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第32話 真実
なんだか体が軽い、いつも冷えて重くてどうしようもなかった俺の体が。
あぁ、俺は死んだのか。
生きるより、死んでる方が楽だなんて、おかしな話だよな。
でも、変だな。死んだのに触覚があるってのはどういうことだ。
握られている、手を。強く強く。
「……ヒト」
耳も聞こえるな。
「リヒト」
頭だってちゃんと動く、それは俺の名前で
「かえって、きてよ……」
俺を呼ぶ、
その声は……、
目を開ける、眩しさに目を眇める。
視界が定まったその先、見えたのは……
「……、なく、な、クロ、ノス……」
「リヒ、ト……」
愛しい男の泣き顔だった。
――――――――――――――
目が覚めた俺の前には、兄弟が勢揃いしていた。それだけじゃない、なぜかキンドとシムも。
兄弟はみんな、泣いて俺の回復を喜んでくれた。意識のない俺をクロノスが見つけてからなんと10日も経っていたらしい。体の衰弱が激しく、何度も生死の狭間を彷徨ったとか。治療をしたのがキンドでなければ俺はここへ帰ってこられなかっただろう。
それから数日、絶対安静ながらもなんとか上半身を起こして、一人で食事が取れるくらいには回復した。献身的な治療と看護のおかげだ。
それでも疑問は残る。
なぜ俺は生きているのか?
ベッドサイドで器用にリンゴを剥いているクロノスを見やる。俺が意識を取り戻してから、こいつは俺のそばを離れない。それこそトイレにすらついてくる異常さ、流石に中には入れないが扉の外で忠犬よろしく待機している。
頻繁に見舞いにくる兄弟たちはクロノスのこの過保護具合に呆れながらも、危ないことしないように見張っとけと半ば受け入れられているようだ。クロノスの異常さよりも俺の危なっかしさが優っている、なんということか。
クロノスが笑顔でリンゴを差し出してくる。自分で食べられると言っても聞き入れてもらえないので、大人しく口を開く。甘くてさっぱりしていて、美味しい。
「俺の魔力の器の話、キンドから聞いたのか?」
誘拐事件でのキンドの発言から、俺の体の欠陥についてキンドにはバレているとわかっていた。それでも、聖人の名を冠する最高峰の治癒魔術師の力を持ってしてもこの欠陥を治すことはできない。俺はそれを知っていたから、一人でここまで逃れてきたのだから。
「うん、そうだよ。俺たちは、キンドに言われるまでなにも知らなかった」
「……それは、俺が隠したからだ。お前たちに分からないようにな」
「…………」
「治らないと知っていたから、一生話すつもりはなかった」
「…………だから、俺たちの記憶を消して、姿を消したの?」
「そうだ」
それだって謎だ。なぜ忘却の魔術が解けてここに兄弟が勢揃いしているのか、俺の魔術は失敗したのか?
「リヒトの魔術は完璧だったよ。思い出したのは俺だけだ、……それも1年以上かかった。その後兄弟の魔術を俺が解いてまわった」
「なんで」
「………………なんでだと思う?」
クロノスは真剣な顔で俺を見る。
「全部、思い出したんだよ」
「…………全部?」
それは、もしかして
「前の世界でみんなが死んだことも、…………俺がリヒトを殺したことも、全部」
「な……」
何度か夢は見ていたようだけど、全部を知っているわけではなかったし、現実の話だと思っている様子はなかった。だがこの発言はもう疑ってなどいない、俺と同じだけの記憶をこいつは持っているということだ。
「……リヒトも、覚えているんだよね?聞いてほしいんだ。前世から続く、俺の罪の話」
「希望の家を脱出してしばらく、10歳の誕生日に叔父が両親を殺した。……今回はリヒトが救ってくれたから、二人とも元気だけどね」
「……間に合って、本当によかったよ」
「そのまま誘拐されたけど、ろくな魔術が使えないと分かってからは疎まれるようになった。最低な生活だったよ。……結果的に叔父はギャンブルで負債を負って、そのまま金貸しに連れて行かれた。生きているのかどうかも俺は知らない」
「クロノス……」
「家も両親も亡くした俺にはもう、希望の家での幸せな記憶しか残っていなかった。最強の魔術師になって救いに行くって、リヒトとしたその約束に縋って俺は生きた」
死に戻る前のクロノスの人生は、ひたすら魔術の道に捧げたものだった。仇を打つためだと思っていたけど、俺たちのためだったのか。
「そうして魔術の研究に明け暮れた。時空魔術についても、燃えた家から資料や手記を探してなんとか再現できるところまで持っていった。時空魔術に興味を持った灰の塔から勧誘が来て、俺は孤児から天才魔術師に一気に飛躍した。そこで俺はやっとみんなを助けにいけると、そう思ったんだ」
「…………」
でも、クロノスは来なかった。それはきっと……、
「希望の家が燃えた、兄弟はみんな死んで殺人犯のリヒトは逃亡したって、…………そんなの、とてもじゃないけど信じられなかった」
「……あぁ、でも。なに一つ間違っちゃいねぇよ」
「………………確かに、あなたは何度もそう言った」
冤罪だと思っていたんだろう。俺を捕まえたクロノスは何度も俺に言った、嘘だと言ってくれ、他に犯人がいるなら教えてくれと。一緒に兄弟の仇を取ろうと。
それでも俺がなにも言い訳しないのを見て、クロノスは徐々に言葉を、表情をなくしていったのだ。こいつの心はきっとそこで死んでしまったんだ。俺が殺してしまった。
「……なにを信じたらいいか、わからなくなった。次第に俺を騙したんだと、リヒトのことも恨むようになった。唯一の拠り所にしていた希望の家がなくなって、俺の人生にはもうなにも残っていなかったんだ」
縋るような泣きそうなクロノスの瞳がどんどん光を失って、憎しみで濁っていく様を俺はずっと見ていた。
唯一生き残った愛しい弟に、憎悪を向けられるのは身を裂かれるほどに辛かった。けど俺が兄弟を殺したのは事実で、国がネオチルドレン計画を認めるわけがないのだから俺の処刑は覆ることのない決定事項だった。
それなら最低なやつに騙されたのだと、兄弟の仇が取れたのだとそう思えた方がいいだろうと、そう思った。
「リヒトが処刑されたあの日、リヒトは言ったよね。……………………幸せになれって」
「…………聞こえてると、思わなかった」
「聞こえなかったよ、でも、分かったんだ。俺を逃がしてくれた時も、そう言ってくれたから」
俺の祈りは届いていたのか。……でもそれは、良いことだったのだろうか。
「リヒトは、やっぱり変わってなんかいなかったって、やっと気づいた。でももう全部遅い、リヒトはいないんだから」
「…………」
「それでも真実が知りたくて、希望の家にいた人間を探して話を聞いた。その男は自分の口で語ることはなかったけど、結果的に俺は計画の全てを知った。……リヒトの絶望も悲しみも、決断も全部」
「……そんな、たいそうもんじゃねぇよ」
あの時は、俺だって何にもできない無力なガキでしかなかった。最後の選択に後悔はないけど、それが決して正解だったとは思わない。
「そこからの俺はひたすら時空魔術の研究に没頭した。灰の塔って研究を極めるにはいい環境でね、俺はジジイになってもずっと研究しかしてなかった」
「時空魔術……」
「そう、戻りたかったんだ。希望の家で過ごした日々に、みんなで過ごしたあの家に。ただそれだけだったんだよ」
「クロノス」
それだけだったって、お前はそういうけど。きっとそんな簡単なもんじゃなかっただろ。
救えなかったものを悔やんで、信じられなかった自分を憎んで。死ぬよりも生きて希望を持ち続ける方がずっと難しいことだって、俺は知っているから。
「晩年、なんとか研究は形になった。でも旧魔術に必要な魔力量は膨大で、俺がどんなに理論を突き詰めたってそこを超えることはできなかった。俺の時空魔術は未完成だったんだ」
「……え?」
それならどうして……、
クロノスは一度口を閉じて、そっと俺の手を握った。俺の手を額にのせて、祈るように告げた。
「兄弟は、リヒトになんて言ったの?」
「え?」
「最後の日に、なんて言った?」
「…………」
最後のあの日、エンヤは俺に……、
「離れてもずっと一緒、魂はお前とともにあるって……」
そんな、まさか……、
「俺が時空魔術を発動した時、声が聞こえたんだ。力を貸してやるから、今度こそ絶対に幸せにしろって」
「……、嘘、だ……」
「忘れてたら思い出させてやるから絶対に諦めるなって、何度も聞いた……………………俺の兄達の声だった」
「……ぁ、あ」
俺はなにもできなかった。あいつらは希望の家から一歩も出ることもできずに、ただ苦しんで死んでいった。
俺はあいつらを救えなかったのに、それなのに、ずっと一緒にいてくれたのか?
クロノスの願いを叶えて、時間を遡って。俺の魔術も破って俺を生かそうと、幸せにしようとしてくれたのか?
「ほんと、……っ、ばかばっかり、……じゃねぇかっ」
いっつもそうだ、俺のことばっかりで。お前達の幸せを願えよ、なんでそう人のことばっかりなんだよ。
ベッドに伏せた俺の頭にクロノスが覆い被さる。
「兄弟って、似るんだね。お互い、相手のことばっかり考えてるんだもん」
「……っ、う、ぅるせ、ぇよ……」
「思い出せてよかった、……間に合って、本当に良かった」
クロノスの優しい声が頭上から降ってくる、その声にまた涙が止まらなくなって、
俺は兄弟が見舞いに来るまで、永遠に泣き続けた。
そして兄弟を見て、また泣いた
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