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第19話 子犬は狼になっていたみたい※
「クロノス寝るぞ」
「うん」
夕食を食べて風呂に入って、後は寝るだけという時間帯。
自室に戻る俺の後ろを当たり前のようについてくる、クロノス。
うちはもともと6人で住んでいたので部屋もベッドもたくさんあるのだけど、クロノスは子供の頃と同じように俺と同じベッドで一緒に寝たがる。
希望の家で暮らしていた頃はクロノスが寝たら自分のベッドに戻っていたのだが、大人クロノスは力が強い。後ろから抱き込まれたまま寝られると腕の中から抜け出せず、ベッドから出られず朝まで一緒に寝ることになる。
そうして寝るようになって数日が経った。
「……今日も俺の部屋でねんの?」
「うん、リヒトと寝る」
「お前体でかいし、いい加減狭いだろ」
「くっついて寝てるし、全然狭くない」
「そんなわけねー。お前ってなんでそんな俺と寝たがんの?」
「ん?リヒトが大好きだから!」
「へーへー、この甘えん坊の末っ子は」
掛け物をめくりベッドに入る俺の手を、クロノスが握った。その手は当たり前だけど7年前とは違う。大きくて細かい傷が多い、剣ダコのある固い騎士の手。
「リヒトはいやか?」
「!」
こっちを見るクロノスの顔はなんだかしょんぼりしている。コイツも一応気にしてんのか?
「いや寝相いいし、あったけぇから別にいいけど。お前体でかいから狭いの寝づらくねぇのかなって」
「……それって、嫌じゃないってこと?」
「だからそう言ってんじゃん」
兄弟のいないこの家はただただ広くて、世界でひとりぼっちになったような気分になる。そんな夜は決まって家を燃やした夜の夢を見る。
目標を達成した今一回死んでる俺にとって残りの人生なんてロスタイムみたいなもんで、ぶっちゃけ俺がどうなろうとどうだっていいんだが、クロノスと一緒に寝ると朝までぐっすり眠れるから体の調子がいいのは確かだ。
「ほら、早くおいで」
「っ!うん!」
大きくて黒い犬がベッドの中に入ってきて、俺の背後からぬいぐるみを抱えるように抱きついてくる。背中がポカポカして温かい。
「リヒトはちょっと小さくなった?」
「オメェがデカくなりすぎなんだよ」
触れてる背中が小さく揺れる、何笑ってんだコラ。
別に一人だって大丈夫だと思ってたのに、やっぱりコイツのそばは居心地が良くて困る。クロノスの愛はまっすぐで全力、気持ちがいいんだ。
腹に回るクロノスの手、さっき握られた時に気づいたその感触を確かめたくて指に触れる。
「お前剣もやるんだな、タコがある」
「……うん、騎士は魔術だけじゃ出世できないから」
「俺魔術以外からっきしだからなぁ、すっげぇ。これ切り傷?」
「そう、どうしても怪我はするよね。…………ねぇ、リヒト」
「ん?」
「……あの、指さするの、……くすぐったいからやめてほしいなって」
「あ、そうか。すまん」
慌ててさすっていた指を離すと、大人しくいじられていたクロノスの手が逆に俺の手を握った。指と指を絡めるように大きな手に握り込まれる。クロノスの吐息が耳元に触れる、どこもかしこもピッタリくっついている。
「リヒトはさ、俺のこと好き?」
クロノスが喋ると吐息が首筋に触れてくすぐったい。
「急に、なんだよ」
「俺はリヒトのこと世界中の人間で一番好き」
「大袈裟だな」
「そんなことない、……リヒトは俺の神様なんだよ」
「…………だから、大袈裟なんだって」
クロノスのこれは刷り込みみたいなもんだ。親元から無理やり離されて、寂しくて仕方がない時に優しくしてくれた年上の男が、たまたま両親も救ってくれた。世界にはもっとすごい魔術師も美しくて優しい人間も山ほどいるってのに、見えなくなってんだ。コイツも可哀想なやつだよ。
「子供の頃の思い出は美化されっからな、……俺はそんないいもんじゃねぇよ」
俺の中身なんて何もねぇ、唯一誇れるこの魔術だっていつまでもあるわけじゃない。
俺は所詮、|偽《・》|物《・》|の《・》|器《・》なんだから。
「!、っおま!」
突然首筋に触れた、温かく湿った感触。
(これは、流石に止めねぇと)
うなじに手を伸ばそうとするが、握られた手が解けない。
「ばか、はなせ!」
「ちゅ」
首筋に唇の雨が降り、時々温かい舌がうなじを舐める。
そんなところ他人に触れられたことなんてない。気持ち悪い、はずなのに。
(なんか、ゾワゾワして、……変な感じだ)
「っぁ」
ときどき強く吸われるとピリッとした痛みが走る。皮膚が薄い場所に与えられる刺激にからだが勝手に反応する。
「はなせって、ってか、喋れよ!」
「んーやら」
「この!ばか犬!」
(このまま好きにされてたまるか!)
手を握られたまま、なんとか体を捻って後ろを振り返る。すると初めからそうされるのを待っていたみたいに、自然に体の向きを変えられ、狭いベッドで向かい合う形になった。
「!、なんて顔してんだ、お前!」
「………………む、リヒトだって」
上気した頬に湿った唇、潤んだ瞳、あらい息。興奮してるのが一目で分かる。でもそれだけじゃない、太ももに当たるこれは……。
「おっまえ、こんなとこまで大人になってんじゃねぇよ!」
「リヒトがエロい声出すのが悪いじゃん」
「ばっ!出してねぇよ!そんなの!」
そうか、コイツ17才か。木のくびれにだって興奮できるっていう、若い。若すぎる。
「言っとくけど、これリヒトのせいだから」
「は?なんで」
「言ったじゃん、……俺リヒトが大好きなの」
「だからそれは、」
「大好きなの、こういう意味で」
「っ!」
唇に触れる温かくて柔らかい感触、これは。
「ん、む。やめ、っ」
「やめない」
啄む優しいキスから、深いキスへ。飲み込みきれなかった唾液が口の端から溢れる、口の中全部を食べられるようなキス、息が苦しい。
「っふ、は」
「ね、分かってくれた?」
今まで見たことがないような大人の顔で微笑むクロノス、濡れた唇の端を舌で舐める男の表情は多分に色気を含んだ夜の匂いがした。
(コイツ、こんな顔までできるようになったのか……!)
どうやら俺の可愛い子犬は、数年の間に狼になってたみたいです。
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