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第7話 幕間 すべてを壊した日(リヒトの回想)

    「………………誰もいなくなっちゃったな」  暗く冷たい部屋に、俺の兄弟、クロノスを除く5人が眠っている。並んだベッドに横たわる彼らは、もう目を開けることはない。   「起きろよ、ばか」  いつも俺の両脇で喧嘩してたライラとフウラも、そんな様子を困った顔でみていたスイも、一緒になって大騒ぎするチリも、馬鹿だなーって笑いながら止めてくれるエンヤも、……もうみんな、動かない。  ネオチルドレンの衰弱は年々進み、だんだん実験もままならなくなった。立ち上がれない日が増えて、ベッドで横になる時間の方が多くなっていく。食べ物も食べてはもどしてしまうから、どんどん痩せ細っていった。  最初にスイ、次にフウラとライラ、チリ、そして今日エンヤが眠りについた。   「最後まで、……俺のことばっかり」  ポロポロ、涙がこぼれ落ちる。  エンヤは最後に言った。 「俺たちは兄弟だ、離れてもずっと一緒、魂はお前とともにある」  (そんなこと言ったってさ、お前もう俺の頭撫でてくんないじゃん)  眠る兄弟たちは、綺麗な顔で目を瞑っている。今でもパッと目を開けて、何泣いてんだよと笑ってくれるんじゃないかと、錯覚するような美しい寝顔。   「……っ、……ぁ」  膝が崩れ落ちる。動かない体に縋って、泣き喚く。  幸せにしてやりたかったのに。ここを脱出して、小さな部屋を借りて。貧しくてもお前らがいれば、きっと幸福だったのに。 「……ぅ、あぁ……ぁ」  あと少し、あと少しはやく動けていればとそう悔やみながらも、俺にはこいつらの衰弱を止めることはできなかったろうとも思う。  俺は無力だ。  全属性に適性があって、溢れる魔力を持っていたって、結局は紛い物、造りものの偽物。何もできやしない。    泣いて泣いて、涙が枯れたころ、ゆっくり立ち上がる。 「最後の約束、……守らないとな」  だれもが寝静まった深夜、希望の家の敷地内にある礼拝堂に向かう。  女神像の裏、石畳をどかし現われた階段を下ると、うっすらひかる魔法陣と繊細な細工が施された鏡が飾られていた。  敷地内の攻撃魔法の使用を封じる結界、ここを抜け出すには結界の破壊が必要だった。用心深い研究員達からこの場所を探り出すのは容易ではなかったが、見つけてしまえば破壊は簡単。 「あっけない、終わりだ」  持ち込んだ小ぶりのナイフを振りかぶり、鏡の真ん中に振り下ろす。    キィン    遠くで、何かが割れたような、微かな音が響く。魔法陣は光を失い、ただの床の模様になった。  割れて粉々になった鏡を見下ろし、胸に去来する虚しさを飲み込む。  脱出はいつでもできた。それこそ、この場所を見つけた時、その日にでも。  でも、 「一人で出たって、意味ないのにな」  結局、最後は俺一人。くだらないエンディングだ。    魔法陣を見つけた日、俺はすぐエンヤに報告した。エンヤはベッドから上半身だけ起き上がって、こけた頬で、土気色の顔で笑った。 「おぉ、結界の魔法陣を見つけたか、すげぇな!さすが、俺らのリーダーだ!」  声を出すのも辛いだろうに、エンヤは明るく振る舞う。 「みんなでここを出よう、俺が連れてくから!」  痩せ細った手を握って、必死で伝える。 「あぁ、そうだな。……ここをでて、お前は自由になれ」   「………………は?、なんで、みんな一緒に」 「一緒には、行かない」  エンヤが真剣な目で俺を見据える、次いで部屋で眠る兄弟たちをひとりひとりゆっくり眺めていった。 「スイもフウラもライラもチリも、もうみんな動かない」 「……でも、外に出たら!」 「これは、そういうもんじゃない。お前もわかってるだろ?」 「……っ、」    そんなこと言うなよ。お前にそれを言われたら、俺はもう何にも言えないだろ。  俯く俺の頭をエンヤが撫でる。いつもの力がこもったわしゃわしゃしたやつじゃない、愛しむようにその手は動いた。   「みんなな、いつかこうなる日が来るって、わかってたんだ。お前を残して俺たちは死ぬ」 「……!死んでない!心臓だって、まだ動いてる!」 「いや、死んでるんだよ」  エンヤの声は冷たく響いた。 「キンドの魔術で心臓はかろうじて動いているだろう。でも意識はない、あいつらの魂は、もうここにはない」  耳を塞いで、かぶりを振る。聞きたくない、そんな話。  気づかないように隠していた事実を、容赦無く眼前に突きつけられた。心臓が血を流しているかのように、胸が痛い。   「お前が連れてってくれ」 「……え」 「俺たちの魂を、一緒に外の世界に連れてってくれ」  いやだ、聞きたくない。これ以上、聞きたくない。 「俺が死んだら、お前はここを出ろ。その時、全てを燃やして、灰にしろ」 「……、そ、そんなことしたら、お前達も……」 「ここに残ったって、キンドにいいように使われるだけだ。魔力を抜き出すための道具にでもされるかもしれない」 「い、嫌だよ!なんで……!」 「みんなで話し合って決めたんだ」 「エンヤっ!」 「俺達は兄弟だ、離れても魂はずっと一緒だ」 「……っ」 「俺たちを、外の世界に連れてってくれ、……………俺たち兄弟との、最後の約束だ」    ゆっくり階段を登る。礼拝堂に出ると、そこにはキンドが立っていた。結界を壊されたというのに慌てた様子もない凪いだ表情で、静かに俺を見ていた。 「君は、ここを出ないと思ってました」  キンドは口を開く。 「兄弟を、君はおいてはいかないと」 「……………………」  返事をする義理なんてない、なのに勝手に言葉が溢れた。 「やくそく、したから」  エンヤ、お前は魂は一緒にあるっていうけどさ。そんなの俺には見えないし、やっぱり俺はひとりぼっちってことじゃん。 「……約束、ですか」  お前らはきっと天国で一緒に過ごすんだろう、ずるいよな。   「君の兄弟は、君を自由にしたいんですね」  俺だって、本当はわかってる。  彼らの体が残る限り、俺はここを出られない。いつか目を覚ますかもしれない、キンドが治せるかもしれない。  きっと、そんな希望を捨てられない。  だから、約束だと言って、自分たちの体を消そうとした。全部、俺を自由にするために。   「荒唐無稽で雲を掴むようなわずかな希望でも……」  キンドがゆっくり語り出す。その声色は、今まで聞いたことのない、絶望の淵から響くような、そんな声だった。 「捨てられない。人間は、そう言う生き物だ」  声が、言葉が、耳にまとわりつく。 「愚かな、生き物だ」  キンドの突き刺すような視線に、一歩下がる。  一歩、また一歩とキンドがゆっくり近づいてくる。 「俺がいるかぎりお前の兄弟は生き続けられる。  ……だからお前は、俺を殺せない」  歩を進めるキンド。もう、そこまできている。    そうだ、こいつを殺したら、みんなはもう。  手が伸びる、  その手が俺に触れる 「……っ、ご、ぼ」  体ごしに女神像の足元が、見える。  氷の槍がキンドの体を貫いた。    静かに涙が、頬を伝う。   「………………ら、」    これでもう、2度とあいつらに会えない。  それでも、   「俺は、……あいつらの、…リーダーだから」  約束したから。    お調子者のフウラ、のんびりやのライラ、穏やかなスイ、やんちゃなチリ、熱血で情熱的なエンヤ  みんなの顔が浮かんでは消える。  これで、本当にさよならだ。    キンドが倒れる。夥しい量の血が、礼拝堂の床を染める。 「……い」  礼拝堂を後にしようとする俺の背に、キンドの消えそうな声が届く。   「お前は、……誰も、救わない」  振り返り、死にゆく男を見下ろす。 「お前が、……俺の、希望だったのに………………」  男はそう言って、血溜まりに顔を伏せた。  (誰も救わない)    (そんなの、……俺が一番わかってるよ)      希望の家の敷地外に出る。深夜、静まり返ったその場所を、10年暮らした家を呆然と眺める。  両親から引き離され突然連れてこられて、わけが分からないまま殺し合いをさせられた。痛いし、苦しいし、生き物を殺すのは恐ろしい。早く出ていってやるとそう思えたのはほんの一瞬で、ずっと死んでしまいたいと終わらせてしまいたいとそう思ってたのに。  兄弟が出来て、人と過ごす楽しさを知って、幸せってこういうものかとそう思った。  成長してから増えた弟は、手がかかって、甘えん坊で、寂しがりで、抱えきれないほどの愛を俺にくれたから。こいつだけは絶対に助けてやるとそう誓った。今はどこにいるかわからないけど、きっと幸せに過ごしていると、そう信じてる。  この10年、いろんなことがあったこの場所。全部無くしてしまうのはやっぱり悲しい。胸が張り裂けそうなほどに、苦しい。    手のひらに魔力を込める、ゆっくりゆっくり、炎と風の魔力を混ぜ合わせ大きくしていく。  手が、足が震える。つい、しゃがみ込んでしまいそうになる。  今燃やそうとしているこの場所には、俺の兄弟が眠ってる。  俺が、あいつらを殺すんだ。 「……っ、ぁあ……」    魔力を込めた右手を左手で支える。震える手で照準を合わせて、そして 「……さよならだ」    その日、俺はすべてを壊した。        

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