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第3話 ネオチルドレン計画
「君は今日からここで暮らすんだ」
白衣を着た男がそう言った。
向かいでへたり込んでいる子供は幼い、ぐずぐずと鼻を鳴らして泣いている。
「ママは……、パパはどこ?」
「君をここに預けて出て行ったんだ、今日からここが君の家だよ」
「やだ、かえしてよ」
「ここが君の家だと言ったろ。……君が帰る場所はここだ」
「やだ、パパ!ママ!どこ?」
「……聞き分けが悪い子は、罰が必要だな」
男は子供の腕を掴んで室内に押し込んだ。そこは広くも狭くもない真っ白い空間だったが、まるで二度と出る事ができない頑丈な檻に見えた。
「やだ!出して!たすけて!」
子供は泣きじゃくって、外の男に何度も何度も懇願する。すると男はうっすらと表情の読めない笑顔で笑った。
「ここから出たい?」
「出たい!出して!」
「それなら、」
扉が開く、入ってきたのは……
「戦って、己の価値を示してみせろ」
――――――
ネオチルドレン計画というものがある。
この国は魔力が多い人間が多く生まれる傾向があり、その潤沢な魔力や優秀な人材を持って豊かな国たり得ていた。しかし年々、国民の魔力量は減少傾向にあり国の中枢にいる人間は国力の低下を憂い焦っていた。
そんなある日、国に仕える研究者が一つの仮説を立てた。
過去、絶大な魔力をもつ偉大な魔術師がいた。その魔術師は子供の頃、事故に遭い魔力を暴発させた。一面が消し飛ぶような魔力暴走だったらしいが、その後その子供は自分の中に絶大な魔力があることに気づく。それは事故に遭う前の数十倍にもなったという。
その魔術師の伝記を読んだ研究者は、魔力の器が形成され切る前、幼児期に魔力暴走を起こすことで絶大な魔力をもつ魔術師を造ることができるのではないかと考えた。
ネオチルドレンとは次世代の子供、という意味だそうだ。この計画は「ネオチルドレン計画」と名付けられ、秘密裏につくられた研究所でその非人道的な実験は開始された。
魔力の多い孤児や、高名な魔術師を輩出した名家の子息を勧誘し研究所に入れる。勧誘に乗らない場合は、事故に装い誘拐したり金を積んで差し出させたらしい。
幼児期に危機的状況を作り魔力暴走を起こさせる。そんな限定的な状況がうまく作れるわけがなく、作れても魔術もろくに使えない子供が対抗できるわけなく、ほとんどの子供は死んだ。
ほんの一握り、生き残った子供は魔力量を大幅に増やすことに成功した。が、どの子供も病弱になり成長が遅れ、やがて弱って死んでいった。大きくなりすぎた魔力の器に体が追いつかないのだと、研究者は判断した。そしてその研究は失敗として、誰にも知られることなく闇に葬られた。
はずだった。
――――――
「被験体、No.264、第48試験、」
あの日、俺の地獄は始まった。そしてそれは今も、続いている。
後ろの扉から、鎖に繋がれた猛獣が入ってくる。口輪をされて暴れているその獣は薬でも打たれているのか、異常に興奮しているようだ。
(かわいそうに、お前も元は穏やかな獣だったのか)
「開始」
襲いかかってくる猛獣を正面から見つめ、まっすぐ手のひらを向ける。
「せめて苦しまないように、いかせてやるよ」
高出力の風の刃が目に見えない速さで出力され、猛獣の首を落とす。
「終了、コンプリート、パーフェクトです」
電子音の人工音声が部屋に響き、背後で扉が開く音がする。
猛獣に近寄り、もう動かない頭を撫でる。
「ごめんな」
クソみたいな、毎日が。また始まった。
「リヒトにぃ強すぎだろ~!俺あのわんわん一人じゃやれないよ~!」
「まぁ、俺風魔術得意だし」
「いやいやいや、俺のが得意なはずなんだけど!俺風魔術しか使えないのに負けてんのやばいわー!」
「リヒトにぃは全属性いけるもんねぇ」
ここは「希望の家」の教室、孤児や学舎に通えなかった子供たちが登校しており教室内は多くの子どもで溢れている。「希望の家」は「ネオチルドレン研究所」の表の顔、寄付を募るための慈善教育施設として日々活動をしており研究所は地下に希望の家は地上にある。擬似的でも普通の生活を送らせることが心身の安定に必要と研究所の奴らは考えているらしく、ここでは俺たちも生徒の一人として生活させられている。
「フウラ、動かないで。怪我治すから」
「スイ~~~!優しい~、好き~!」
「エンヤとチリは?」
「エンヤは実験で結構大きい怪我して、できる限り治療はしたけどまだ起き上がれないの」
「……チリは?」
「熱出してる」
「……そっか」
教室にいるのはスイとフウラ、ライラの3人でエンヤとチリは欠席、誰かが登校できないのは珍しいことじゃない。
俺たちは、過去の計画の残骸、ネオチルドレンのなり損ない。魔力を増やすために定期的に檻に入れて戦わされる。相手は猛獣だったり、死刑囚だったり、異国の兵器だったりする。俺たちはもう幼児という年齢ではない。この実験にほとんど意味がないことは、みんなわかっている。それでも地獄は終わらない。
過去の実験を生き残った俺たちは、それなりの魔力量をもつことには成功した。でもみんなどこかしら体が悪い。熱を出したり、食事を体が受け付けなかったり、手足が痛んで歩けないこともある。慢性的な倦怠感と食欲不振で、発育が悪く年齢よりかなり幼く見える。そう、やっぱりこの計画は失敗でしかないんだ。それでも大人たちが計画を続けるのは、俺という成功例を大人たちが夢見てしまったからだ。
「……今日、チリに菓子持ってってやるか」
「うん、そうだね」
魔力量が多く、全属性に適性がある。そして普通の子供とほとんど変わらない体。計画の唯一の成功例が俺だった。
(妬ましいだろうに、こいつらは一つもそんな感情を俺に見せない)
少しでも嫌なやつだったら、嫌いになれたらこんな悲しい気持ちにならなかったのだろうかと考える。いつか離れ離れになる想像をして、死にたくなることもなかったんじゃないかって。
普通の人生を送って、人並みにみんなが持ってる幸せってやつを与えてやりたい。それだけを願ってこの地獄を生きてきた。
「キンド様だ!聖人様だ!」
教室が騒がしくなる。背の高い、白い服を纏った男が教室に入ってくる。あの服はカソックという神官服らしい。
地獄のボスが、気が狂った男が、神に使える神使だなんて笑える。
以前の俺はあの男が大嫌いだった。過去にどんな偉業を成し遂げた魔術師であったとしても、俺たちにとっては殺したいほど憎い敵でしかない。アイツはこの地獄を作り出している張本人なのだから。そんな地獄の主に近づくのも会話をするのも吐き気がするほど嫌だった。
だが、それではいけないんだ。
「けっ!何がキンド様だ、あんな頭のおかしい男に群がってどうかしてるぜ」
「外面だけはいいからね、本性なんてここにいる誰も知らないよ」
「あのくさった中身がわからないなんて~」
ボロクソである。以前の俺はここにいる誰よりも、遠慮のない言葉で罵詈雑言を連ねていた。まじで大嫌いだったからな、まぁそれは今も変わらないが。
「お前ら」
「「何?」」
フウラとライラがハモらせて返事をする、スイは小首を傾げている。
「俺を信じられるか」
「「「うん」」」
俺の兄弟は俺が大好きだ。一瞬の迷いのない返答に笑みが溢れる。
「これから俺がすることは、全部俺たちのためだ。黙って見てろ」
そう言い残して席を立つ。
以前の俺は攻撃魔法を極めることを目標とした。いつかここをぶっ壊して、みんなで逃げ出してやるとそう考えていたから。でも、それじゃダメだった。
俺はもう間違えない。
「……キンド、……………………様」
「…………………リヒトくん?」
明らかに警戒されている、今まで毛嫌いして視界に入れるだけで全力で殺気を飛ばして来た相手が敬称付きで名前を呼んできたんだ。そら、何を企んでるのかと思うだろう。
でも、俺は知ってるんだ。お前の本当の目的を、願いを。
お前は断れないはずだ。
「俺に、治癒魔術を教えろ……、ださい」
やべ、ミスった。
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