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第9話 希望の家での日々(クロノス視点+α)

 リヒトを初めて見た時思った。   「この人だ」と。    初対面なのにその腕の暖かさを知っているような、胸があったかくなって、走り出したくなるようなそんな気持ち。  それと同時に、チクチクした胸の痛みも。  リヒトの顔を見るとポカポカと幸せな気持ちになるのに、どうしようもなく涙が出た。  あのときの感情の理由を、俺はいまだにわからないでいる。      この希望の家に連れてこられて、もうすぐ1年。  俺は魔術の名門、シュバルツ家に生まれた。シュバルツでは魔法が全てで、毎日厳しく教育されて常に結果を出すことを求められた。  そんな生活が息苦しくて、嫌で嫌で仕方なくて、俺は何度も屋敷を抜け出して街をぶらついていた。そんなだから簡単に誘拐されて、ここに連れて来られてたんだけど。  ここのボスはキンドという背の高いおとなしそうな優男で、とても悪いことをするような人には見えなかった。だから最初ここに連れて来られたとき、サボってばっかで出来損ないの俺を両親は捨てたんだとそう思った。  そうして落ち込む俺を慰めてくれたのは、この施設に暮らす子供たち、そのリーダーリヒトだった。  リヒトは俺に、ここに住む子供はみんな兄弟だと言ってくれた、一緒にいようと。  最初から好感度MAXだったリヒトに優しく甘やかされた俺は、誘拐されたと気づいた時ですら危機感も絶望感もなかった。  ここで魔術鍛えて、帰ったらみんなをびっくりさせてやろー、それくらいの感想だった。    魔術の勉強ばっかで親にすら甘やかされた記憶がなかった俺は、人生で初めてできた兄にそれはそれは全力で甘え倒した。  俺はリヒトが好きで好きで仕方がなかった。  でもそれは他の兄弟も一緒、みんな優しくてかっこいいリヒトが大好きなのだ。  特に年が近いチリとはリヒトを巡って喧嘩をしては、揃ってリヒトに怒られていた。チリが喧嘩をふっかけてくるのに、俺まで怒られるのは納得いかないんだけど。  そして今日もなんだかんだチリと二人、運動場に腰を降ろしてリヒトを眺めていた。 「リヒトって、やばくね?」  リヒトに吹っ飛ばされるライラとフウラを見て俺はつぶやいた。  隣に座るチリが、今更何言ってんだこいつ、と表情で訴えてくる。いや、言葉で話せよ。 「何を今更、リヒトがやばいことなんて、最初からわかってることでしょ」 「いや、それはそうなんだけど」  フウラとライラの2人がかりでも、まったくリヒトに歯が立たない。軽くいなして、笑ってる。  俺のにいちゃん、つよすぎる。    希望の家は、お金がない家の子供がタダで教育を受けられる学校、らしい。みんな授業が終わったら各々の家に帰っていく。  でも俺たち兄弟はみんな、この施設で寝泊まりして暮らしている。  詳しいことは教えてもらえなかったけど、みんな俺みたいに子供の頃に連れて来られてそのままここで暮らすようになったらしい。    一緒に過ごすようになって、すぐわかった。この兄たち、とんでもなく魔術が上手い。  得意属性に全振りしているけど、魔力量とセンスがずば抜けてて、多分俺の親とか先生より魔術師としてのレベルが高い。  魔術師が誰もが夢見る「灰の塔」の魔術師にも負けないと思う。それくらい、今まで見てきた魔術と全然違った。  ただ魔力を放つだけじゃない、それを応用する力が、想像力が普通じゃないんだ。  例えば、フウラとライラは自分の得意魔法の風魔法と雷魔法を組み合わせて嵐を作って遊んでたし、スイは空気の温度と光の屈折を利用して幻影を作ってしつこいアプローチをかわしていた。チリは土魔法で人形、生き物、武器から建物まで、本物そっくりに作っては兄弟をびっくりさせてたし、エンヤは炎の出力と濃度を調整して爆発を起こしてサクサク畑を耕してた。  俺が習っていた魔術はなんだったんだろうと、言いたくなるくらい兄たちの魔術は自由で、その可能性は無限だった。    そしてそのとんでもない兄弟の中でもさらに飛び抜けていたのがリヒトだった。  全属性に適性があり、どの魔術も高水準、それだけじゃなくて一度見た魔術は忘れないらしく、完璧に再現しては簡単じゃんと笑っていた。多分リヒトが再現できない魔法はないと思う。恐ろしすぎる。  それにキンドに習った(大嫌いだけど腕は確かだからいやいや教えてもらったらしい)無属性の治癒魔術は、方法を説明されても目の前で実演されても、まったく意味がわからなかった。俺が見たことがある治療魔術の常識がひっくり返るくらいに、その治癒はすごかった。    俺の孤独を吹き飛ばして魔術の楽しさを教えてくれた6人の兄たちに、俺は感謝しているしそれと同じくらい尊敬している。  それでもやっぱりリヒトは俺にとって特別だった。  笑ってる顔を見ると幸せになるし、怒られると地の底にめりこみたくなるくらいに悲しい。一緒にいて優しくしてもらうと天に昇りたくなるくらい最高な気分になるけど、俺以外にばっか構っているのを見るとなんだかモヤモヤしてくる。  リヒトといると俺の頭ん中は大騒ぎだった。    俺たちがリヒトを大好きで、リヒトも俺たちが大好き。それなのに、なんでだろう。いつも不思議に思う事がある。  運動場で戯れる兄たちを眺めながら、俺はチリに話しかける。 「リヒトは俺たちが大好きだよな」 「急になんだよ」 「それなのに、愛されてるって思うのに、なんか寂しい感じがするのはなんでだろう」 「何言ってるかわかんねぇぞ」 「ンンンンン…」  うまく言葉にできない、こんなんじゃ伝わんないか。 「でも、まぁ、なんとなく言いたいことはわかる」 「!?」 「リヒトは多分、俺たちを大事にしすぎて、他のものを大事にできなくなっちゃったんだよ」 「……どういう意味?」 「ん~~~、伝えるの、難しいなぁ」  首を傾けるチリ。 「例えばさ大好きな人たちが死にそうになってたら、何をしても助けたいって思うだろ?」 「うん、思う」 「でもそれがずっとずっと続いて、助けたいのに何もできなくて、毎日自分に絶望するような日々が続いたらどうなると思う?」 「……それは」  考えるだけで胸がつぶれそうになる。 「自分には価値がないって、役立たずだって思っちゃうんだ」 「……そんな、投げやりな感じはしないけど」 「うーん、投げやりとはちょっと違うな。無意識に自分と周りを切り離して考えてるっていうか。俺たちはリヒトと一緒にいるから幸せなんだって、リヒトは気づけないんだ」  チリの言葉は抽象的で、でもすっと自分の中に落ちてきて。俺は自分が感じていた違和感の正体に気づいた。 「リヒトの未来には、俺たちがいないんだ」 「……クロノスも、たまにはいいこと言うじゃん」  愛してくれてると感じるのに、大事にしてくれてるとわかるのに、どうして俺はリヒトとの未来を想像できないんだろう。  目に見えない、言葉には現われない、静かな拒絶がリヒトにはある。  きっとこれは俺だけじゃない、兄たちもずっと感じてた悲しみなんだと思った。   「どわっ!」  黙って考え込む俺の頭をチリが叩いた。 「何すんだ!ばかチリ!」  顔を上げて睨みつけたチリは、笑っているのにどこか悲しそうに見えた。 「……俺たちはさ、きっと、……リヒトを救えないんだ」 「……?どういうこと……?」 「きっと、お前にしかできないから」    パァン!  思いっきり背中を叩かれた。 「はぁ!?!?いってぇ!!!」 「ムカつくけどな!お前に任せるっつってんだよ!お前はバカのまんま、ひたすらリヒトに求愛しとけ!」 「???」  よく意味はわかんないけど、俺はそのままでいいらしい。 「ほら、呼ばれてんぞ」 「え!まじ!?」  運動場で、リヒトが手招きしている。  俺は即座に立ち上がり、主人のもとへ駆ける犬のように全速力で走った。 ――――――――    走るクロノスの後ろ姿を、チリは苦笑して見送る。  ピンと立った黒い犬耳とはち切れそうな尻尾の幻覚が見える。  感情が言動に、表情に表れすぎている。      あんなバカな子供なのに、なんだかリヒトと並ぶとピッタリくる。  俺たちはリヒトに命を救ってもらった。その感謝が信望がどうしても先にきてしまうから、リヒトと対等な関係を築くことはきっと生涯できない。  だからあいつが、リヒトの頑なな心を癒して救ってくれることを、俺たちは祈らずにはいられないんだ。   「……あんなバカに託すなんて、嫌すぎるけどな」  そのバカはリヒトの魔術で吹っ飛ばされて、それでも満面の笑みで向かっていっている。アイツドMか? 「ははっ!」  大好きな飼い主に構ってもらいたくて、一生懸命アピールする犬みたいで笑える。  でもリヒトにはきっと、あれくらい一直線なバカがちょうどいい。    脱出作戦まで、あと一年。    (それまでにリヒトを口説き落としてくれよ)    チリは吹っ飛ばされる弟を眺めて、心の底から笑った。  

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