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第8話 甘えん坊の子犬
「ねぇきみ、お名前は?」
「クロノス……、シュバルツ」
「へー!カッケー名前じゃん!何才?」
「8才」
「お前属性は?」
「……風と、水と地」
「へ~、いいねぇ。3つもあるの!」
「……………………ねぇ」
「どうした?チリ?」
「近くない!?!?!?」
チリの大声が、教室に響き渡る。
「チリ、声でけぇぞ」
「いやいやいや、なんで当たり前のように膝乗ってんの?!リヒトのお膝は椅子じゃありませんけど!」
「別にいいよ。突然こんな場所に連れてこられて、不安なんだろう」
「……リヒト、……俺怖い……」
「はー!わざとらしー!!!絶対演技だろ!このガキ!」
「……ちっ」
「ハァァアアア!?今こいつ、舌打ちしやがったぞ!!!!!!」
どうどう、双子が荒れ狂うチリを宥めている。盛り上がる周囲をよそに、俺は過去の記憶を思い起こす。
死に戻る前、希望の家を燃やしてから捕まるまでの間に俺はクロノスの行方を調べていた。弟に一目会いたいという純粋な思いからだったのだが、発覚した身元があまりにも高貴な家柄で驚愕したのを覚えている。
クロノス・ジュバルツ。魔術の名家、シュバルツ家の一人息子。シュバルツ家は過去に国を救う偉大な魔術師を輩出したとかで、王家に連なる高位のお家柄だった。外部に漏れないように秘密裏に伝承している魔術があるとか、ないとか。その辺の噂話は掘ればどんだけでも出てくるので、結局真相には辿り着けなかったが。
(前の俺はクロノスが魔術師の家の子ということしか知らなかったから少しも疑問に思わなかったが、このタイミングでキンドが連れてきたのであれば、クロノスに何か特別な能力があると考えるのがどおりだろう)
「……死者蘇生の、魔術?」
いや、そんなもの、存在しないか。
「リヒト、なんか言った?」
「いや、なんもねぇよ」
「ねぇ、なんで呼び捨てなの?リヒトにぃでしょ?」
「ははは!ヤキモチは見苦しいぞ!!」
「ふふ、チリ。怒ってないでこっちおいで」
「おい、チリ俺の胸も空いてんぞ」
「ヤキモチは見苦しいぞ、エンヤにぃ」
相変わらず騒がしい俺の兄弟たち。その喧騒の中、膝の上でポツンと下を向いているクロノス。疎外感なんて、お前は感じる必要ないんだぜ。
「みんな仲良いだろ」
「……うん、兄弟なんでしょ?」
「そうだよ、クロノスは末っ子」
クロノスが驚いたように、俺を見上げる。
「俺、血つながってないよ」
「そんなん、俺たち一人も繋がってねぇよ」
「そしたら、他人じゃないの?」
「血のつながりだけがすべてじゃないだろ?」
クロノスのふっくらした頬を、ぷにっと摘んでやる。
「お前は俺の弟だよ」
例えお前が、殺したいほど俺を憎んでいたとしても。
「リヒト……?」
「いや、……なんでもない」
これは死に戻る前のクロノスの話だ、今のクロノスには関係ない。
それでも突き刺すように胸が痛むのは、愛した弟に憎悪を向けられながら死んだあの場面を、未だに受け入れられていないからなんだろうか。
ふわっと、あたたかいものが頬に触れた。
クロノスが俺と向き合う形で座り直して、両手で俺の頬を包んでいる。
「リヒト、どっか痛いのか?俺がなおしてやる」
真面目な顔で言うクロノスに、面白くなる。お前、治癒魔術適性なくて全く使えねぇだろうが。
「はははっ!そうだな!治してもらおうかな!」
「まかせろ!で、どしたらいいんだ?!」
「知らねぇのかよ!」
チリがつっこんでいる。初めてできた弟に、なんやかんやこいつが一番嬉しそうだ。
しばらくして、チリと戯れあっていたクロノスは電池が切れたように眠ってしまった。
眠るクロノスから目を離さず、俺は兄弟に告げた。
「……………クロノスは、実験を受ける前にここから逃す」
殺し合いをさせられて、魔力暴走が起きて。もしそうなったら、俺の魔術で生き延びられたとしてもクロノスの心には大きな傷が残る。
絶対にそんなことにはさせない。死に戻る前と同じように、逃してみせる。
「うん、僕もそう思っていたよ」
「お前のおかげで俺たちの体はほぼ健康体だ!なんだって言え」
「そうそう!俺たちだって強くなったよ!」
「僕も~!」
「仕方ないよね!だって僕はおにぃちゃんだから!」
「はは、みんなありがとう」
ただ、難しいのはタイミングだ。
「ネオチルドレン計画のルールに沿って進むなら、10才になるまでは実験はさせずこの教室で魔術を教えるだろう」
「そうだね、無理な実験で子供が死にすぎたから。このルールはきっと変わってないはず」
スイが隣で頷いている。
「いつ逃すか、というはなしか?」
エンヤが返す、年長組は話が早い。
「そう、できれば2年後」
「2年後?結構先だね?」
「なんで~?」
「それは……、」
死に戻る前の話。
クロノスが来て半年の後、俺たちはクロノスを研究所から逃した。逃亡できないように敷地内に貼られた結界を、極大魔法でぶっ壊して。(あれから結界は強化され、何倍も強固にされてしまったが)
クロノスと一緒に過ごした期間は半年と短かったが、よく懐いていたから逃すときは説得するのが大変だったのを覚えている。いつかお前が最強の魔法使いになったら俺たちを助けに来い、そう言って説得して無理やり送り出したもんだ。
(そしたら本当に最強の魔法使いになるんだから、こいつはすごい男だよ)
俺が処刑されたとき、クロノスは王に仕える最強の魔術師団、「灰の塔」の一員になっていた。まぁ助けに来ると言っていた弟に逮捕されて、そのまま処刑されるんだからなんだかなぁと言う感じではあるが。
でも俺を捕まえたクロノスはちっとも幸せそうではなかった。クロノスの両親はクロノスが家に戻って1年半後、クロノスの10才の誕生日に何者かに殺害されていた。俺はクロノスを再び狙ったキンドたちの仕業ではないかと思っているが、真相はわからない。その日を境にクロノスは家を捨てただひたすら魔術を磨き、仇を探すために魔術師団に入ったという。
(クロノスを幸せにしたいなら、クロノスを逃すだけでは足りない。クロノスの両親の殺害を阻止しなければ)
と言っても、犯人もその目的もわからない。
もしキンドがクロノスを取り戻すために両親を殺したのであれば、クロノスをそのまま両親の元に帰すのは危険だ。いくら両親が優れた魔術師であっても、クロノスに自衛する能力がなければ守り切れない。クロノス自身が強くなる必要がある。
クロノスは魔術師の中でも両手で数えられるほどしかいない「灰の塔」の魔術師になった男だ。素養は間違いない、鍛えればきっと俺を超える魔術師になる。
もし殺人犯がキンドではなかった場合が厄介だが、クロノスの10才の誕生日に事件が起きたというのが気にかかる。魔術の世界では魔力の扱い方を体が理解する10才が大きなターニングポイントとされ、ほとんどの子供がこの時期に本格的に魔術を学び出す。もしこの10才の誕生日に何か特別な意味があったとしたら、そこで起きる事件を未然に防ぐ必要がある。
(となると2年間クロノスをしごいて強くして、10才の誕生日の直前にみんなで脱出、その足で両親を救出するのが最適解か?)
俺は死に戻る前に、すでに結界の在処突き止めている。だから実際のところ今から逃げようと思えば兄弟全員連れて逃げることもできる。でもクロノスは、恐らくキンドの悲願「死者蘇生」にまつわるなんらかの能力を持っている、もしくは持っていると思われている。このまま逃げてもクロノスだけはきっと逃してもらえない。それじゃぁ、意味がない。
「んん、」
クロノスが膝の上で身じろぎする。
「…………かぁさん、とおさ…ん…、」
両親を呼びながら、涙を流すクロノス。
頬を滑る雫を、優しく拭ってやる。
「お前ら、俺を信じられるか?」
「「「「「もちろん」」」」」
兄弟揃って、清々しいまでの即答。
死に戻ってからの俺の言動は、何も知らないこいつらにとって理解できないことも多かったはずだ。それなのにこんなに真っ直ぐに俺を信頼してくれる。
(本当に、最高の兄弟だよ)
「今から約2年後、太陽の季節の8日目に全員でこの地獄から脱出する」
何一つ、奪わせはしない。今度は絶対に、守ってみせる。
俺はそのために死に戻ったのだから。
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