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第2話

「そうなんです、俺もついに『先輩』になっちゃいました。気合入れてスーツ新調したんですよ」 蜷川はスーツの襟元に手を当てて、「どうっすか? カッコええでしょ?」なんておどけて秀太に見せびらかしている。俺はその様子を、どこか遠い世界のことのようにぼぉっと見つめていた。 「……元宮さんは、何がお好きなんですか?」 「え?」 突然、蜷川に話しかけられて何のことか分からず思わず首を傾げた。 「パニーニ、苦手なんでしょ? 食べ物、何がお好きなんですか?」 「えっ……と、鮭定食?」 「なんで俺に聞いてるんですか?」 ははっ、と蜷川に笑われて、つられて俺も笑うてしもた。 「……俺も好きですよ、鮭定食」 「あ……そうなん?」 「じゃあ……お先に失礼します」 蜷川は軽く会釈すると、友人に対するような気安さで俺と秀太に手を振った。後輩を引き連れて歩いていく、そのシュッとした背中をじっと見送る。 六年も後輩とは思われへんくらい、しっかりした性格で、人への適応能力も、今まで見てきた誰より群を抜いてる。 どんな服でも着こなしてしまうモデル級のスタイルに、それに見合った本物の男前な顔面。 おまけに、それらが作りもんやない「優しさ」に裏打ちされている。 現に、俺の前では秀太のことを「中目課長」と呼ばんあたり、ほんまに気が利く。俺自身はそんなん気にしてへんねんけどな。 あの子の人間性は、順調に俺を追い抜いて昇進していく秀太ですら、敵わんところがあるかもしれん。 何か欠点なんてあるんやろうか。 あったとしても、それすら魅力に見えてしまうんやろな。 「……俺、生まれ変わったら蜷川になりたいわ」 「……何言うてんねん、もとちゃん。もとちゃんも十分カッコええやんか。贅沢やな」 慰めるような顔で言うた秀太に、「ありがとうな」と全力の笑顔でお礼を返した。 「ほんで、今日のお迎えどうすんの? 幼稚園、六時までやろ」 「そやねん。当分は会社に理由話して早よ帰らせてもらえそうやけど、ずっとってわけにはいかんやろ?」 「こういう時、親が近くにおらんと不便やな」 「せやろ? ……せめて営業やったらな。ノルマさえこなせば直行直帰もありやから」 「……それやったら、蜷川に頼んだら?」 秀太の言葉に、心臓が跳ねた。実は俺も一瞬、同じことを考えてしもてた。 優しい蜷川のことや。頼んだら絶対「嫌や」とは言わんやろ。 仕事ができるから、あいつが結構早めに帰ってるのも見かけたことがある。やけど。 「……私生活にまで後輩をこき使う先輩には、なりたないな」 「まぁ……それも一理あるな」 「……七時まで預かってもらえる保育園に変われへんか、役所に相談してみるわ」 「そろそろ戻ろか」と言う秀太に頷いて立ち上がる。 まだ空っぽに近いお腹を、冷めかけた紅茶でなんとか誤魔化した。

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