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第一章 宝石妖精族の末王子-2

 海竜の国ヒルドスキルフは遠い。  何日も馬車に揺られて移動して、いくつもの国を通過し、野を越え川を渡り、見知らぬ街に宿泊し、野宿もした。旅の道連れは、侍従のエルミナールと小人族の婚姻見届け人、そして数名の召し使いのみ。  ヨルクは生まれて初めて見る様々な光景に、日々感嘆しながらすごしたが、最終地点で待ち受けているのは人生の終わりだと思えばその美しい景色も色を失い、やがてはゆるい絶望に()まれて感動もなくしていった。  そうして二十日ほどかけて、三台の馬車はとある堅牢(けんろう)な建物の前に辿(たど)り着いた。エルミナールによれば、そこはヒルドスキルフの入り口、国境を守る(とりで)であるという。 「お待ちしておりました」  出迎えたのは屈強な男たちだった。皆、金色の髪で肌は白い。髪は長く伸ばして編みこんでいる者もいれば、短く刈りあげている者もいた。金属と革を使った固そうな装束は初めて見るものだ。背丈も自分たちよりずっとある。これが海竜族かと思ったら、彼らはただの人間だという。魔族が人間を治めるのは、ジェマールと同じらしい。 「ここから王の居城までは我らが案内いたします。平坦(へいたん)な道を選びますので、七日ほどで到着するでしょう」  男らの中から、背が高く、濃い金髪で身なりのよい若者がひとり出てきてヘンリクと名乗った。 「で、王子はどちらに」  ヘンリクが馬車の前に立つ者らを見渡して問う。 「このお方です」  エルミナールがヨルクを示すと、ヘンリクは形のよい眉を持ちあげた。 「……ほう」  どんな言葉をかけていいものやらと、少し逡巡(しゅんじゅん)した様子を見せた後、何事もなかったかのように続ける。 「では、今夜はここでお休みいただきたい。早朝、北に向けて出発いたしますので」  ヘンリクは儀礼的な笑みを浮かべて、砦内に一行を案内した。  彼の瞳に生じた蔑みに似た感情を、ヨルクは見落とさなかった。それは今まで何度も向けられてきた眼差しと同じだったからだ。  美しさの象徴と言われる宝石妖精族とはとても思えない貧相で生気のない風体。きっと海竜王もがっかりするだろう。そしてその王子が秘めているのは、触れたものを腐らせる呪われた力だ。  海竜王の逆鱗(げきりん)に触れるのは間違いない。  ヨルクは静かに絶望した。  翌朝、数頭の馬に乗ったヒルドスキルフの兵士と三台の馬車は、王の城に向かって出立した。  途中、小窓から見えるのは小さな町や村、岩が広がる荒れ野や、すぐ近くに迫る高い山脈のみで、今まで通ってきたいくつかの国にあった繁栄した町並みはひとつも見られなかった。  やがて深い森を抜けると、日が昇る方角に、水がなみなみと張られた土地があらわれた。 「……これは」  その夜、野営の最中にエルミナールにたずねると、それは海だと教えてくれた。 「海」 「ええ。ヒルドスキルフは南北に長細い国ですので。東は海、西は高い山脈に囲まれた形をしております。海竜族は海を好みますから、大昔このような場所を自分たちの住み処にしたと伝え聞いています」  ヨルクはその説明にうなずいた。  この国は故郷ジェマールとだいぶ違うようだ。風の匂いも、空の色も、見える景色もずいぶんと異なる。これから暖かい季節に向かうはずなのに、昼間でも少し肌寒い。そして供される食べ物も見たことのないものが多かった。けれどどれも今まで食べた料理の中で一番美味しかった。エルミナールと見届け人は「(いそ)臭くてまずい」と顔をしかめていたけれど。  やがて夜を七回すごした後、馬車は海沿いの丘の上に出た。今夜にでも王の城に着くはずで、ヨルクは緊張しつつ窓の外の景色を眺めた。  王はどんな人なんだろう。海竜族は身体が大きく粗暴だと聞いているが、見た目も怖ろしいのだろうか。怒らせると杖で殴るのだろうか、それとも別のもので撲つのだろうか。  身体が小さく震え始める。  長生きしたければ、腐り手(フォル・ハント)であることは隠し通すようにと父は言った。けれどどこまで秘匿が可能なのか、ヨルクには想像もつかない。  それでも死ぬためにきた身だ。どうか終わりは穏やかでありますように。それを願うしかなかった。  馬車はしばらく順調に進んでいたが、昼すぎになって急に歩みをとめた。どうしたのかと思っていると馬車の扉があいて、ヘンリクが顔を見せた。 「おおりください。この先に王がおられます」 「この先に?」  ここはまだ丘の途中だ。周囲にはまばらに生えた木々と、眼下の海しかない。 「はい。王は今、昨夜から続いた戦の後片づけのために、この下の海辺で兵たちと共にいらっしゃいます」 「……いくさ」  わけもわからぬまま馬車をおりる。すると、エルミナールと見届け人も不安そうな顔で前の馬車から出てきた。  ヘンリクのそばには(よろい)や顔に血しぶきをつけて生臭い匂いをさせた新顔の兵士が三人立っていた。 「どういうことでしょうか」  青い顔をしたエルミナールがヘンリクにたずねる。 「昨夜、海から魚人がやってきて、漁民らを襲おうとしました。なので王自ら討伐に出向かれたようです」 「お、王は、無事なのですか。魚人とは何なんですか」  エルミナールはうわずった声で聞いた。 「王は無事です。魚人とは、黒魔族が作り出したヒトと魚の(かん)(ごう)(たい)です」 「……黒魔族の嵌合体」 「ええ。黒魔族とは、海の向こうの黒大陸からしばしばやってくる凶暴な魔族です。聞いたことはありませんか」  エルミナールと見届け人は蒼白(そうはく)のまま顔を見あわせた。 「もちろん、黒魔族の存在は知ってますが……」 「左様で。ああ、どうやらあらかた片づいたようですね」  ヘンリクがまばらに生えた木々の間から丘の下を眺めて言う。ヨルクも同じ方角に目をやった。海の際では、動き回る兵士と、倒れて動かぬ青白い身体の生き物、そして大きな木の破片や武器らしきものが散乱していた。 「もういっても大丈夫でしょう。さあ、どうぞ」  丘から海辺へ、ゆるやかな斜面が続いている。そこをヘンリクが先立っておりていく。ヨルクらは兵士に伴われて後をついていった。 「王はどちらに」  ヘンリクが行く手にいた兵士のひとりに問いかける。 「あちらで生き残った魚人にとどめを刺していらっしゃる」  壮年の兵士は血まみれの壮絶な顔でニッと笑って答えた。  ヘンリクは顔色ひとつ変えずに示された方向へ歩いていった。早足で歩く彼を追いかけて、恐る恐るという様子で三人も歩を進める。ヨルクは足元に転がる死体に怖じ気づきながら、心臓を高鳴らせて王の姿を求めた。  どんな人なんだろう。戦場で、(ひる)むことなく生き残りの妖に刃を突き立てるような魔族とは。  やがて眼前にひとりの男があらわれた。  後ろ姿のその人は、左手に木の盾を持ち、右手で倒れた魚人に長い剣を振るっていた。背は高く、肩幅も広い。鎧は他の兵士とさして変わらぬ簡素なつくりで、今は血と泥に全身が汚れていた。 「王」  ヘンリクが声をかける。すると、男はゆっくりと振り返った。 「ヘンリクか」  王と呼ばれた人物は、こちらの集団を見て、うっすらと不敵に笑ってみせた。 「戻ったか」 「はい」  男は腰まである青みがかった銀色の髪に、群青色の目をしていた。容姿は驚くほど整っており、頬に飛んだ返り血が美しさに凄味を与えていた。歳は若いようだ。少なくとも父王のように、年老いてはいない。 「ジェマールより、ヨルク王子が到着されました」  ヘンリクの報告に、王は傍らにいた兵士に盾を渡すと、こちらに向かって一歩ずつ鷹揚(おうよう)に歩いてきた。  三人の前までくると片手を腰にあてて、鋭い眼差しで問う。 「どれが王子か」  海竜王は笑ったままだったが、瞳には底知れぬ威圧感があった。  ヨルクはその強い眼力に捕らえられて動けなくなった。 「こちらのお方です」  ヘンリクがヨルクを目で示す。王はヨルクに視線を移し、頭の天辺から足の先まで見定めるようにジロジロと眺めてきた。王の両目の際には、魔族の印である青色の渦巻く文様が浮かんでいる。同様のものはヨルクも右手の甲にあった。 「ようこそ我が国へ。ヨルク王子」  海竜族の王は、不躾(ぶしつけ)とも取れる高慢な態度で歓迎の挨拶をした。 「……初めまして、海竜王」  ヨルクも伏し目がちに挨拶を返す。すると王はいきなり一番聞かれたくないことをたずねてきた。 「宝石妖精族の王子ならば、玉化の魔法が使えるはずだな」  抜き身の剣をぶらさげたままで口角をあげる。  その言葉に背筋がゾッと寒くなった。  ──腐り手(フォル・ハント)であることがばれてしまう。  こんなに早く。この場で。 「見せていただこうか」  ヨルクはブルブルと震え出した。  父王はせめて婚礼の儀が終わるまでは隠しておけと命じていたのに、ここで秘密を明らかにせねばならないとは。  後ろを振り返れば、控えていたエルミナールも見届け人も黙ったままでいた。まるでそのときを待つかのように。  それでヨルクは理解した。  ──ああ、そうか。  ふたりとも、ヨルクが死ぬことに何ら問題はないのだ。もしかしたら父王が言い含めているのかもしれない。息子を海竜王に屠らせるようにと。  絶望に全身が冷えていく。  ここが終焉(しゅうえん)の地になるのだと全てを諦め、ヨルクは力の入らぬ小声でエルミナールに言った。 「……手袋を外すための魔道具を」  その言葉に、侍従は我に返ったかのように目を瞬かせた。 「あ、ああ、──はい。わかりました」  エルミナールが小さなペンダント型の小物入れを服の下から引っ張り出す。小物入れには呪文の書かれた平たい小石が入っている。それを取り出し、右の手袋にあてると、手袋は淡く光ってスルリと脱げた。  日に全くあてられていない青白い指は、いつ見ても死人のもののようだ。その手を王はじっと見つめた後、周囲を見渡し、何を思ったか近くに倒れている魚人のもとへと向かった。すでに息絶えている醜い男の腕を、足で蹴ってひらかせる。  そしていきなりそこに剣を振りおろした。 「──」  ヨルクらが驚く前で、男の肘から先をざっくりと切り落とす。血の滴るそれを、王は剣の先に刺して持ちあげ、落ち着き払った歩調でこちらに戻ってきて命じた。 「これを玉化してもらおう」  差し出された死人の腕に、ヨルクは倒れそうになった。  剣からぶらりと垂れさがった腕は、強烈な血の匂いを放っている。そんなものを玉化させたことなど一度もない。しかし王は有無を言わせぬ強引さでヨルクの鼻先にそれを突きつけてきた。  ──殺される。自分はきっとこの腕のように、剣で刺されて、ここで死ぬのだ。  全身の血が冷えて、手足がわななく。死を覚悟していたはずなのに、怖くてたまらなくなった。  逃げ場のない恐怖に息もできなくなって顔をあげると、血にまみれた腕越しに海竜王と目があう。王は鋭い眼差しで、こちらを射貫くように睥睨していた。  瞳にあるのは残忍さと、強靱(きょうじん)な精神と、そしてその奥に、不思議なことにもっと別の何かが垣間見えた。 「……」  王はひどく真剣な表情でヨルクを見定めていた。ヨルクの中にある、何かを知ろうとしているかのように。  相手の視線から自分の中に未知なる意思が流れこんでくる気がして、心臓がドクンと跳ねた。  端整な顔にはまる群青色の瞳が、感情をかき乱す。それは死への恐怖ではなく、眼差しの理由を知りたいと望む情動だった。 「……」  ヨルクは誘われるように右手を持ちあげ、震えながら死人の手に触れた。王の目を見つめたまま、かすれ声で小さく呟く。 「……魚人の手よ。……玉化、せよ」  ──どうか朽ちるのではなく宝石に。  お願いだから、輝く石に、変わって欲しい。  心の底から、強く願った。懸命に気持ちをこめて魔法をかければ届くのではないかと一縷(いちる)の望みを託して。  ──この人に、宝石になるところを見てもらいたい。  そんな望みが不思議と生じてくる。  ヨルクの呪文に反応して、死者の腕がみるみる色を変えていく。指先で触れた場所から赤黒く変化し、ピシピシと音を立てて固くなっていった。  やがて岩のような見た目になった肉塊は、剣からほろほろと崩れて地面に落ちた。  皆が固唾(かたず)を呑んで、その光景を見守る。  ヨルクは絶望した。  やはり無理だった。自分には玉を生み出す力はなかった。腐り手(フォル・ハント)である出来損ない妖精族(エルフ)は、王の不興を買うだろう。  しかし美しい王は、地面に落ちた薄汚い欠片をしげしげと眺め回した後、口の端を大きく持ちあげて言った。 「面白い。気に入った」 「……」  形よい唇から放たれた言葉にヨルクが驚く間もなく、王は皆を振り返ると、長剣を掲げ大きな声で告げた。 「城に帰るぞ。今夜は勝利と、歓迎の祝宴だ」  海竜王の言葉に、屈強な兵士らが喜びの雄叫びをあげる。あまりの大声にヨルクはビックリして肩をすくめた。その周囲で、男たちが笑顔で帰り支度を始める。こちらを興味深げに眺めつつ、剣の血を払い、兵士以外の民に死体の始末を言いつけて、丘を登り出した。  誰もヨルクを非難したりしなかった。玉化に失敗したにもかかわらず、なじったり蔑んだりしなかった。  そして王もまた、怒りに剣を振りおろしたりしなかった。それどころか、面白いと言ったのだ。腐り手(フォル・ハント)の仕業を見て、気に入ったとも告げた。  一体、何が起こったのだろう。こんな結果は想像だにしていなかった。自分は、ヒルドスキルフの人たちにどんな風に受け取られたのか。少なくとも拒否はされていないようだが──。  呆気(あっけ)に取られて立ち尽くしていたのはヨルクだけではなかった。侍従も見届け人も海竜王の反応に戸惑っている。そこにヘンリクがやってきた。 「馬車にお戻りください。城まで案内いたします」 「あ、ああ。え、ええ……」  慇懃(いんぎん)に言われて、三人共、我に返ったように、ぎくしゃくと動き出した。      ***  海竜王の住む城と街は、小高い丘の上に、崖を背に造られていた。  街を囲む市壁は太い丸太と石を組んでできており、それが延々崖の手前まで続いていた。門も丸太で作られている。重々しい両びらきの門があけられると、王を歓迎して中から住人がワッと飛び出してきた。  ヨルクはそれを馬車の窓から見守った。ヒルドスキルフの人々は、ジェマールや他の国の人と比べると簡素な身なりをしていた。厚地の服は灰色や茶色が多く、宝石類はほとんど身につけていない。せいぜい色のついた石で作った耳飾りや首飾りを纏うぐらいだ。けれど薄汚れているというわけではなく、襟や袖口に施された刺繍(ししゅう)は手のこんだものだったし、帯革などは装飾が凝っていた。建物や通りは整備されていて、堅実な暮らしが見て取れる。それは王の司政が行き届いているという証だった。  馬車は広い通りを進み、今度は城を守る城壁に設けられた門を通り抜けた。ここの城は二重の壁で守られているらしい。  その先は一段高く土が盛られ、石と木を組んだ飾り気のない堅牢な城館が数棟連なっていた。しばらく進むと、馬車が一番大きな館の前でとまる。ヘンリクに促されて馬車をおりた一行は、館の中に案内された。 「ここが海竜王の居城です」  建物の中は大きな広間になっていて、真ん中に石で組んだ寝台ほどの大きさの四角い長炉があった。その中で火が燃えている。天井は高く、壁には精緻な幾何学模様のタペストリーが何枚も飾られていた。 「城と言うより、要塞のようですな」  見届け人とエルミナールが小声で話す。確かにヨルクが知っている城とはずいぶんと趣の異なる造りだった。 「ヨルク王子」  あたりを見渡していると、王に呼ばれる。 「はい」  王は血と泥にまみれた姿のまま、ヨルクを手招いた。 「こちらへ。皆にそなたを紹介しよう」 「は、はい」  大広間には大勢の人々が集まりつつあった。城内に住んでいる家臣や人民のようだ。広間に入りきらない人たちは、扉の外にも連なっていた。老若男女がヨルクの姿を興味津々で眺めてくる。  ヨルクはその視線に緊張して、ぎこちない動きで歩いた。まだ歩行に慣れていないため、数歩足を出したところでよろめいてしまう。 「あっ……」  気づいたときには前のめりに転び、みっともなく手と膝を土の床についていた。  慌てて起きあがろうとしたが足に力が入らない。そんなヨルクを見て、あちこちからささやき声が聞こえてきた。 「何て痩せ細った、小さな少年なのか。あれで十八とは」 「妖精族(エルフ)と聞いていたが、ずいぶん貧相な見た目だねぇ」  落胆と蔑みの声が耳に届く。 「王様はどうして男などと婚姻なさるのかしら」 「魔族様は、人間には考えもつかないことをなさるものなのよ」 「私のほうがずっときれいだわ。子供だって産めるし」 「あら私だって。一緒に王の床に忍びこみましょうよ」  ふふ、と(あざけ)り笑いが聞こえ、ヨルクは恥ずかしさに腕を震わせた。身のおき所のなさに今すぐ消えてなくなりたくなる。するとそこに誰かが近づいてきた。  ふわりと身体が持ちあがって、急に視線が高くなった。驚いて目を見はれば、ヨルクは王に横抱きにされていた。 「……」  すぐ近くに王の整った顔があるので、ビックリして目を瞬かせる。 「ヨルク王子は馬車に乗りっぱなしで足が固まってしまったようだ。長旅だったからな。妖精族は我ら海竜の民とは違って繊細な身体のつくりをしている。労ってやらねば」  王は皆に言い聞かせるように大きな声で話すと、板張りの一段高い場所に登った。壇上には木を複雑に組みあわせて作った立派な椅子があった。その前にヨルクをおろし、大広間に集まった民に向かって、よく通る明瞭な声で告げた。 「始祖オーリッドより七百と数年。この地を治める海竜族第十五代国王でありアグナルの息子オーディルは、大占星術師テュコの預言により、ジェマール王国第二王子ヨルクを、生涯の伴侶として迎えることにした」  王の言葉に、人々がひたりと私語をやめて真面目な表情になった。 「大占星術師テュコの預言は、ヒルドスキルフのさらなる発展と、宝石妖精族の協力による戦の勝利を約束するものである。王子の見た目はたおやかであるが、そのうちには、人間には到底及ばぬ大きな力が秘められていることを、ここにいる者らはすぐに知ることになるだろう」  頬に血をつけたままの王が(りん)(ぜん)と微笑めば、一同はしんと静まり返ってヨルクを見あげてきた。その眼差しにもう嘲りの色はない。 「婚礼の儀は明朝、伝統に従い夜明けと共に『打ち捨ての洞窟』にて執り行う。式を見届けたい者は誰であれ、己の船であれば参列することを許す」  王が話し終わると、どこからかひとつの大きな声が聞こえてきた。 「跡継ぎはどうなさるのです」  声の方向に顔を向ければ、白髪の老人が一歩前に出てきて、しゃがれ声で言った。 「魔族であっても、男が子を産めるなどとは、聞いたことがございません」  それに皆が顔を見あわせる。そうだそうだとざわめき出す者もいた。王はそんな民の反応にも慌てることなくゆったりと返した。 「海竜の血が途絶えることはない。今までもそうだったであろう?」  王の答えに、人々ははっと何かに気づいたような顔をした。ヨルクの耳に「確かに、王の母君も人間の女だったではないか」という呟きが聞こえてくる。老人はいささか難しい顔をしたが、「……海竜族の跡取りであれば、母が誰であれ我ら人間は構いませぬが……まあ、そうであれば……申すこともございませぬ……」と尻すぼみの返事を残して、集まった人の群れの中へと姿を消した。  壇上に立つヨルクは、話の内容がうまく理解できなかった。  自分は何だか、誰かの預言によってこの地に呼ばれたようだ。それは嫁が男でも構わないということらしく、ヨルクの力が将来この国の役に立つとも説明された。(いくさ)、という言葉も聞き取れた。しかし詳細は全くもって不明だ。さらに跡継ぎも心配はないという。  これは一体、どういうことなのか。 「……」  歓迎されているのだろうか? 自分はこの王に。  あまりの予想外な展開に、喜ぶどころか空恐ろしくなった。  己の身に何が起きているのか皆目見当がつかず、牢暮らしで知識もないヨルクはただ狼狽(うろた)えるばかりだ。  隣の人を見あげれば、海竜族の頭首は瞳に涼しげな微笑みをたたえて、こちらを見おろしていた。  この婚姻の目的は何なのだろう。王は何を考えてヨルクを娶ったのだろうか。  何もわからないまま、人々の好奇の眼差しに貧相な身体をさらし続ける。  不可解な感情が渦を巻き、体力のないヨルクは力を抜けばすぐにでもその場に倒れてしまいそうだった。

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