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第28話

そうして迎えた、次の日曜日。 予想外だったと言うか、よく考えれば予想内だったと言うか。俺らの話し合いでは予想だにしていなかったことが、目の前で起こっている。 「おかあ!!」 待ち合わせ先の広めのカフェテラスで彼女の姿が見えた途端、嬉しそうにその胸に飛び込んでいったのは、あんなに空に懐いていた弦だった。 戸惑うことなく母親の顔に戻って、弦を愛おしそうに抱きしめる彼女の姿を見て、あぁ、もう無理かもな、と俺は少し諦めた。 「……大丈夫、元宮さん。弦くんが俺といたのはたった半年です。これが当たり前なんです。でも、洸くんは新を選んだ。まだ勝てる余地はあります」 後ろから空の声がして、空の大きな手が俺の背中をポン、と優しく撫でる。 振り返ると、気持ちを確かめようと洸を地面に下ろし、同じ目線で膝をついている新が目に入った。洸は一度も母親を見ようとはせず、新に手を伸ばして抱っこをせがんでいる。彼女の本命は洸や。空の言う通り、俺らに勝てる余地はある。 「……洸もこっちおいで?おかあと一緒に帰ろ?」 にこやかに笑って手を差し出す彼女を見る。だが、その声と姿を確認した洸は、ただただ大きな声を出して泣いた。それでも、新に抱きついたまま、絶対に離れようとしなかった。 ……お前にとってはたった半年やったかもしれん。やけど、洸にとっては、半年もお前に会えへんかったんや。意味もわからず母親が目の前から消えて、悲しくて毎日泣いて。そこに手を差し伸べて毎日抱きしめてくれたんが新やった。そんな新に今のお前が勝てるわけないやろ? 「……弦は?弦はこれから先、ずっと誰と一緒におりたい? この中から一人だけ選んで、お名前いえる?」 俺の声が弦の耳に届くと、弦は不思議そうに、俺と奥さんと空と新を代わる代わる見つめた。 頼むで、お前ならベタ惚れしてる空の事、選べるやろ? 「……こう!やって、おれはこうのおにいちゃんやから!」 ニカッと大きな口で笑って、弦は洸のことを指さしている。 そうか、それは俺でも予想つかんかった。喧嘩ばかりやけど、弦はちゃんとお兄ちゃんとしての責任感を持ってくれてたんやな。 「……おかあと一緒に暮らせなくなるけど、弦はそれでいいの?」 彼女は最後の手段として、弦ごとそっちに取り込む気なんやろう。でも、子供に無理強いはできひん。もうこれは弦に運命を託すしかない。 「うん、またおやすみのひにあいにきてな?」 バイバイと彼女に手を振って、弦は屈んでいた空の胸に笑顔で飛び込んだ。 なんか、俺、誰にも選ばれへんかったし、父親の面目丸潰れやけど……まぁ、それはそれでええか。 ……お前が半年も経った休みの日に、急に会いたいと思ったのと同じように弦ももう、それだけでいいと思ったんやろな。 「……こういう事やから。……今まで2人を愛してきてくれた事には感謝してる。又……会いたくなったら連絡してくれてええから。……これからも、貴方は貴方の選んだ人生を、自由に生きればいい」 胸の奥から湧き上がる色々な感情をぐっと押し殺しながら、不器用ながらも、今俺が出せる精一杯の言葉を真っ直ぐに伝える。 「……優しいだけで、つまらない人」 俺だけに聞こえるように彼女は言葉を吐いた。 ……でも今は、それで良かったと冷静に自分に言い聞かせる。 四つ折りになった離婚届を彼女の前にそっと置く。それを何も言わずに受け取って、彼女は静かに俺たちの横を通り過ぎていった。……とりあえず、今日は勝てた。 「よっし」と小さくガッツポーズを決めると、ふふっと小さく笑った空と目が合った。新も洸を抱っこしたまま、安心したようにいつもの優しい笑顔を浮かべている。 「……真の勇者は弦やったな? 弦も洸も、家族を守ってくれてありがとうな?」 俺が弦と洸の頭を順番に撫でると、「大変良くできました」と、空が優しく弦の頬を撫でる。その大きな手のひらの温もりに、弦は嬉しそうに目を細めていた。 新はただただ、じっと腕の中の洸を見つめ、その愛おしい重みと、守り抜けた幸せを噛み締めているようだった。

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