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第13話 別れの朝
夜通し歩いて、森を抜ける。
うっすらと空が白んできた頃、街が見えてきた。
「ここからは、クロノス、お前任せだ。ここどこかわかるか?」
「う~ん、もうちょっと王都に近いところまで行けたらわかるかも、俺結構城下町フラフラしてたから」
「なるほどね、クロノスは家その辺なの?」
「そう、俺のうちまぁまぁな貴族だから」
「坊ちゃんかよ、ムカつくな」
「いって、やめろばか」
「喧嘩しないで」
駄弁りながら明け方の街をいく。
こうやって過ごせるのもあと少し、クロノスとの別れはもうすぐそこまできている。
「リヒト」
「ん?」
「……ちょっと寒い、てぇつないでいい?」
「いいよ、ほら」
「やった!」
手を繋いでニコニコ笑ってる、可愛い俺の弟。
お前、わかってる?もう明日には、俺とお前はお別れなんだぞ。
「兄離れ、…しないとな?」
「しないよ、ずっとしない」
「ふ」
クロノスは素直でまっすぐで、その愛情は疑う余地もないほどだ。
俺は大罪を犯した最低の人間で、大事なものを何も守れない役立たずで、俺は俺を大嫌いなんだけどクロノスと一緒にいるとそんな俺でもいいか、ってそう思える瞬間がある。
(弟離れできてないのは、俺の方かもな)
クロノスと手を繋いで、兄弟とくだらない話をしながら街をゆく。
だんだん建物が大きく立派になっていき、街の中心に近づいているのを感じる。
「…………ここ、新季祭やってた広場だ!ここからなら、うちわかるよ!」
「そうか、案内してくれるか」
「うん!」
クロノスに手を引かれて、貴族街を進んでいく。
そしてたどり着いたお屋敷は、
「え?」
燃えていた。
「まずい!入るぞ!」
(まだ完全に日も登ってない、早朝だぞ。こんな時間から、襲撃?!)
この速さはキンドの追っ手ではない。これは完全に別件の事件だ。
(くそ、やっぱり運命は変えられないってことなのかよ!)
土魔法で扉を破る、玄関前には血を流して倒れる男。
「とぉさんっっ!!!」
クロノスの悲鳴が響く。
「スイ!」
「OK消火ね!」
「フウラ、ライラ!」
「「あいよ!お母さん探してくる!」」
「エンヤ!チリ!」
「先に魔術の気配」
「でも一人だ」
「…………みんな、気をつけて!」
散り散りになって行く兄弟を見送り、クロノスの父親に近寄る。
出血が多い。ドアを開けた瞬間腹を刺されたか、犯人は顔見知り?
「……っ、う」
「意識があるっ!」
「とうさん!」
抱き起こし、腹部に手を当てて目を瞑る。腹の中を渦巻く熱を手のひらに溜め、そこから傷口に浸透させる。
「っぐ、」
「リヒト?」
「なんでもない」
急速に生命力が減っていく感覚は、何度体験しても気持ちが悪いもんだ。寒気がして力が抜けて、吐き気がする。兄弟はいつもこんな辛い思いをしていたのかと、そう思うとたまらなくなる。
血が止まり、傷が塞がっていく。真っ青だった顔色がだんだん戻っていくのを見て、胸を撫で下ろす。これで、一命は取り留めたはずだ。
「「リヒトにぃ!」」
双子が女性を抱えて走ってくる、気絶しているようで反応はない。
「かぁさん!」
「……っ!これは……、」
女性は首から出血していた。急所を狙った一撃、父親の比ではない出血量。
(俺、死ぬかも)
もう一度、傷に手を当ててじっと魔力を送り込む。減っていく魔力と、生命力。どんどん体から力が抜けていく。
「……クロノス」
「な、何!?」
「俺の手、繋いでて」
「うん!」
傷に当てているのと反対の手に、温かい感触がふれる。熱をもらって、冷え切った体がすこし温まったような気がする。
気持ち悪い、だるい。頭も痛いし、筋肉痛みたいに身体中痛くなってきた。
もうやめちゃいたい、苦しいよ。
でもお前が俺をここに繋ぎ止めてくれたら、もうちょっと頑張れるかも。
いやでも、そろそろ、限界だ。
眩暈がして意識が切れる、倒れ込む瞬間クロノスが手を引いてくれたのがわかった。
「……ヒト、リヒト!」
「リヒトにぃ!」
「……ん、だい、じょうぶ、」
意識が戻る、頭が割れるように痛い。霞む視界に女性の姿が映る。
……息を、している、顔色もちゃんと肌色、土気色じゃない。
あの日、最後の日の兄弟のような姿に、血の気が引いた。なんとか間に合ったようで、よかった。
「ぃひ、と……」
「……ん?どした?」
「あぃが、と、……ひっく、あ、ありが、とぉ」
「うん、間に合って、よかったよ」
泣き崩れるクロノスの頭を撫でる。
これで両親は生きられる。クロノスはきっとここで、幸せに生きていける。
「うぁあああ!」
「!?」
室内から叫び声が聞こえた。この声は、俺の兄弟のものではない。きっと犯人だ。
スイの水魔術で屋内はほぼ鎮火している。
みんな戦ってる、行かないと。
「フウラ、ライラ。すまん歩けん。運んでくれるか?」
「もちろん!ってか、無理しすぎだ!ばかリヒトにぃ!」
「ほんとだよ~!死んじゃうかと、思ったよ~!ばか!」
「はは、ごめんごめん」
俺も予想以上に魔力を食われてびっくりしてたんだ。やっぱ瀕死の人間を治すのは一人が限界だな。
「じゃぁいこう、スイたちが心配だ」
「うん」
「あ、俺も」
「クロノスは両親のところにいてやって。目を覚ますかもしれないし」
「じゃ、いくよ」
「おう」
フウラの風魔術で体を浮かされて、運ばれる。ふわふわ、楽ちんなもんだ。
廊下を抜けるとだだっ広い部屋に出る。
そこにはチリの土魔法で捕縛された年配の男、身なりが汚い。あと頭がチリチリ。これはエンヤにやられたのかもしれないが。
「エンヤ、チリ」
「リヒト、お前消耗しすぎだ!何してんだ!」
「リヒトにぃ!何俺らがいないとこで死にかけてんの!」
「いやぁ、面目ない」
「スイ!見てやれるか!」
「うん!でも、これは外傷じゃない。僕じゃ治せない……」
「自業自得だから!お前らは気にすんな!そのうち良くなるから!」
「…………で、こいつ誰」
「お前ら、誰だ!なぜ邪魔をする!?」
完全に捕縛されてるのにこんな元気なんて、この男すごいな。すごいバカという意味で。
「クロノスはどこだ!両親は殺した!あとはあのガキを連れ去るだけなのに!」
「クロノス?お前はクロノスを狙ってきたのか?」
俺の可愛い弟になんの用だ?この汚ねぇジジイは。
(ん?よく見ると、クロノスの父親に似てるか?)
「クロノスの……叔父か?」
「そうだ!平和ボケした兄さんも兄さんの嫁も、久しぶりに会いにきたと言ったら簡単に中に入れてくれたよ!突然刺されて、驚いたあの顔!傑作だ!」
「………………そう」
「いつも俺を見下して、仕事をしろだ、ギャンブルはやめろだ、偉そうに!あのガキも俺をゴミを見るような目でみやがる!」
すっごいクズだ。こんなクズが血縁にいるなんて、クロノスに同情するな。
「それで、クロノスを狙ったのは、なぜだ?」
「シュバルツ家には秘伝の魔術がある。一子相伝で受け継がれるその魔術を父から兄が受け継ぎ、それを今日クロノスが受け継いだはずなんだ。その魔術を使えば、大金持ちになれるに違いない!」
「一子相伝の魔術ねぇ」
「親父は兄さんの10才の誕生日に、兄さんを呼んで魔術を伝えていた!今クロノスを連れだせば、その秘伝の魔術は俺だけのものだ!」
「……」
この人は、クロノスが誘拐されて何年も家にいなかったことさえも知らされていない。本当に疎遠だったんだろう。
なんて無計画で、陳腐で、くだらない、バカみたいな真実。
でも俺が来なければクロノスの両親は命を落としていた、なんて理不尽な世界なんだろうか。
俺が死に戻る前の世界で、この男に両親を無惨に殺され、連れ去られた先でクロノスが酷い目に遭っていたとしたら。
それから逃れるために、一線を超えてしまったのだとしたら。クロノスが歪んでしまうのに十分な理由になる。
「クロノスの両親は、俺が治療した」
「は?」
「クロノスはお前なんかにやらない」
「……」
「全部、終わりだ」
俯いて黙る男、あとは騎士団に突き出しておしまいだ。
「……そ、だ。うそだ、うそだ、うそだっ!!!!!」
「ぁ!」
男が自身の腕を燃やして、拘束を抜ける。
全速力でこっちに向かって走ってくる男、
(やべ、体、動かね……)
「「「「「「リヒト(にぃ)に何すんだ!!!!」」」」」
「はぶっ!」
フウラとライラの嵐のような突風、スイの氷の礫、エンヤの爆発、チリの土クレでできた大きなゲンコツ。
全ての魔法が男に炸裂した。
俺の弟たち、強すぎ。
(ってか、生きてる?)
「ぅ、」
(あ、生きてるっぽい)
「リヒト?」
クロノスが父親を肩に背負って、部屋に入ってくる。父親が頭を押さえている。意識が戻ったようだ。
「クロノス」
驚いた顔で部屋を見渡すクロノス。兄弟が暴れたせいでボロボロの室内、ボロ雑巾のように転がる叔父だったもの。
その中で俺を見つけて、転がるように駆けてくる。クロノスから離れ膝をつく父親、体も動く、大丈夫そうだ。
「リヒト!ありがとう!父さんは目を覚ましたよ!母さんも一瞬だったけど、おかえりって言ってくれた!ありがとう!全部兄さんたちのおかげだ!」
涙で濡れた顔で、一生懸命感謝を伝えるクロノス、バカだなぁ、そんな泣いたら目ん玉溶けちゃうぞ。
あぁ、よかった。全部上手く行った。
これで、ハッピーエンドだ。
「クロノス」
「……ぅ、ん」
「今日からお前はクロノス・シュバルツだ」
「うん?」
「俺の弟じゃない、魔術の名門貴族の一人息子のクロノスだ」
「…………そうだけど、俺、弟はやめないよ」
「だめ、俺たちは今日でお別れだから」
「なんで?やだよ!」
「お前は泣き虫で甘えん坊だから、本当は心配でしょうがないんだけど」
「リヒト!聞いて!」
「最強の魔術師になるんだろ?俺のプレゼント、無駄にすんなよ」
「しないよ!しないから!」
別れの挨拶はここまで。
言いたいこと、全部言えたかな?
あ、一番大事なことを忘れてた。
クロノスの頬に手を当てて、額と額を合わせる。
「幸せになれよ」
「リヒト!」
「フウラ、頼む」
「……うん」
体が浮かぶ。
「やだ!リヒト!リヒト!!」
他の兄弟もみんな一緒に、火災で焼け落ちた屋根の隙間から空に飛んでいく。
「あれでいいの?」
チリが呟く。
「うん、言いたいこと、全部言えたから」
あの日、処刑されたあの瞬間、クロノスはちっとも幸せそうじゃなかった。だから俺の言葉なんて、きっと少しも役に立たなかった。
でも今は、クロノスは自分の力で幸せを掴めるはずだ。それだけの機会を与えてあげられたはずだ。
だから、俺の言葉は無責任な呪いじゃなくて、お前の幸福を祈る言葉になったはず、だよな。
「……泣いても、いいんだよ?」
スイが俺の頭を胸に抱えて、やさしく言った。バカスイ、それは、ずるいだろう。
本当はずっと一緒にいたかったよ。
大好きな俺の弟。
それは静かな朝の話。
別れの話。
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