5 / 54

第5話

「いや、すごいありがたいんですけど……。けど、俺、まだ新先生と知り合って一週間も経ってませんし……なんて言うか……」 「……元宮さんのおっしゃることもよく分かります。僕のことがまだ信用できひんっていうのも。……でも」 「いや! 違うねん、信用してへんとかじゃなくて! そこはほんまに!」 勢いよく立ち上がった拍子に、椅子が派手な音を立てて後ろに下がった。その衝撃で机の上のコップが大きく揺れ、慌ててその縁を両手で押さえる。 「ふふっ、危なかったですね」 そう言って優しく笑う新先生。その落ち着いた姿を目の前にすると、真逆の自分がほんまに情けない。 「……っ、ごめんなさい。ちょっと落ち着きます」 ふぅ、と深く息を吐いて自分をなだめる。 最近、いろんなことが一気に起こりすぎて、頭の中がパニックになっているのかもしれない。 必死に「いつも通りの自分」を演じているのに、少しでも予想外のことが起きると、心が追いつかずに過剰に反応してしまう。 そんな余裕のない自分を見透かしているような先生の視線が、今は何よりも恥ずかしかった。 「……僕、今年二年目なんです。年少さんの時も洸くんの担当やったんですけど、当時はまだ慣れない中での担任で、ガチガチに緊張して失敗ばっかりで。それやのに七月の行事まで任されて……ほんまに毎日いっぱいいっぱいでした」 新先生の静かな独白が続く。 「いつもしかめっ面してたから、子供らも全然寄ってこなくて。……やけど、そのお祭りの時、元宮さんをお見かけしたんです。出店の手伝いを終えた後、洸くんの友達と一緒に全力で鬼ごっこして……本気で転けてましたよね? 『もうついていけへん!』って叫んで広場に寝転んだら、みんながその上に乗っかってきて。しんどいはずやのに、元宮さんは笑いながら、その子ら一人ずつと相撲を取り始めて……」 俺すら覚えていないような一年前の出来事を、新先生はついさっき起こったことのように、慈しむように話してくれる。 「……俺、仕事中やのに本気で笑うてもたんですよね」 あ、今『俺』って言った。 もしかして新先生も、幼稚園にいる時は「先生」という役を演じているんだろうか。……いや、俺みたいなのと一緒にしたら失礼か。 「……あ、それで何が言いたかったかと言うと。その姿を見て、『完璧やなくてもええんや』って肩の力が抜けたんです。やるべきことをやったら、あとは子供らが楽しいかどうかや、って。あの日から、元宮さんは僕の目標なんです。やから、少しでもお役に立ちたくて」 「……反面教師って言われるんかと思ってドキドキしたわ」 あまりの眩しさに耐えきれず、照れ隠しに頭を掻きながら目を逸らした。 だって、新先生がめちゃくちゃキラキラした目で俺を見てくるから。 そんな目は、奥さんに逃げられてボロボロの情けない男に、絶対に向けたらあかんやつや。早く気づいた方がええで、先生。 「……ずっと、お会いしたかったんです。でも、それ以来行事にはいらっしゃらないし……。やから、今回のことは不謹慎ですけど……ちょっと、嬉しかったっていうか……」 新先生の告白に近い言葉が、静かな夜のリビングにしみじみと響き渡った。

ともだちにシェアしよう!