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第31話 最期の日

   俺には秘密がある。  前世から今世まで、誰にも言わなかった秘密。      研究所の奴らは俺が唯一の成功例だと、そう言った。  みんなもそれを信じていた。  でもそれは大きな間違いで、俺は兄弟で唯一の 『失敗例』 だった。      俺の魔力の器には穴が空いている。  気づいたのは10歳になる前か、魔力爆発を起こして少しした頃から時々体の力が抜けるような脱力感があった。それと同時に魔力が抜けていく感覚も。  不思議に思いながらも俺は魔力爆発で魔力量が増えていたから、少し抜け落ちるくらい気にならなかった。    その穴は年々大きくなった。特にたくさん魔力を使った後は脱力感が強くなったから、多分魔力の使用に比例して穴が大きくなっていったんだと思う。  兄弟たちは魔力の器には問題がないから、成人するまでに器が馴染めば普通の体になる。そうしてアイツらは健康体になった。  でも俺は逆で、歳を取るほど魔力が減り使える魔術も減っていく。魔力枯渇が続くと生命力もすり減って、最後は前世の兄弟たちと同じ、食事も取れず立ち上がることもできずに衰弱して死んでいく。  家を燃やして一人になった時、俺にはもう明確に命の終わりが見えていた。  処刑されて俺は死んだけど、処刑されなくたってそのうちのたれ死んでいただろう。      死に戻ったその瞬間から、俺の命の終わりは決まっていた。  だから悔いがないように、俺の全部でみんなを救って幸せにしてみせるとそう誓ったんだ。  今世では兄弟の生命力の受け渡しに魔力をたくさん使っていたから、前世よりもさらに穴の拡大は早かった。  ここ数年はほとんど魔力を使っていないにも関わらず、常にまとわりつく脱力感と食欲不振に、昔の兄弟の姿を思い出さない日はなかった。  俺はきっとあと数年で、起き上がることも出来なくなるだろう。    死に戻る前から俺の死の運命は決まっていて、誰にも無力感に打ちひしがれたり後悔して悲しんだりしてほしくなかった。俺の終わりはあいつらには関係がないことなんだから。  ずっと考えていた。二度目の人生の終わらせ方を、誰も悲しむことのない結末を。  だからみんなが巣立ち自分の人生を歩み始めた時、俺はほっとしたんだ。確実に終わりに向かう人生を一人きりで過ごしていくのは想像以上に恐ろしかったけれど、彼らの人生が幸福であるならそれでいいとそう思えた。少しずつ彼らの人生から俺がいなくなれば、別れもきっと穏やかなものであると。    でもあの日、俺はクロノスと再会してしまった。  クロノスは昔と変わらず一心に愛を捧げてくれた。孤独に慣れた心に一瞬で幸福が沁み渡って、俺の描いていたエンディングは形をなくした。愛しい男を、置いていきたくないと悲しませたくないとそう思うようになってしまった。  幸せなのに、苦しい。離れたいのに離れたくない。迷路に迷い込んだみたいに、ぐるぐると何度も答えを求めて彷徨っていた。    だからあの日、キンドの言葉はまるで天啓のように感じた。  脅威のいなくなった世界でそれぞれが自分の人生を生きていける。俺のことを忘れたって今の彼らには居場所がある、大切に思い思われる恋人が、仲間が、同僚がいる。  溢れる孤独と寂しさは、俺が全部持っていくから。お前たちはきっと幸せになれるはずだ。    全て忘れてなかったことに、これが俺が選んだエンディング。    ハッピーエンドだ。  ――――――――――――――      ゴホッ、ゴホッ 「……ぅ、ぉえ」  口元を手で押さえる。  食器をベッドサイドのテーブルに置こうとして、手が震えて食器が滑り落ちる。  床に落ちてひしゃげた食事を見て、ため息をついた。   「……あーあ、もったいね……」  さっき食べたものは、全部吐き出した。血も混じっていて、何がなんだかわからないが。    教会を出て、小さな街の外れに移り住んで一年。とうとう体が食事を受け付けなくなってきた。買い物に行くのだって食事を作るのだって一苦労だってのに、その苦労は今さっき全て無に帰した。   「何も、うまく行かねぇな」  全てを放棄してベッドに倒れ込む。  身体中の魔力をかき集めてなんとか魔術を発動して、体とベッドをきれいにする。今どき市民でも使える生活魔術でも、使った後はめまいと疲労感で1日はベッドの住人である。  俺の魔力の器は、今や底抜け。慢性的な魔力枯渇で体はそろそろ限界を迎えている。 「元気に、……してっかな……」  ベッドに四肢を放り出して、天井を眺めて呟く。  言葉には心が宿るから、言葉にすると余計寂しくなるし恋しくなる。  別れたあの日から、言わないように考えないようにそうして生きてきたのに。最近はどうも口が緩くていけない。   「でも、……いっか。もうすぐ、終わりなんだし……」  希望の家で兄弟と過ごした日々も、神父として教会で過ごした日々も、クロノスと再会し一緒に暮らした日々も、何度も繰り返し反芻した。俺の中の記憶はいつまでも色褪せない、すべて昨日のことのように思い出せる。  何度繰り返しても、クロノスの姿はいつも特別愛しく見えたから、俺も重症なんだろう。    記憶を辿り思い出を旅する中で、気がついたことがある。   「……なぁ、新季祭のあの夜、……」    光のアートの下、プロポーズが成功したらそのカップルは幸せになれる。そんな迷信、信じてなんかいなかった。   「プロ、ポーズ……、しようと、したの……?」    目の端から、涙がコロンと転がった。  幼い子供のプロポーズなんて、聞いたところで受けるわけないのに。  今思うと、もったいないことしたなって、そう思う。 「……なぁ、言ってくれよ。愛してるって、……っ、大好きだって」    キンドのいう通り、意地を張らなければよかったのかな。  誰もいない一人の家でお前を思って一人で死ぬなんて、どうにかなっちまいそうだよ。   「……っ、ぅ、ぁ……」      それでも、この悲しみがお前を苦しめなくてよかったってそう思うから。  俺の選択に意味はあったってことなんだろう。  強がりだっていい、そう思わないとやってらんねぇよ。      泣いたせいかな、頭がぼんやりしてきた。  四肢の力が抜けてベッドに沈み込む。 「なんか、ねむ……」  視界がぼやける。白くハレーションを起こしたみたいに、眩しい。   「なぁ、」    もう何も見えないから、脳裏に浮かんだ男に問いかける。  またいつか、生まれ変わったら  今度こそ応えるからさ   「プロポーズ、してよ」    なぁ、クロノス。  

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