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第30話 幸福な結末
夜の礼拝堂。
俺は女神像を見つめて心の中で語りかける。
(いい夜だったな、女神様)
今夜は教会に集合して、事件解決祝いの宴をした。双子の異国土産と街で買ってきた土産たち、スイと弟子入りしたクロノスが作った料理がテーブルに所狭しと並び、珍しく酒も入ってどんちゃん騒ぎだった。
エンヤの惚気は永遠に続き、酒が入ってスイに絡まり出しては叩かれていたし、フウラ・ライラの異国の上官の英雄譚はまるで小説みたいで面白かった。クロノスとチリはいつも通りずっと喧嘩していたが、最後の方はなぜか飲み勝負になり二人同時に潰れた。
昨夜クロノスと体を重ねた俺は頭も体もなんだかふわふわしていたから、夢見心地で楽しそうな兄弟たちを眺めていた。クロノスはいつも以上に過保護になっていて、すぐ俺の隣に飛んでくるからチリにめちゃくちゃ怪しまれていた。あいつ何気に鋭いんだよな。
(みんな揃って、美味しい飯を食って、だべって笑って、……本当に楽しい夜だった)
女神像は優しい笑みを湛えて、今日も俺を見ている。相槌を打ってはくれないけど、いつも俺の話し相手になってくれる女神様。
俺が7年祈り続けた女神像は多くの魔力を貯めて静かにそこにあった。
シムが教えてくれた、とっておきの魔術触媒として。
(もし本当に女神様と話せたら、あなたはなんて言うのかな)
女神像の足元にしゃがみこみ、線を引く。記憶をたよりに迷いなく筆を進める。
俺は昔から異常に記憶力がよかった、一度記憶したものは忘れない。死に戻った時でさえ何一つ忘れなかったのだから、それはきっと記憶魔術を伝承する家に受け継がれてきた特性なのかもしれない。
俺はキンドがいうように幼少期に誘拐されたから、記憶魔術については本当に何も知らなかった。自分が高位魔術の家の子供だったことも、旧魔術を伝承する予定だったことも、昨日キンドに告げられて初めて知ったことだった。
それでも決して色褪せることのない記憶が、俺に答えを教えてくれた。
俺の家は客が多かった。知らない人ばかり子供から老人まで幅広く統一性はないが、一度来た客は二度とやってくることはなかった。いつも父親と共に客室に移り、しばらくすると出ていく。訪れた時は死にそうな顔をしていた客たちは、部屋から出ていく時はやけに晴れやかだった。
俺は子供心に不思議に思い、一度だけ決まりを破ってこっそり客室を覗いたことがある。すぐに父親にバレて追い出されてしまい、その後二度と見ることはできなかったが、その一瞬の記憶だって俺には十分だった。
記憶の通りに筆を動かす、数多の魔法陣を見てきた今ならわかる。
これは『忘却の魔術』だ。
「……できた」
魔法陣に触れ、魔力の巡りを確認する。異常なく作動するのを確認し、ゆっくり立ち上がる。
「………………これが、完璧なエンディング」
ポタリ
魔法陣の上に雫が落ちる。線がにじんでしまう、早く拭き取らないと。
そう思うのに、次から次へと落ちるから、もうどうしようもない。
「……っ、ふ、ぅ……」
みんな仲良く幸せに暮らしましたとさ、そういう物語の結末を俺は探していた。
二度目の人生をハッピーエンドで終える方法を、ずっとずっと探していた。
「今度こそ、……しっぱい、しなぃ……」
この魔法陣を起動したら、この家にいる人間はみんな記憶を失う。俺に関する記憶だけを、綺麗さっぱり全て忘れる。
そうしたらまた俺は、この世界でも一人ぼっちになるんだ。
震える手をもう片方の手に重ねる、止めようとしたのに逆に全身に伝わってガタガタと震える。
この魔術が起動したらもう二度と兄弟に会えない。馬鹿話してみんなで飯食ってどんちゃん騒ぎして、笑い疲れて寝る。そんな幸せな夜はもう二度と訪れない。
「……クロ、ノス」
優しい手と、温かい胸の中、染み込むような愛の言葉。体内に感じたその熱は、たった一夜で忘れられない記憶を俺の体に刻みつけた。クロノスの愛は、深くて大きくて、それがどうしようもなく心地よかった。
俺がお前を愛さなかったらもう少し一緒にいられたのかもしれないと、そう思ったりもしたけど、それでも昨夜の記憶は愛し合わずに過ごした数年よりあまりある喜びを俺にくれたから、なにも後悔はしてない。
これ以上の思い出はきっと重たくて持っていけないから、今日で最後にするんだ。
『リヒト、大好きだよ』
「俺も、大好きだよ」
目を瞑ったら、昨夜のクロノスの声が蘇る。何度も何度も惜しみなく伝えてくれたその愛の言葉は、頭で再生されるたびに幸せを俺にくれる。
思い出は溢れるほどにもらった。俺は一生忘れない、死ぬまで忘れないから。
色褪せない思い出を抱えて一人で生きていける、そう思わないとやってられない。
ヤケクソでも強がりでも、なんでもいいんだ。
開き直れたら心が決まる、そしたら体の震えも止まる。涙で滲んだ線を直して、綺麗に整えた。
忘却は救いだと、キンドはそう言った。
それはある意味正解だと思う。
どうしようもない現実を前に、人間は無力だ。それなのに諦められないんだから、バカみたいだよな。
愛した人たちが傷ついたり絶望したりしないように、自分の人生を幸せに生きていけるように。
「これが正解、ハッピーエンド」
手を魔法陣にかざすと、ゆっくり光が放たれる。女神象が発光して光の輪が広がり、教会全体を包みこんでいく。
ずっと探していた、完璧なエンディング。
さよならだ。
――――――――――――――――――
「ん、」
光が差し込む教会の一室で目を覚ます。
(頭いてぇ~~~、昨日飲みすぎたな)
昨日は誘拐事件を|兄《・》|弟《・》|6《・》|人《・》で解決した祝いで宴会をしていたはずだ。最後はチリと勝負になって無茶苦茶に酒を飲みあってたから、完全に二日酔いになっている。
ベッドからゆっくり起き上がり、走った痛みに頭を抱える。
「……?」
狭いシングルベッド、俺以外いるはずない。それなのになんだ、この違和感は。
喪失感は。
「……あ、れ?」
ポタリ、真っ白のシーツに雫が落ちた。
「俺、なんで、……?」
涙が次々溢れては落ちる。俺の意思とは関係なく、それはまるで体が、心が叫んでいるようで。
わからない、なにもわからないのに、この空白はなんだ。あったはずなのに、何よりも大切で絶対に守りたかった何かが。
そこにいたはずの何かを、必死に探してしまう。
無意識に手のひらが空白を手繰り寄せる。
白いシーツが、海のように揺れていた。
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