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第5話
最後の望みの綱として、彼は国の指揮を執ることを決意する。これまで手を取り合って苦難を乗り越えてきた元第二王子の婚約者と正式に婚約し、邪な侍女たちも一掃した。
ふたりの前向きな姿に励まされた王太子は立ち直り、ようやく妻の謝罪を受け入れる。王太子夫妻は結婚式をやり直し、晴れて本物の夫婦になるのだった。
王太子妃は女児を出産し、相続問題は回避される。
協力して祖国を守ろうと誓い合う息子たちに、王妃は隠し財産があることを打ち明け、ダリントンとの戦費に充てるよう申し出る。
戦いの準備を進める様子を背景に、ドラマは次のシーズンへ続くのだった―――。
† † †
暗い夜空に閃光が走る。
ドラマの続きを思い出すことに没頭していたユキは、ハッと我に返った。
「そうだった。これ……」
ルカに押しつけられた短剣をズボンのポケットから引っ張り出す。
暗い場所ではよく見えなかったが、黒い革張りの両端に銀細工が施された、それなりに値の張るもののようだ。刃渡りは二十センチほどと小さいながら刃は太く、うまく急所を狙いさえすれば相手を絶命させられるだろう。
そういえば、第4話にも剣を手に入れるシーンがあった。
「もしかしたら、これのことなのかも」
ここが本当にドラマの中なら―――いや、もう疑う余地なんて残っていない。
自分は雷に打たれたことがきっかけで、ドラマの世界に飛ばされてしまったのだろう。おそらく今は第4話がはじまったばかり。そしてこれからあらすじに書かれていたことが次々と起こっていくはずだ。
ということは、つまり―――。
「アーサー殿下をこれで? 失敗ってどの程度……?」
ごくりと喉を鳴らし、すぐにぶんぶんと首をふった。
使うなんてもってのほか。持っていたことがバレただけでも大変な騒ぎになる。
「か、隠さなきゃ」
ウィリアムが案内してくれたこの部屋は、宮廷に出仕しているルカの私室だろう。彼の身分からいって侍従や侍女が出入りするだろうし、その辺に置いておくわけにいかない。
どこに隠そうか迷った挙げ句、ユキは短剣を暖炉の後ろに押し込んだ。ここならパッと見ただけではわからないし、冬場でもない限り誰も近づかないだろう。
「見つかりませんように……!」
願かけをした後は盥の水で手を洗い、清潔な寝間着に着替えた。
こういう時、世話を焼いてもらえる立場というのはありがたい。おかげで見知らぬ場所でも落ち着いて休めそうだ。
「……ふう」
天蓋つきのベッドに潜り込み、大きく息を吐く。今日はあまりに多くのことがあった。
「まさか、別世界に飛び込んじゃうとは思わなかったな」
まさに雷様々だ。
現実世界では今頃、神隠しなんて言われているかもしれない。高校でも騒ぎになるかも―――バスの中の光景が脳裏を過り、ユキはふるふると頭をふった。
薄情かもしれないけれど未練はない。ありのままの自分を出せず縮こまって生きるより、大好きな世界の方に興味を向けよう。その方が何倍も楽しい人生になるはずだ。
「これからのことを考えなくちゃ」
あらすじのとおり物語が進行すると仮定すると、悪役令息のルカと入れ替わった自分は王子殺しで殺される。憧れの第三王子であるアーサーの身も危ない。とにかく、なんとしてでも危機を回避しなければ。
「できるかはわかんないけど、でも、やらなきゃ」
憧れの人のため、そして自分の未来のために。
これからの道筋が見えた途端、ホッとしたせいか眠気が襲ってくる。
睡魔に抗う間もないままユキは眠りに落ちていった。
翌日から、ルカとしての生活がはじまった。
「おはようございます、ルカ様。お目覚めの時間でございます」
早朝、ノックと同時にドアが開く。
黒いお仕着せ姿の侍女が三人入ってきたかと思うと、びっくりして飛び起きたユキには目もくれず、分厚いカーテンを開けたり、着替えを並べたりとキビキビ働きはじめた。
「ルカ様。お茶はいつものようにベッドでお召し上がりになりますか?」
「へっ? あ……、は、はい」
よくわからないままこくこくと頷くと、侍女は「畏まりました」とティーポットを手に取った。どうやらお茶を淹れてくれるようだ。
―――す、すごい……そんなことしてくれるんだ……。
裕福さの象徴であるベッドティーだ。ドラマではルカの寝起きのシーンはなかったから知らなかったけれど、王宮ではこれが当たり前なんだろう。
慌てて髪を撫でつけて寝癖を誤魔化していると、年若い侍女がぎこちなくお茶を運んできた。給仕に不慣れで緊張しているのかもしれない。
「お待たせいたしました」
「わぁ、いい香り。どうもありがとうございます」
「えっ」
侍女がビクッと身をふるわす。弾みでソーサーからカップが飛び出し、ガチャン! と大きな音を立てて割れると同時に床に熱い紅茶が飛び散った。
「たっ、大変申し訳ございません! お許しください!」
一瞬で緊迫した空気の中、侍女は真っ青になって破片を集めようと手を伸ばす。
それを見て、ユキも慌ててベッドから飛び出した。
「待って待って。怪我しちゃいますよ」
侍女は小刻みにふるえている。叱られると怯えているのだろう。
ユキはとっさに隣にしゃがむと、破片に伸ばしかけていた小さな手を引き戻し、背中をやさしくポンポンと叩いた。
「そんなに怯えないでください。ね、大丈夫ですから」
状況は違えど気持ちはわかる。自分も子供の頃、学校の花瓶を割ってしまった時はどうしようと怖くなったものだ。取り返しのつかないことをしてしまったと。その時の自分が彼女の細い背中に重なってとても放っておけなかった。
「別のカップを使えばいいんです。床も拭けばきれいになります。そんなことよりお茶は熱かったでしょう。火傷したりしていませんか?」
侍女は目をまん丸にしてユキを見る。もうひとりも「信じられない」という顔だ。
ただひとり、年配の侍女は苦々しい顔で失敗した侍女を睨んだ。彼女らを束ねる役目にあるのか、頑固で厳しそうな人だ。ドラマにも出ていた。確か侍女長だっただろうか。
「ルカ様。大変失礼をいたしました。ですが、甘やかされますと仕事に支障を来します。使用人は使用人でございますので」
「す、すみません」
刺々しい声で苦言を呈され、首を竦めた。ここにはここのルールがあるのだ。
ユキは気を取り直すと、侍女のひとりが床を掃除している間、もうひとりに手伝ってもらって顔を洗った。上下水道なんてものは存在しない時代が舞台の作品なので身支度を整えるのも一苦労だ。
顔を拭いていると、今度は見事な三つ揃いを差し出された。いわゆる近世ヨーロッパの貴族を思い浮かべればドンピシャだ。
「うわ! 見たことある……!」
この服もドラマで何度目にしたことか。
銀糸の縁飾りがされた紺色の長い上着に同色の膝丈ズボン。ベストは黒色の絹紋織で、胸元からは華やかなジャボを、袖口からは繊細なレースをそれぞれ覗かせるように身につける。白いタイツに、踵のある黒い靴を履けばコーディネートは完璧だ。
ルカとは体型がほぼ同じなので窮屈ではないけれど、学校の制服以上に動きにくいし、何より重たい。ここまでたっぷり刺繍されていれば当然だ。それでも姿見に映った自分は「大変身!」といった具合で、ドラマの世界に入ったんだと実感した。
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