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第14話 幕間 この世に救いはない(キンド視点)

   この世に救いはない。  理不尽な現実は突如嵐のように現れて、無惨に全てを踏み潰していく。  幸福な人生だった。愛する女性と結ばれ、可愛い娘に恵まれた。  治療院で人々を救うという幼い頃からの夢を叶え、研究の中で新しい治療法も確立してより多くの患者を救うことができるようになった。  「聖者」として人々から感謝され、同僚から信頼され、俺の人生は満たされていた。    あの事故が起きるまでは。 「え、」 「馬車の暴走事故で、娘さんを庇って奥さんも一緒に」  治療院に駆け込んできた男、その男が告げたのは信じられない事実だった。  買い物帰りの出来事、2人は強く頭を打って即死だったという。  俺が他人を救っていたその瞬間に、俺の家族は事故に遭い息を引き取った。  そばにいてすぐに治療ができたら、俺が二人を庇って馬車を避けれたら、後悔は次から次へと湧いてきて何も手がつかなくなった。  二人の亡骸は綺麗だったから、何かの間違いで眠っているだけなんじゃないかとそう思って、何度も何度も生命力を注ぎ込んだ。  俺の魔力が底をついて倒れても、何度も何度も繰り返した。  それでも二人は2度と目を覚ますことはなかった。    気づいたら葬儀が終わっていた。動かない俺に代わって、妻の両親が行ってくれたらしい。  何度か声をかけられたような気もするが、正直その頃のことはほとんど覚えていない。  ただただ家族と過ごした家で、じっと座っていた。    そんな日が何日も続いた。ある日、   「ン、……ま、キン……さ、」 「キンドさま!!!」  声と共に後頭部に衝撃が走った。   「キンド様!起きてください!」  目の前には、初めて見る青年の姿があった。 「ガリガリですよ!ご飯食べてないんですか」 「………………」 「隈もすごいです!寝ないとダメです!」 「………………」 「これって医者の不養生ってやつじゃないですか」 「………………」  青年は一人でずっと喋っている。  喋りながら、ご飯を作ったり、部屋を掃除したり、ベッドを整えたり忙しなく動き回っている。 「お風呂はもう少し体力が戻ってからにしましょう!ご飯食べたら体拭きますね」 「……ぁの」 「!?」  久しぶりに出した声は、掠れて絡んでみっともない声だった。 「君は、……だれだぃ?」  尋ねた瞬間、青年は感動したように目に涙を溜めて、泣き出すのを堪えるようにして笑って言った。 「シムです!今日からキンド様のお世話をさせていただきます!」  それが俺と、シムとの出会いだった。  シムは、昔俺が病を治した子供だったらしい。  俺を追いかけて治療院の助手のバイトをしていたらしいが、俺は全く記憶になかった。  たくさん助けた子供のうちの一人、そんなのいちいち覚えていない。  傾けられる信望が、鬱陶しくてたまらなかった。  誰も俺に構わないでほしい。 「君のことなんて、知らないし。君は多くいる患者の一人でしかないよ。俺は君じゃなくたって治したよ」 「……別にいいんです!僕が恩返ししたいだけなんで!」 「迷惑だって言ってるんだけど」 「キンド様が一人でご飯食べられるようになったら出ていきます!」 「君は、全く話を聞かないね」  のらりくらりとかわされて、シムを追い出せずに日々が経つ。  相変わらず俺は何もする気になれず、妻と娘の思い出をたどりながらぼうっとしていた。    そんなある日、政府の文官が訪ねてきた。 「ネオチルドレン、計画?」  その計画は夢物語のようで、到底成功するとは思えなかった。それでありながら非人道的、悪魔のような計画だった。  でももしかしたら、過去例がない程の膨大な魔力を持った魔術師が造れたのなら、新しい魔術だって創造できるんじゃないか。  死者を甦らせる、人間を造り魂を呼び寄せる、……時間を戻す。  また妻に、娘に会えるんじゃないか。  そう考えてしまった。  文官は計画に参加してくれる治療魔術師を探していたらしい。俺はその場で、返事をした。 「そんな計画キンド様が参加する必要はありません!一体何人の罪のない子供が殺されるか!」 「他人の子供の命なんて、どうだっていいよ」 「……そんなこと、」 「俺に過去の幻想を重ねるのはやめろ、俺はそんな善良な人間じゃない」  荷物をまとめて家を出る。思い出が詰まった大事なこの家を捨てて、俺は存在するのかもわからない微かな希望をとる。 「キンド様!それなら僕も連れて言ってください!……もう、余計なこと、言いませんから!」 「役立たずはいらない」  玄関口で縋るシムを払いのけて家を出る、もう振り返らなかった。    それから数年後、ネオチルドレン計画は失敗に終わり秘密裏に終了した。  多くの犠牲を出したにも関わらず生き残った子供は病弱で、生命力の枯渇が激しくおそらくそう長くはない。 「こんなものか……」  もしかしたら、……そんな希望に縋って生きてきて。それももうなくなった。どうしたものか、他人事のようにそう考えていた時。   「キンド様」 「……………………君は、シム?」    あの日置いてきた青年は、背が伸びて体も一回り逞しくなったようだ。以前はなかった大きな傷が、額に走っているのが見える。   「前に出ろ」  シムの背後から、子供が一人押し出される。白い髪に、青い瞳、怯えたようにこちらを見る幼い子供。 「隣国の高位魔術師の子供です。きっと今後お役に立つかと」 「………………もう、計画は終わったよ」 「終わらせなければいい。文官を脅して、この施設の権利を奪いました。ここはもうあなたのものです」 「そ、れは」 「あなたはここで好きなだけ研究をするといい、あなたの悲願の達成のためなら僕はなんだってする」 「…………」 「ね、僕役に立つようになったでしょ」  シムはそう言って、綺麗に笑ったのだった。  それからは惰性のように研究を続けた。  シムが連れて来た高位魔術師の子供、リヒトは、魔力暴走を起こし魔力量を増やしながらも病弱ではない唯一の被験体となった。  もしかしたらと希望を持ったこともあったが、やはり造りものの魔力の器、俺の期待に応えることはなかった。  リヒトは他の子供たちと共に過ごすようになり、まるで擬似家族のような生活を始めた。  だが、どうせ全員死ぬ運命だ、馬鹿なことをと初めは思っていた。     「俺に、治癒魔術を教えろ……、ださい」    リヒトは、言った。大嫌いで仕方ないと書いてあるその顔で、俺に教えを請うた。    その申し出を受けたのはただの気まぐれ。リヒトなら新しい治癒魔術を創造できるんじゃないかと思わないでもなかったが、ほとんどはこの子供たちの行く末を見てみたいとそう思ったからだった。    無属性の治癒魔術は、方法を教えたら誰でもできるものじゃない。過去俺以外の魔術師で再現できるものはいなかった。リヒトは間違いなく天才だった。  リヒトの治療魔術で他の被験者はみるみる回復していった。途中シムがまた子供を一人連れてきたが、その子供も兄弟に迎え入れて一緒に過ごしているようだった。   「キンド様、あの子供達魔術を使いすぎです。実験室以外の魔術使用は禁止した方がいいのでは」 「あぁ、この前のやつね。綺麗だったね」 「そういうことを言っているのではありません。こちらに牙を向くやもしれませんよ」 「……うん、そうだねぇ」  俺はもうこの時には、この子達はここを出ていくんだろうと思っていた。  そして俺はそれを止めないんだろうとも。   「シム。俺はどんな微かな希望にだって縋りついて、何を犠牲にしても彼女たちを取り戻してみせると、そう思ってたんだ」 「……はい」 「でも最近あの子供達を見ていて思うんだ。家族で一緒にご飯を食べて、娘に魔術を教えて遊んでやって、妻に新季祭でプロポーズしたなって」 「……」 「たくさんの幸せをもらっていたんだなって、最近やっとそう思えるようになったんだ」  全てをなくして、泣き喚いてぐずり散らかして、認めたくないから目を瞑って、走って走って走って。  疲れ切った今、やっと俺は受け入れられたのかもしれない。  まだ胸は痛むけど、それはきっと一生俺が抱えていくべきものなんだろう。 「あの子供たちはここを出るだろう」 「させません」 「邪魔をするな、追っ手も出すな」 「なぜ!」 「彼らの逃亡を待って、この希望の家は閉鎖する」 「いやだ!諦めるんですか!」 「あぁ、そうだよ」  俺の悪あがきは、ここで終了だ。    この世に救いはない。一度なくしたものは二度と帰ってこない、運命は残酷だ。  それでも残るものがあると、そう思わないとやってられない。  なぁ、そうだろ。   「いくぞ」    去っていく子供たちの背を、見送る。  あの子達の未来は誰にもわからない。  それでもより良いものであるといいと、そう願った。  

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