちゃったんでこれで良しとしなければやってられんでしょう。頭なんていうものは持ち合わせておらんのに頭がおかしくなっちまったんですよ。自分というやつは。
おや。あら、なんてこと。
足がくさってい
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