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第21話 悪夢(クロノス視点)
夢をみる。
それは希望の家を出て兄弟と別れた頃に始まった。
断片的で内容はその時々で違うし、起きたら覚えていないことも多い。
でもいつだって俺は一人で、いつもいつも後悔している。
あの日の自分を、殺してやりたいと、
全てをやり直したいと、
そう、切望していた。
――――――――
(あ、夢だ)
すぐにわかった、この体は確実に自分のものなのに指一本動かせない。ただ記憶を辿らされる、不思議な感覚。
俺は希望の家の跡地に立っている、夢の中でそこには何もない。
兄弟たちと過ごした学校、宿舎、運動場、食堂、全てが跡形もなく燃えて、なにも残っていない。薄寒い静寂だけが広がっていた。
俺がここにくるのは何度目か、そこで俺はいつも何かを探している。
何を探しているのかはわからない、でも繰り返し訪れてこの跡地を彷徨っている。
(あれは…?)
燃えて落ちた瓦礫に埋まった階段を見つけた。探していたものはこれなのか、瓦礫をどけてゆっくり階段を降りていった。
(なんだ、ここ?)
俺は2年この家で暮らしていたが、家の地下にこんな広い空間があったなんて知らなかった。
(ここは本当に俺が住んでいた希望の家なのか?)
窓ひとつない無機質な空間、ここも燃えたのだろう、壁一面に煤が残っている。照明は壊れ、真っ暗な廊下に明かりを灯しながら進む。
そこは不思議な場所だった。廊下の両側に四方を壁に囲まれた部屋が何部屋も連なっている。廊下側の壁にだけガラスが割れた大きな窓と、扉がついていた。
どれもまったく同じ大きさ、同じ作り。炎で全て焼き尽くされて中には何も残っていないが、それは明らかに異様だ。鉄格子や枷は見当たらないが、まるで牢屋のように見えた。
廊下を進んだ先の突き当たり、今まで見てきた部屋とは違うガラス窓のない大きな部屋があった。部屋の中には焼け落ちた家具の跡も多く残っていて、人が生活していた空気が感じられた。
俺はまっすぐにそこを目指し、唯一燃えていなかった金庫に手を伸ばす。迷いのない動きは、初めからその存在を知っていたかのようだった。
鍵を取り出し金庫の鍵を開けて、一冊の本を取り出す。その本は表題のない簡素なもので、開くと手書きの文字が並んでいる。日記帳のようだった。
俺は、震える手でページをめくる。
――――きょうは二人死んだ。
(死んだ?)
――――7才と8才、テオドール公爵家から差し出された子供だった
――――やはり10才以下の子供に実験は早すぎるか
(実験って、なんだ)
詳しくはわからない。でもここにくるまでにいくつもあった、大きな窓のある変な部屋。今考えるとまるで実験動物を観察するケースのようじゃないか。監禁して、観察して、死んでしまうような、そんな何かが行われていた?
――――初の成功例だ!シム様が攫ってきたリヒトという子供、隣国の高位魔術師の子供らしい
――――やはり生まれもった素養は重要なのか
(リヒト!?)
知った名前に驚愕する、なんでここでリヒトの名前が。
――――リヒト以外の実験体はどれも使い物にならない、あと数年の命だろう
――――新しい被験体が必要だ、国の支援はもうない、これからどうするべきか
(これって、もしかして……)
リヒトたちは希望の家で暮らしていた。理由は教えてもらえなかったけど、みんな俺みたいに攫われてきた子供だったとしたら。強制的に実験を受けさせられていたとしたら。
(でもみんなずっと元気だったし、怪我してる様子もなかったけど……)
日記は続く。
――――またシム様が子供を連れてきた、あのシュバルツ家の子供らしい
――――素養は十分だ、今度こそ成功するかもしれない。慎重に進めよう、実験の開始は10才になってからだ
(俺、だ……)
俺は10才の誕生日前に希望の家から逃げた。もしかして、みんなはこれを知っていた?だから俺が実験体にされる前に逃したのか?
夢の中の話だ、現実とは違うはず。それなのにあまりに状況が酷似していて、……頭がおかしくなりそうだ。
(だってもしこれが本当だとしたら、リヒト以外は、みんな……)
そこから先の筆跡は乱れていた。俺が逃げて、リヒト以外の子供(おそらく兄たち)がベッドから起き上がれなくなった。研究が行き詰まり、この日記の作者は精神を病んでいったようだ。
なぜこの日記帳が金庫に収められていたのかはわからない。燃え盛る炎の中で実験結果を少しでも残そうとしたのか、それとも誰か良心を残した研究員がこの実験が闇に葬られるのを阻止しようとしたのか。
……真実はわからない。
「……っは、うぅ……」
視界が滲む、日記帳に雫が落ちた。ポタポタ、とめどなく溢れてくる。
俺は泣いている。煤で汚れるのも気にせず、床にうずくまって大声で泣き叫んでいる。
(あぁ、そうか。俺は全てをなくしたのか)
なんとなくわかった。この世界の俺は、兄弟を失って帰る家も失ってひとりぼっちになったんだ。
大好きなリヒトも尊敬する兄弟もなくして、たった一人でそれを後悔しながら生き続ける。それは一体どれほどの悲しみだろうか。
「リヒト、……ごめん」
床に伏せた俺が、絞り出すようにつぶやいた。
「大好きだったのに、……俺は、……信じ、られなかったっ!」
床に伏せた顔が煤で汚れ、頬の涙が灰で黒く染まり流れていく。
「俺は……俺は、」
やめろ、それ以上言うな。
「リヒト、を」
聞きたくない、
やめろ
「やめろ!!!!!!!」
「……っは」
目が覚める、全身に汗をかいている。手が震える。
夢だ、今のは夢のはずだ。だって兄弟はみんな元気で、リヒトだってここにいる。
だから、さっきのは、夢のはずなんだ。
「ん~、」
「あ、リヒト。ごめ、起こした…」
「嫌な夢見たのか?」
リヒトの腕が背中に回る、そっと抱き寄せて自身の胸に俺の顔を押し付ける。トクトクと、心臓の鼓動が聞こえた。
(温かい、心臓も動いてる。大丈夫、リヒトは生きてる)
大好きなリヒトはここにいる。
だからやっぱりあれはただの夢だ、悪夢だ。
だってそんなわけない、
俺がリヒトを殺したなんて。
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